15.5:使用人は自由奔放皇子が羨ましい
「お、帰ってきた」
テラスから飛んで中庭に着地すると、お嬢様の嬉しそうな顔を思い出す暇もなくアイツが話しかけてきた。
「なんで、まだいる……」
「そりゃ、チェックするためだろ。お前だけ姫にプレゼントを渡す、なんてズリーことしてないか」
アイツは言うと、俺の全身をじっと観察した。
その眼が、不快で俺は睨み返すようにアイツを見た。
中庭のライトに照らされる黒髪の髪に、この国では見慣れぬ褐色の肌。
異国の者だろうか?
服装も金や銀のアクセサリーが付けられてパーティーらしい恰好とはいえ、それでもこの国だと軽装に見える。
と、ここまで考えて俺は身を固くする。
「なんだ、嫌だって言いながらちゃんと渡してくれたんだな! さっすが、俺の友!」
「さわ、るな」
アイツが、俺の肩に手を回してぐしゃぐしゃと俺の髪を撫でまわしてきたからだ。
「とも、だち、じゃない!」
「じゃ、今からな」
馴れ馴れしいヤツ。
俺は、回された腕を反撃の意味を込めて軽く捻ってみた。
「ってぇ!」
「なれなれ、しいの、きらい」
するとアイツは顔を顰めてようやく俺から手を退けて、
「ははっ、痛いぞ」
嬉しそうに笑った。
本当に変なヤツ。
さっきだって急に俺に話しかけて、「姫との仲を取り持て」って言ってきたし、もしかしなくても本当に変なヤツを相手にしてしまった。
ルイに話して、衛兵を呼んでもらうべきなのかもしれない。
お嬢様に目の前の不審人物からの花束を渡してしまったことを改めて後悔しながら、俺が考え事をしていると、アイツは凝りもせずに俺に話しかけてくる。
よく喋るヤツ。
「俺が寛大な皇子で良かったな!」
「おう、じ……?」
「あれ、言ってなかったか? 俺は、隣国エルゼバートの第三皇子エイデン・アルシュナって言うんだ」
「うそ、つくな。へいをよぶ」
「待て待て待て! 本当だよ!」
付き合っていられない、と立ち去ろうとした俺をエイデンと名乗ったソイツが引き留めてくる。
「信じられないって言うなら、フォーリア王国への通行証見るか? あー……つっても、お前アルシュナ家の紋章の真偽わかんねーよな」
「みたく、ない、からいい」
「そうか?」
「みな、くても、ほんもの、だろうし」
「なんだよ、意外と分かるヤツじゃん」
エイデンが嘘を吐いていないことくらい、馬鹿な俺でも分かる。
まあ、皇子というのは思ってもいなかったが。
ただ単に、俺が知らないふりをしていたいかっただけで。
身分が高くないと、良家の揃う今日のパーティーに来れるはずがない。
それに、
……綺麗な花束だって用意できるはずがない。
「はぁ……」
俺は、小さく息を吐いてさっきの光景を思い出す。
お嬢様が、俺の花束を嬉しそうに受け取ってお礼を言ってくれた光景。
……それに、お嬢様がエイデンの花束に目を奪われている姿。
綺麗な花束だった。
包みも色も、薔薇も何もかもが綺麗で、お嬢様に良く似合っていた。
俺の中庭で見飽きた花をぐしゃぐしゃに包んだ花束なんかよりずっと……。
「なんだ、落ち込んでるのか?」
「べつに……」
「安心しろ。俺は身分差で友を選ぶ愚かな人間ではないからな。お前が使用人で俺が皇子でも関係ない! これからも友だぞ!!」
「だから、とも、じゃない……!!」
「じゃあ、何に悩んでいるんだ? 俺に話してみろ」
「うる、さい」
無神経に話しかけてくるエイデンに、苛つきながら上を見るとお嬢様がテラスにいるのが見えた。
お嬢様は俺たちには気付いていないらしく、ぼんやりと遠くを見つめながら会場から漏れ出したクラシックに耳を傾けているようだった。
お嬢様、まだ外にいたのか。
風邪ひかないといいなぁ。
ベルに怒られるお嬢様見たくないし、それに熱を出して辛そうなお嬢様は見たくないから。
痛いのも、寂しいのも、お嬢様にはいらない。いらない感情だから。
俺は、黙ってお嬢様を見上げた。
こんな姿、エイデンはすぐに茶化してきそうだが、静かだ。
「……」
隣が気になって横を向くと、エイデンも同じようにお嬢様を見つめていた。
「……やっぱ綺麗だな!」
俺の視線に気付いたエイデンは、カラリと明るく笑った。
「正直パーティーなんか行きたくなかったけど、こんなに姫が美しいなら遅刻なんかしなきゃ良かった。あー、姫とダンスでも踊りたかったな」
「……ふーん」
「こんな風に、踊って。……それで、スカートの裾を踏んでしまった姫を俺がこうやって抱き留めて……大丈夫ですか? って聞くんだ。そしたら、姫は俺の顔を見ながら照れたように笑うんだ。貴方って、意外と力があるのねって……それで恋が始まるんだ!」
エイデンは、とめどなく話しながらダンスの真似事をした。
でたらめな踊りなのに、月明かりと中庭のライトに照らされたエイデンは、学のない俺でも分かる品性というものがあった。
「どうだ、最高だろ?」
「……はずか、しい」
不本意にも見惚れてしまっていた俺にエイデンが得意げな顔をした。
その笑みは、まるでお嬢様と自分は並ぶに相応しい人間だと信じ切っている自信に見えて、俺は少し恥ずかしくなった。
エイデンに、ではなく、自分自身に。
浮かれていたんだ。
パーティー会場で浮かないためにと、ベルが押し付けてきた堅苦しい服に袖を通して。
そうしたらベルが目を丸くして、「どこかのご子息みたいだ」って言ってくれて。
最初はそんなわけがない。
と思っていた。
けれど、実際に見知らぬご令嬢たちの、
「あの人はどの家のご子息なのかしら」
「さあ。ピンク色の髪の家系は私の記憶にはありませんけど、聡明そうなお方ね」
「私の中でのパーティーの主役は、マシュー様とこの方になりそうだわ」
と、囁く声が耳に入って、勘違いをした。
初めて、俺がお嬢様の隣に並べた。
もしかしたら、俺はお嬢様の友人になってもいい存在なのかもしれない、と。
そんなこと、ありえないのに。
「恥ずかしいって、人が友を元気づけようとしてんのにそんなこと言うなよ。あー……なんか、恥ずかしくなってきた」
目の前のエイデンを見て、現実に戻された気がした。
俺は、綺麗な花束なんかあげられない。
一緒にダンスを踊ることも、お嬢様を独り占めする妄言なんか口が裂けても言うことが出来ない。
「そういや、お前なんて名前なんだ?」
「……ウーゴ」
「ウーゴ、な。覚えたぞ!」
「おぼえ、なくていい」
見ていると、もやもやと心が重苦しくなって……変なのに、俺に屈託なく話しかけてくる珍しくて貴重な存在。
……だから、嫌なヤツなんだ。
「よし、決めた。俺が姫と結婚するときにはお前を一番に呼ぼう!」
「……いや、な、ヤツ」
「どうしてだ!?」
嫌なヤツ。
エイデンのことを心の中で、貶しながらも俺は本当は分かっていた。
本当は。
エイデンを嫌う、自分こそ嫌なヤツなんだ。
そのくらい分かっていた。




