14:悪役令嬢、12歳になる
「お嬢様、急いでください」
「分かってるけど……」
「いいから、そんなところに隠れていないでこっちに来てください。今日はお嬢様が主役なんですよ」
「分かってる……分かってるけど」
ベルの声に背中を押されながら、階段からパーティー会場になっている王宮の広間を覗き込む。
“私の誕生日パーティー”が開催されている広間は、用意にもたついていた私を置いて始まっているらしく会話が飛び交いがやがやとしている。
それはいい。
というかその方が助かるのに……!
「はぁぁ……ここから登場するなんて嫌だ」
私は広間の上の踊り場でため息を吐く。
この階段は広間の中央に繋がっているので、おりてしまうと否応にも注目されてしまうからだ。
別にさぁ、主役の私がいなくても盛り上がってるし行かなくてもいいんじゃない?
って、言いたいところだけど今日のためにお母様が用意してくれたドレスが勿体ないし……と考えていると、私のドレス姿を絶賛しながらテンション高く私に抱き着いてきたお母様によって、滅茶苦茶に注目されての登場になってしまった。
音楽も、(きっと気遣いで)私が来たことを知らせるような演奏に変えられるし、悩んでいた時間が馬鹿らしく思えるほど頭のてっぺんから足のつま先まで舐めるように見られてしまった。
蛇に睨まれた蛙の気持ち、再び……!
そのまま私を逃がすまいとするお父様とお母様に囲まれながら、招待客である貴族とそのご息女からのお祝いを受けて固まった笑顔でお話をすること1時間……。
「お、お腹すいた……」
ようやく解放された私は、ぐったりと椅子に座り込んだ。
知らない人と話すのって疲れる。
結局、アルトは来なかったし、挨拶をしてくれた中で知り合いはマシューしかいなかった。
私が知らないヘンリエッタの友人に話しかけられても困るからそれはそれでいいのかもしない。
だけど、上辺だけのお祝いの言葉はちょっぴり寂しい。
学園のヘンリエッタが、友達を作らなかった気持ちは分からなくもない。
だって、ここにいるご息女たちは私を見て怯えるか、遠巻きに私を見ているかだからね。
取り巻きになってくれても友人にはなってくれない気がする。
「お嬢様、はしたないですよ」
「わ、分かってる」
椅子で足を伸ばし、考え事をしていると、ドリンクを持ってきてくれたルイに窘められてしまった。
なので、私は足をしっかりと揃えて背筋を伸ばしてみると、満足そうな顔でルイは私にドリンクを手渡してくる。
「ふう……糖分が身体に染みる」
「ほら、そんな変なこと言わないでお嬢様も他のご息女のように踊られてはいかがですか。誘われていたでしょう?」
「誘われたけど……」
そういいながら、私はグラスに入った飲み物を一気に飲み干す。
ルイが、また何か言いたそうだけどこのくらいは目を瞑って欲しいな。
だって、考えても見て欲しい。
もし、私が本当に精神年齢も11歳……じゃなくて、12歳だったら、挨拶を受けて笑顔で話すことも、このパーティーのために鬼もようなハンナさんのマナー講座を耐えることも出来ない。
少なくとも、12歳の私はね!!
「次の曲は、私と踊ってください……!」
「えっ、僕……?」
……目の前で、ダンスに興じる私と同い年くらいのご息女の精神年齢は知らない、比べると虚しくなるからやめておこう。
それにしても。
……若いっていいね。
親であろう貴族たちと同じように、広間の中央でぎこちなくダンスを踊るご息女たちを微笑ましく見つめる。
ハンナさんのマナー講座はさておき、ダンスはハンナさんの熱意も虚しく一向に上達しなかったからなあ。
練習のときも練習台になってくれたルイの足を踏んでばっかりだった。
「無理に踊って公爵令嬢の痴態を世にさらけ出すよりかは、踊らない方がマシじゃない?」
「それはそうかもしれませんけど」
口に出すとルイは笑って頷いてくれたが、実情を知らない各方面からの『踊れ』という圧を感じる。
お父様にお母様に、ベル……それに、ハンナさん。
それと……。
「リタ」
来た……!
話しかけられて見上げると、やっぱりマシューがいた。
「踊らないの?誘われてないわけじゃないでしょ」
ルイと同じようなことを言うマシュー。
「それはマシューもでしょ?」
パーティーでのダンスのお誘いは断るな。
踊れ、踊れ。
と、本来私の誕生日を祝うことが目的なパーティーで嫌なことをすすめてくる周囲にムカついての意地悪だった。
マシューがご令嬢の中できゃーきゃー言われていること、知らないわけじゃない。
現にさっき、私が挨拶まわりをしていたときマシューは女の子に囲まれていたもん。
それなのにマシューだって踊ってないでしょって、指摘するように。
でも、失敗だった。
「誘いなら断ったよ。リタに変な勘違いはされたくないからね」
「は……?」
あっさりと返された、その言葉に動揺しまくっているから。
「ねえ、リタ。今日のパーティーで誰かと踊らなきゃいけないのは分かってる?このパーティーは、君の交友関係を広めるのが目的なんだから」
「うっ……頭ではなんとなく理解してます」
「だったら、僕と踊ろう?……というか、僕が君と躍りたいんだ」
にこりと笑って私に手を差し出すマシュー。
それを顎が外れそうなくらい口を開けて見つめる私。
本当に……!!
マシュー、君って人はなんてことをしてくれたの……?
いや、悪い意味じゃない。
悪い意味じゃないけど……!
ちょっと待って。
私のことが好きって気持ちを隠す気ゼロすぎない!?
この前のウーゴとの一件以来、こんな感じで本当に調子が狂う。
私は勝手に『マシューくんかわいい~』って脳内で萌えていたいだけなんですよ。
確かにマシューには嫌われたくない。仲良くなりたい。
そうは言ったし、思った。
だけど、誰がここまでやれと言った。
「お嬢様、踊ってきたらどうですか?」
未だにアホ面を晒している私にルイがそっと耳打ちをしてくる。
「無理すぎ……まって、しんどい。一回、ちょっと待ってほんとうに無理」
マシューのキラキラ光線を浴びた私は、ヘンリエッタとして生きている私ではなく、脳内に存在する推しを目の前にした私になるしかなかった。
こんなの無理。
マシューの言葉で頭が蕩けた私がそう呟くと、マシューは「ダンスの誘いでそこまで照れなくても」と眉を下げて笑って、何も食べていないだろうと私に食事をすすめてくれた。
マシューの目はもちろん、締め付けられたコルセットのせいでつまむ程度にしか食事は出来なかったが、あれが美味しい、これも美味しそうと目を輝かせていると、マシューが笑った。
「確かにリタにはダンスはまだ早いかもね」
「そうだけど、認めると負けた気がする……」
マシューの言葉に頬を膨らませていると、また笑って、
「リタおめでとう」
と、言ってくれた。
「ありがとう。とっても嬉しい」
マシューが私に言ってくれる好意ある言葉のどれよりも、その言葉が一番うれしいと思う私はマシューが言う通り幼いのかもしれない。




