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11.5:使用人はひなたでまどろむ

俺の一番古い記憶は、少しごわついた手のひらに撫でられる記憶。

髪をぐしゃぐしゃとかき回すような、首がもげちゃうんじゃないかと心配になるほど不慣れな手つきで撫でまわされる記憶。

あの時、俺はたしかに愛されていた。


……。

眠るのは好き。

眠っている時間が好き。

目を閉じると、その感触もあのしわがれた声を忘れなくていいから。


思い出に包まれたくて、俺はごろりと硬い床で寝返りを打った。


「ねむ、れない」


いつもならすぐに眠れるのに。

どうしてだろう。

どこかがズキズキと痛い。

雨が降りそうだから、昔の傷が痛むのか?

まだ眠たい目を渋々開けると、相変わらずのぽかぽかな陽気。

澄んだ青空に、吹き抜ける爽やかな風。

気持ちいい。


「んー、ちがう」


身体に回る、黒くて、ぐるぐると嫌な気持ち。

頭の中が重たい。

こんなこと、お嬢様と話すようになってからは初めてだ。

昔は、あんなに慣れ親しんだ気持ちだったのにな。


辛い。

悲しい。

苦しい。

そう思うなら、気持ちなんかいらない。

いらないって思っていたのに。


胸の中の巣食うどろどろとした気持ち悪さに、起き上がってぎゅっと自分の胸を握ってドンドンと叩く。

だが、どんなに叩いてもこの気持ち悪さは出ていってくれない。


「ウーゴ、気持ち悪いの?」


「え?」


突然話しかけられて、真下のテラスを見るとお嬢様が現れた。

俺を奴隷から使用人にしてくれたお屋敷の、神様から愛されて生まれてきたみたいに完璧なお嬢様。


……あぁ。

この言い方はダメなんだっけ。

難しいことは分からないが、俺に文字や言葉を頻繁に教えてくれるルイが他の人に言っちゃダメだって教えてくれた気がする。

こんなに綺麗なのに、その言葉はお嬢様のものではないらしい。

変な世界。


「……あれ、マシュー、さまは?」


「あー。まあ……いいの。うん」


さっきまで一緒に話していた彼のことを思い出しながら、尋ねてみるとあいまいな答えが返ってきた。

ふわふわとお菓子のような髪を風になびかせて、俺を見上げるお嬢様はちょっぴり赤い顔だ。


「?」


それに、また心がもやもやとした。


「それより、上行っていい?」


俺の返事を待たずに、お嬢様はテラスの手すりに足をかけてよじ登ってこようとする。


「あぶ、ない、よ」


俺が注意してもお嬢様は、大丈夫よと笑うだけだ。

こういうときのお嬢様は強情だから、ダメと言っても勝手に登ってくるのだろう。

仕方なく屋根に登れるように手を貸すと、お嬢様が躊躇いなく俺の手を握って屋根に登る。

その際に風に乗ったお菓子のような色の髪から、想像通りの甘い香りがして、なぜだかマシュー様の顔が浮かんだ。


「お昼寝日和だね」


ふふっと笑って、お嬢様は俺がしていたようにごろりと転がった。


「俺の、せい?」


言いながら、初めて顔を合わせたマシュー様のことを思い出す。


綺麗な人、だった。

恐ろしいくらい綺麗な、使用人の俺とは違う貴族のご子息。

大事に、綺麗に飾られた宝石のような人で、その場に投げ捨てられた石ころの俺とは何もかもが違っていて。

ベルの言葉を借りると、お嬢様にお似合いの人。

そんな人を、俺が邪魔した。気がする。


「……何が?」


「よけい、なこと、いった。から、おこっちゃった」


上手く言葉にできないなりに、精一杯俺がお嬢様に話しかけると、お嬢様は「あぁ」と呟いて笑う。


「大丈夫よ」


お嬢様の大丈夫は大丈夫じゃない気がする。

と、思ったけど俺にはベルみたいに言う勇気がないので言えない。


「今はウーゴと話したい気分」


それなのにマシュー様の会話を切り上げたお嬢様の言葉に、言う気もなくなる。


やっぱり不思議な人。

たいていの人が俺のことを知らない、見ないふりをするのに、お嬢様は俺みたいな石ころを綺麗だと笑って色んな話をしてくれる。


笑顔で魔術について話し始めたお嬢様の横顔を見ながら、俺が口をきいていい存在じゃないとか、使用人と雇い主だとか、異性がどうとか、難しいことは少しの間考えなくていいかと思った。

その話をすると、お嬢様の方が、なぜか悲しい顔をするし。


……今頃、お屋敷の中ではお嬢様のことを皆が探してるんだろうな。

もし俺と一緒にいるってわかったら、他の使用人に俺が怒られてしまう。

だけどそれも良いか。とさえ思う。

ここの人たちはあいつらよりかずっと優しいから、罰も耐えられる。

痛いのも怖いのも慣れてるし。


「……そういえば、ウーゴ具合は大丈夫? まさか、さっき口を押えたのが悪かった?」


「あ」


たくさん話してからお嬢様が忘れていた! と慌てて聞いてくる。

それで、思い出す。


寝れないくらい気持ち悪かったはずなのに、今は全く心がもやもやしていない。


「わす、れてた」


「え?」


「どうして、だろ。わすれ、てた」


もう一度、胸に手を当てるともやもやは消えていた。

その代わりに少し嬉しい気持ち。

まるで、じいちゃんの夢を見た後みたいに。


「……変なウーゴ」


「それ、は、おじょう、さま、にいわれた、くない」


俺が言い返すと、ぷっと噴き出すお嬢様。

きゅっとつりあがった目をなだらかにさせて笑う、同い年と思えない幼い表情のお嬢様に頬が緩むのを感じながら、

今日はおひるねをしなくても心が温かいな。と思った。




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