10:クエスト【嫉妬】開始
「……ねえ、大丈夫?」
ルイに小声で聞きながら、私は壁からそっと部屋の中を伺う。
「こちら、問題ありません」
先に部屋に侵入したルイが私に囁く。
ルイの合図を聞き、私は足音を立てずに部屋に入り角で気配を消す。
今の、部屋に侵入するまでの鮮やかさ。
このシーンだけ切り取るとスパイ映画のようなかっこよさだと思う。
そう、気分はスパイなのです。
「何、るんるんしてるんですか」
「ベ、ベル!? なぜここに!?」
背後から声を掛けられて飛び上がりそうになりながら、振り返るとベルが呆れた顔をする。
前方より後ろの確認が不十分だった……!
「なんで? もありません。逃がしませんよ」
「うぅ……不覚……!」
ベルががっしりと私の手を掴むので降参体勢に入る。
あぁ、これは部屋に連行されるまでお説教コースだな。
ベルの鋭い視線を感じて心の準備をしていると、ベルの視線がルイに移った。
「というか、ルイもなんでお嬢様の味方をしてるんですか!」
「えー、だってお嬢様が美味しいお菓子くれるっていうから」
「お菓子で使用人の務めを放棄しちゃダメでしょ!」
ベルはいつも通り一人でふらふらしている私ではなく、裏切ったルイの方に腹が立ったらしくルイに怒りながら、ぐいぐいと自室に私を引っ張っていく。
一方、怒られているルイは捨てられた子犬のような顔で私たちの後をついてくる。
ベルは一回怒りだしたら長いからね、ルイも災難だ……。
「まったく。お菓子で釣られるルイもですが使用人を褒美で釣るお嬢様もお嬢様です!」
「えっ!?」
心の中でルイのおかげで説教は受けなくて済みそうだと思っていたら、ベルが私に視線を向けた。
助からなかった……!
「どうして、お嬢様はマシュー様が遊びに来られると聞いたら逃げられるんですか」
「それは……」
だって、一回くらい約束を放り出さないと好感度上がるばっかじゃん!!
『パンドラ・プリンセス』は一緒に行動するとすぐに仲良くなりすぎちゃうんです。
なので、高性能だからと狙ってるキャラ以外をクエストに連れまわすと大変なことになります。
攻略の時は、クエストドタキャン機能を活用しましょう。
アルトには「俺よりも他を優先する君の足、手、口。全部……俺がなくしてしまえたらいいのに」って言われてしまいますが。
あぁ、そういえばアルトで思い出したけど。
食堂で出会うと、意味深に微笑むのはやめてほしいなアルトさんよ。
この前私と一緒に食事をしていたお母様がそれを目撃して、
「王様といつの間に仲良くなったの~? 羨ましい」
と、案の定勘違いをしながら私の頬をつついてきたので。
「お嬢様、ハンナさんとの勉強は泣き言を言いながら頑張ってるもんね。僕だったらマシュー様とのお話よりそっちのが逃げたいな」
「えっ、ルイいつの間にそっち側に!?」
いつの間にか、メンタルが回復した様子のルイはベルににこやかに話しかけている。
うっ、裏切られた!
「確かに、それもそうね。……お嬢様どうしてですか?」
「私の我儘で、お忙しいハンナさんに迷惑はかけたくないし」
「……そこは大人ですね」
「あっ、ウーゴだ!」
せめて、マシュー様との約束にもその想いを持ってほしいものです。
というベルの正論を聞かなかったフリして、窓から見えたウーゴに手を振る。
「おーい、ウーゴ何してんのー?」
庭にいたウーゴが私の声に気付き、こちらを見上げる。
オーバーオールのような作業着を着ているから庭作業の途中かな。いつもはもう少しフォーマルな服を着てるから。
お父様ったら、使用人の衣装について私が提案したら張り切って結構高価な洋服を与えたみたいだからね。
ベルも最近は可愛い洋服を頂いたからにはそれなりの身なりをしなくては、と自身のおしゃれを張り切っているし日替わりのベルのおしゃれは私にとっても目の保養だ。
改めてボロ布でなく色々な洋服を着るようになったウーゴに感動を覚えていると、至近距離でピンク色の瞳と目が合う。
「わっ、びっくりした。また窓までよじ登ってきたの?」
「おじょう、さまに、よばれた、き、がした?」
窓枠に腰掛けてウーゴは表情筋が死んだまま、コテンと首を傾げた。
……ちょっと可愛いからずるい。
「呼んだのは呼んだけど、ごめん用はなかった」
「ん、そっか」
「お嬢様は本当にウーゴがお好きですね」
「そうかな?」
「だって、見かけるたびに話しかけているでしょう?」
「いいなあ、お前は。僕もお嬢様にこのくらい愛されてみたいよ~」
「あい……?」
「ちょっと、ルイ」
ルイが羨ましそうにウーゴに笑いかけるとベルがそれを窘めた。
言われてみると、ウーゴって喋りやすいからついつい友達感覚で話しかけちゃうんだよね。それに、この髪色だから目に付きやすいのもある。
「うん。好きなのかな」
毎日話してるベルとルイの方が仲良い自信と愛している自信はあるけど。
「はぁ……。次は使用人に告白か」
「マシュー!?」
ため息で分かる、聞きなれた声に振り返ると頭を抱えるマシューがいた。
面倒くさい場面を見られてしまった予感。
「マシュー、頭痛いの?」
「えぇ。たった今から」
難しい顔をしたマシューの傍に駆け寄りながら、チラリとウーゴを見ると意味が伝わったのか窓枠から飛び降りようとしてくれる。
が、ちょっと遅かった。
「君がウーゴですか?」
「は、い?」
マシューに呼び止められてしまい、ウーゴがマシューと対面してしまう。
ゲームでは学園に入学して初対面だったから、この出会い大丈夫なのかな……。
変な分岐点にならなきゃいいけど。
「リタから話は聞いていたけど、本当に窓から移動するんだね」
「……みぐるし、くて、ごめん、なさい」
「いや、責めてるわけじゃないんだ」
そう言ってマシューはウーゴの顔をじっと見つめた。
えっ、急に不穏な空気!?
どうしよう。
マシューはアルトみたいに病んでないからウーゴに嫉妬でキレたりしないと思うけど……、っていうか私のことでそこまで必死になるわけないか。
……あ。
でも今の私は美少女なのか。
私が一人でわたわたしている中、マシューが無表情のままウーゴに近づいていく。
とりあえず、今はウーゴの味方になろう!
そう決めて滑り込むように二人の間に入る。
「ちょっとま――」
「君の髪も瞳の色も綺麗だ。リタが気に入るのも分かる気がするな」
「えっ……」
私の予想に反して微笑むマシュー。
一面に広がるマシューのきらきらエフェクトが飛んでそうな笑顔。
「まっ、眩しい……!」
推しが眩しすぎて、私はすごすごと退散した。
とりあえず、良かった。と思いたい。
私へのマシューの好感度的な意味でも。
目の前で起こったイベントをポジティブに解釈して、ウーゴに目線を送る。
もう仕事に戻って大丈夫だよって。
「……。俺は、おじょうさまに、すかれて、なんか、いません」
……そう送ったつもりだったんだけど。
ウーゴはマシューをにこりともせずに見つめ返した。
「俺が、おじょうさま、の、いけないばめん、をみて、しまったから。きに、されてる、だけ」
たどたどしく、マシューに弁明してくれるウーゴ。
大丈夫。
大丈夫なの、ウーゴ。
マシューの好感度は下がったままでいいの!
「いけない場面?」
「はい。おじょう、さま、のはずかしい、ところ」
……恥ずかしい場面……?
あぁ!!
あの豚鼻事件ね!
あれは恥ずかしかった。
でも、その言い方だと変な勘違いを生むからやめようね!
「リタ、その話後で詳しく聞かせて?」
ほらーーー!!
「ウ、ウーゴ。その言い方はやめて。……っていうか、忘れてって言ったでしょ!」
「えー。俺、だけが、しってるおじょう、さまの、ヒミツ。かんたんに、わすれられない」
ウーゴくん、もういい。
頑張りは感じるけど、途中から弁明なのか煽りなのか分からなくなってるよ……!
いっぱい喋ったから疲れたでしょう?
もう休んで……!
「そう、だ。あのとき、いえなかった、けど、おじょう、さま。ああいうの、はした、ない、からマシューさま、のまえで、しちゃ、だめ」
「はい、ウーゴくんお口チャック!」
これ以上ウーゴに話させてはいけない。
ベルとルイのHPが限界だからね。
そして、何よりマシューがとんでもない顔で私たちを見ているよ!!
マシュー、きみってそんな顔も出来たんだね!!
初めて知った!! 嬉しい!!!
でも、今は怖すぎて堪能する余裕がないです。




