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8:お義兄さまと

あれから一週間が経つが、マシューはほとんど日を空けずに遊びに来る。しかも、滞在時間は長くて3時間くらい。短い日だと30分~1時間。


そこまでして来なくても……移動のほうが時間かかるでしょ。

と思って一昨日その疑問をぶつけてみると、マシューは目をぱちくりとさせた後、

「近いよ」

と返してきたんだけど、その意味がようやく分かった。


王宮とマシューの家は3Kmも離れていない疑惑。


昨日馬車に乗って近くの薔薇園を散策した時、お母様に聞くまで王宮の離れか何かだと思ってたもん。

なんならマシューの家と王宮って繋がってるのでは。と言った感じに、めちゃくちゃ近かったのでマシューが日を空けずに遊びに来ては1、2時間で帰る謎が判明した。そりゃ、毎日遊びに来るよね。

私も小学生のころは家に帰る前に一回友達の家でジュースとか飲ませてもらってたなあ。

え、それと一緒にするなって?……確かに。


……と、まあ。

そんなこんなで、今日も今日とて日が暮れるまで話してマシューを見送った帰り道。


「こんなにも仲睦まじいお二人なのに、お嬢様はマシュー様の婚約者でないなんて。あーあ、あのときお嬢様が恥ずかしがってお友達からって仰るから……」


と、自分のことのように残念がるベルのお小言を聞きながら廊下を歩く。


「だから、“友達から”じゃなくて“ただの友達”よ。これからも」


「またまた! いいですかお嬢様。たしかに乙女に恥じらいは必要です。でも、それも時と場合ですよ。乙女でも時に大胆に――」


ベルは拳を作って力説してくる。

そこまで必死に私とマシューをくっつけようとしなくてもいいのに。

今日もうっかりしたフリをして私たちを二人きりにしようとするし、私が本気でマシューのことを好きになったらどうするの。

私もだけどマシューも処刑される未来を作っちゃうかもしれないじゃん。

今のところ恋愛感情よりも憧れの気持ちが強いから大丈夫だけどさ。


「……もう、聞いてますかお嬢様」


「聞いてるよ~。それにしても、お腹空かない?」


「ハァ……お嬢様は、色気より食い気ですね」


難しいことを考えても気分が滅入るだけだ。

美味しいもの食べて元気を出そっと!

今日のご飯は、何にしようかな~。

考えなくても美味しい料理を勝手に出してくれるんだけど、量が多いし野菜がないのが地味に辛い。

それと、そろそろ本格的に日本食が恋しくなっているのでそれっぽい料理を見つけたい。というか、調味料さえあれば自分で作るから仕入れをお願いしたい。

そもそもこの世界に味噌とか醤油があるのか分からないけど。

少なくともこの国には無いみたいなんだよね。悲しい。


「へいおばちゃん、お味噌汁と白米いっちょー……もがっ!」


「お嬢様ったら、また変なこと言って~。熱でもあるんですかね」


そう考えながら、食堂で注文するとベルに全力で止められた。


「いいですか、お嬢様。私がお持ちするので、ご令嬢らしくここに座って待っていてください。絶対に座っていてくださいよ。絶対ですよ!」


「ほほう、それはフリかな?」


「何を訳の分からないことを言ってるんですか」


ちょっとふざけてみると、めちゃくちゃ冷たい目で見られてしまった。

怖い。

最初の頃は私の一挙一動に震えていたのに、お互いに慣れてくると今ではベルの方が強いしルイもこんな感じで返してくるようになった。

いやー、子供のメンタルの成長は早いね。良いことなのに、寂しくなってくるよ。


少し逞しくなった気がするベルの背中を見送っていると、周囲が私を見ていることに気が付く。

私が食堂に入った瞬間、変なこと言ったから悪目立ちしたのかな?

にしても、私より年上の人たちに遠巻きに見られて、その上ひそひそ会話されるのは居心地悪い。

ベル早く帰ってこないかな。


「少しいいですか?」


見上げると、従者を連れた少年が立っていた。

アルト・アーシェだ。


「え、お義兄さま……?」


予想外のことに飛び上がりそうな心臓を押さえつけて平静を保ってアルトの目を見つめ返す。

燃え上がるような赤い瞳は、相変わらず私に冷たい感情を伝えてきて。

そして、それだけじゃない。

その奥に感じるアルトの狂気的な好奇心。


「お会いするのはパーティー以来ですね。お変わりはないですか?」


にこやかに笑いながら、私の返事を待たずにアルトが隣に座ってくる。

どうやら、周囲の注目はアルトにあったらしい。


「え、ええ。お義兄様はお変わりないですか?」


「はい、俺は」


俺は……?

他と比べるような言い方に引っかかっていると、アルトの赤い瞳が細まる。


「……ですが、ヘンリエッタ様は随分と雰囲気が変わられた気がします」


「そう、でしょうか?」


ぎこちなく返す私と対照的にアルトは笑顔を崩さず会話を転がしていく。


「雰囲気だけでなくお噂はかねがね聞いていますよ。たとえば、日頃嫌っていたご友人と仲良くなられたり……使用人に新しい服を与え、時にはご友人のように振舞ったり……と」


「し、心境の変化がありまして……」


「ほう。それはどのような?」


「えっと……」


ちょっと待って!

何、この圧迫面接のような緊張感は……!

このタイミングでベルがご飯を持ってきてくれても美味しく食べれる気がしない。

というか。

アルトは何が言いたいんだろう。

誘導するような話し方からして、友好的なわけじゃないし……。

うー。このアルト独特の空気感、初対面の私にとっては慣れないし怖い。

というか、怖いを通り越して胃が痛い。


言葉を詰まらせた私にアルトはまた何がおかしいのか静かに笑って、また薄い唇を開く。


「使用人の中では、こう言われていますよ。……まるで、お嬢様は人が変わられたようだ。って。でも、本当にそうでしょうか?」


「それはどういう……?」


「もしかしたら、“本当に人が変わっていた”りして」

「っ!」


そこまで、話すとアルトは私の瞳をじっと見つめてくる。

私を見透かすような赤く底の見えない瞳で。

私のこと、疑っているんだ……!

ヘンリエッタじゃないって。


「そ、そんなわけないでしょう? 第一、人と人が入れ替わる方法なんて不可能だわ」


必死にヘンリエッタらしく返答をしながら考える。


もし、入れ替わる方法があるのならこっちが教えてほしいくらいだ。

実際にゲームの中に入って戻れなくなっている人がいるので。


「世の中に不可能はありませんよ」


そう言って、アルトが返してくる。

遠まわしな返答だな。

でも、この返答から察すると……。


「人が入れ替わる方法を知っているってこと!?」


思わず食いついてしまうと、アルトがニヤリと笑った。


あぁ、アルトの思う壺な返答をしちゃった。

頼むから今ヘンリエッタの偽物として処刑はやめてくださいお願いします。

ダラダラと流れる冷や汗を感じながらアルトになんと言えば疑いが晴れるかを考えていると、小さな声で、

「馬鹿だな」

と言われた。


気がした。


というのも、次の瞬間にアルトを見るといたって普通の表情で、


「俺は知識不足なのであいにくその疑問にお答えすることはできませんが、仮に“人と人を入れ替える禁術”があってもおかしくはないと思っただけですよ」


と優しく返してきたからだ。


「そう、ですか」


「……っと、長々とお話してしまいすみません。今からお食事ですよね、俺はこれで失礼します」


「あ……あのっ」


「ほかに聞きたいことがあるならまた俺の部屋に遊びにいらしてください。今の貴女でしたら歓迎しますよ」


アルトは一方的に話してさっさと食堂を出ていく。

た、助かった~!!


というか、正直さっきの馬鹿発言(?)のせいで内容を8割方スルーしかけたけど、結構重要なことをさらっと言ったよねアルトくん。


“禁術”か……。

ゲームでは見たことがないけど、そんなものがあるとしたら私のこの状態に関係があるのなのかな。

アルトは知っていそうだけど……。馬鹿正直にアルトに聞くべきか悩む。

今よりもさらに私の正体に関して墓穴を掘っちゃいそうで。

かといって、図書館で文献を調べようにも、何故か王宮内の図書館は出禁になっていて入れないんですよ……!

以前の私、図書館で何をしたんだ。

マシューはマシューでそういう話は話したくないみたいだし。


多分、アルトは私がこの世界の人間じゃないってことまでは分かってないと思うけど。

ホイホイと超危険人物に会いに行っていいものか。

だって、完全にヘンリエッタの影武者か何かだと思ってる顔だったよね。

今は周囲を気にして殺さなかっただけで、二人きりになった瞬間ぶっ殺されたりしません……?

“禁術”については気になるけど、目に見えた罠には引っかからないでおこう。

本当はアルトも“禁術”について知らないかもしれないからね。彼、厨二病を患っているところあるので。


……この発言はこの発言で画面外のアルトファンに怒られそう。

弁明しておくと、アルトのことは嫌いじゃないよ。味方だと頼もしいけど敵になったら怖いタイプが、実際に敵になってしまって怯えているだけだよ!!



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