7:マシューと星の話
バンッ、と大きな音を立てて開くドア。
「ヘンリエッタ、ここにマシューくんがいるのか!」
「あらあら、貴方。ノックもせずに部屋に入ったらダメよ? リタちゃんも、もう立派なレディなんだから」
「む。す、すまない」
そう言いながらも遠慮なく部屋に入ってくるお父様とお母様。
私は庶民文化なので部屋をノックするしないはどうでもいいんだけど、私の部屋のドアのHPは気になるところだ。
そろそろ壊れるんじゃないか……。
「アーシェ公爵に公爵夫人、昨日の今日でお邪魔してしまい申し訳ございません。リタ……ヘンリエッタ様にどうしてもお話したいことがあり伺っております」
「あらあら。良いのよ~、マシューくんは、私たちの息子みたいなものだしね。あ、もしかして今日から本当にそうなっちゃったりして」
お母様、それ地雷です!!
ほら、お父様も信じられないものを見る顔で見てるよ!
私も多分同じ顔をしてお母様を見てる。
「そ、それは本当なのかね!?」
驚いた顔をして固まるお父様とにこにこと微笑むお母様の間から出てきた男性が、マシューに近寄って肩を揺さぶる。
そのたび、男性が付けているネックレスなどのアクセサリーがごちゃごちゃと音を立てる。
誰だ、このお金と権力大好きです! といった、いかにもな貴族は。
……ヘンリエッタと同じにおいを感じる。
「父さん、何故ここに!?」
マシューは、びっくりした顔でマシューの父というその人を見つめた。
「えっ、お父さん!?」
びっくりしすぎて声に出してしまった。
「……そういえば、ヘンリエッタ様とは初めましてでしたな。私は、アルフレッド・エルロイ。マシューの父でこの国の宰相をしております。どうぞ、お気軽にアル宰相とお呼びください」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れてすみません。ヘンリエッタ・アーシェと申します」
自分のことをアル宰相、と名乗る彼は爽やかな笑みで私に挨拶をした。
ので、私も挨拶を返して握手を求めたのだが貴族社会では失礼だったらしく返してはくれなかった。
ちょっと寂しい。
「父さん挨拶している場合ですか? 突然押しかけて、その上ヘンリエッタ様のお部屋に許可なく入るのは失礼です」
「あぁ、そうだった。緊急事態とは言え礼を欠く行為だった。どうかヘンリエッタ様、アーシェ公爵お許しを」
そう言って私とお父様に頭を下げるアル宰相。
と、それを冷ややかに見つめるマシュー。
外見も中身も似てない親子だな。
「あ、あの。私なら全然気にしてないので」
確かに知らない人が入ってきたからびっくりはしたけど。
「頭を上げよ、アルフレッド。そなたの息子の話だ。気になるのは仕方ない」
「ありがとうございます。……どうか、その寛大なお心で我が息子の馬鹿な申し出もお許しください」
「……それは、本人たち次第であろう」
「そうね~。それで、マシューくんとはどうなったのリタちゃん。婚約? サインいるなら書くわよ~」
少しピリついた空気を和らげるように、お母様が口を開く。
羽ペンまで取り出して、書く気満々だ。
いや、その話はさっき良い感じに終結したので本当にやめてくださいお願いします。
ね、マシュー。
ねー!!
「……何を勘違いされているのか分かりませんが、僕とリタは婚約しませんよ」
私の視線に気付いたマシューが、ハァとため息を吐いて宣言する。
「そ、そうなのか」
安堵した様子のお父様とアル宰相。
それに私。
「えー、なにそれつまんなーい」
子供のように口を尖らせているお母様と、出るに出られなくってそのまま壁と同化しているベルは残念そうだが。
「はい。改めてお友達になりませんか、と僕がお願いしていただけで……」
ごめんマシュー、そして私の気持ちを尊重してくれてありがとう。
律儀に私の気持ちに合わせようとしてくれるマシューに続いて私も口を開く。
「あの、誤解が解けたならもうよろしいですか? 私とマシューは、これからお義兄様と遊ぶ約束をしております。ご多忙なお義兄様をお待たせしてしまうのは心苦しくて……」
嘘ですけどね。
「……私たちの早とちりでしたな。いや~、申し訳ございません。どうぞ、これからも良き友としてマシューと仲よくしてください」
そんな出まかせを信じてくれた、アル宰相はそそくさと退出していき、それに続いてお母様が部屋から出ていく。
お父様は……。
あれ?
お父様、今マシューになんか言った?
去り際に何かをマシューに言ったように見えたのだが、聞く暇もなくお父様もすぐに出ていってしまった。
マシューも特に何も返していないし、気のせいだったのかな?
それにしても……。
「ふぅ……良かった」
嵐のような大人たちが去った後、私はテーブルに置いてある紅茶を口にする。
マシューと話している時にベルが出してくれたので、すっかり冷めている。
「お嬢様、新しいお茶お出ししましょうか?」
「大丈夫よ」
緊張で喉がカラカラなのでむしろその方がありがたいのだが、ベルはいそいそと部屋を出ていった。
残されたのは、私とマシュー。
うーん。
マシューがいなかったら、ベッドにダイブしてごろごろしたい。
元、とはいえ国王の威厳というかオーラものすごい……。
命運を分ける会話だったこともあってこの数十分ですごく体力を消費した気がする。
「……父がすみません」
と、思っていたら立ったままのマシューが私に謝ってくる。
少しテンションが下がっているのは、婚約を破棄した私のせいではなくアル宰相のせいだと思いたい。
お父さんと仲、悪いのかな?
そんな話が出たこともアル宰相も初めて見たので記憶はないけど。
「気にしないで。ちょっと、びっくりしたけど。ほら、座ってお茶しましょ。ベルが新しいお茶入れてくれるから」
「……あぁ、ありがとうございます」
話しかけてもどこか上の空のマシュー。
宰相のことじゃなかったら、お父様に何か言われたとか?
うーん、でも。
マシューの表情は分からないけどお父様はにこやかな顔をしてたんだよね。
「……」
目の前の椅子に座ったマシューの宝石のような瞳を見つめると、すぐに目を逸らされてしまった。
こんな時、お母様みたいに励ませたらなぁ。
テーブルにクッキーが置いてるし、やってみようかな……。
いや、駄目でしょ!
友達以上になっちゃう。
「リタは、この国のこと知っていますか?」
「えっ!? ……い、一応は」
「この国の国教のことは?」
「……えぇと。この国は占星術が国教で、国民は生後すぐ巫女に“星”を占ってもらうことが義務なんだよね」
唐突な話題に、手に取ったクッキーを落としそうになりながらも私が返事をするとマシューが真剣な表情で頷いたので確認を込めて続ける。
「ただの占いではあるんだけど、時には身分や職業に影響することもあって。……私は“凶星の子”」
そういえばゲームでは特に理由も語られなかったけど、あんな暴動が起こるくらい“凶星の子”が嫌われているのはなんでだろう。
縁起が悪いほかにも理由はあるのかな。
「ねえ、“凶星の子”って何なの?」
尋ねてみると、
「なんてことないただの迷信だ。魔術と違って信憑性のない。……選ばれた人間という勝手な階級付けのための媚売りの道具さ」
いつもの敬語も忘れて吐き捨てるように返された。
「……それなのに僕の父は占いに固執して。あの瞳見たかい? 君を馬鹿にしてた」
そして、テーブルの上でぎゅっと拳を作った。
お、怒ってらっしゃる!!
あの温厚なマシューが!!
「そ、そうは思わなかったけど」
たしかにアル宰相の瞳はマシューと違ってずっと見ていたいと思えない瞳だったけれど。
そこまで怒らなくても大丈夫なのに。
「……そうだよ。少なくとも僕にはそう見えた」
宰相が信じている占星術。
しかも、国教。
だったら、私の“凶星”は迷信じゃないような。
と、思いながらも苦しそうに顔を歪めたマシューには聞けそうにない。
「……すみません。取り乱しました、とにかく許せなかったんです。父も、僕自身のことも」
「うーん。マシューがマシューのことを許せないっていうのは、よく分からないけど。……とにかく、ありがとう?」
深まる“凶星”の謎については、マシューが言いたくないのなら自分で調べるとして。
目の前のマシューにお礼を言うと、きょとんとした顔をされた。
「え? 何が?」
「私のこと、想って怒ってくれたのかなって思って」
もしかしたら、正義感から怒っているのかもしれないけど。
人のために怒れるところが、マシューらしいな。
「……別に、僕は褒められるような人じゃありません」
何をそこまでマシューは思い悩んでいるのか、知れたらなぁ。
目を伏せて呟いたマシューの言葉は、私を悲しい気持ちにさせた。
私がマシューを元気にできたらいいんだけど。
まだ落ち込んだ様子のマシューになんと声を掛けようか悩んでいると、扉がノックされる。
「お嬢様、お茶をお持ちしました。開けてもよろしいですか?」
ベル、ナイスタイミング!
「いいわよ」
「ありがとうございます」
ティーカップと新しいお茶菓子を運んできたベルをきっかけに、少しずつ和らいでいく空気。
その勢いを借りて、私は笑顔でマシューに話しかける。
「マシュー、難しい話は終わり! お茶を飲んで楽しいお話しましょ」
「楽しい話?」
ぶっちゃけマシューの話なら、私にとってはなんでも楽しいんですけどね。
本人が話してて辛い話以外でね。
「うーん、あえて言うなら最近会ったありえない人はどう? たとえば、扉を足で開ける人とか、窓から外に出る人とか?」
食べるタイミングを失っていたクッキーを頬張りながら私が言うと、
「ウーゴのことですね」
ベルがお茶を淹れながら笑った。
「ウーゴ?」
「私の家の使用人よ。ちょっと変わってて面白いの。マシューの家にはそんな人いる?」
「そこまで変わった人はいませんが……。あぁそういえば、最近僕の家庭教師になった人は面白いです」
「聞かせて!」
幼少のマシューの話は貴重だからね、オタクとしても気になる。
「リタにとって面白いかは知りませんけど、分かりました」
「面白いに決まってるよ! あと、友達なんだから敬語はなし!」
「……ふふっ、分かった」
そう言ってようやく笑ったマシューが可愛くて、萌えと安心でダブルで泣きそう。




