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だから僕らは旅に出る

作者: かんな月

 空が青い。

 こんな日はきっと旅立ち日和びよりだ。


 だから僕らは旅に出る。



 ◇ ◇ ◇



 余所行よそいきのワンピースに麦わら帽子。

 そして、お兄ちゃんに似せて作ったパペットを左手に装着して、私は今日旅に出る。


「なあ、夏菜(なつな)。言っちゃ悪いが、これ俺に似てないだろ?」


 ジリジリと照りつける真夏の太陽を浴びて最寄り駅に向かう道すがら、私の左手に装着されたパペットを指差して、お兄ちゃんが不満を口にする。


「そう? どこからどうみても夏樹(なつき)お兄ちゃんそのものだけど?」


 私は左手のパペットのお兄ちゃんをまじまじと眺めながら、素っ気なく答える。

 それでもまだ「俺はこんなに変な顔じゃない」とかぶつぶつ文句を言うお兄ちゃんを放って、さっさと駅に向かう。

 改札を抜け、目的行きの電車に乗り込むと、周囲からは奇異の目を向けられた。

 それでも私は気にせず、痛いくらいの視線を背中に感じながら流れていく窓の景色をただ眺める。

 傍でお兄ちゃんが「お前、今すごい冷たい視線を一身に浴びてるぞ。今だけパペット外せば?」なんて忠告してきたが、それも気にしない。


 それから、しばらく電車に揺られ、何度か乗り換えをして、ようやく目的の駅に着いた私は、左手のパペットに話し掛けた。


「ねえ、お兄ちゃん」

「俺、こっちな」

「ここから彼女さんの家までどう行くの?」


 パペットのお兄ちゃんは、さっきまでと何も変わらない。

 だけど一瞬、空気が凍った気がした。


「……行ってどうするんだ?」


 感情を殺してあえて淡々と聞き返すお兄ちゃんに、私も事務的に淡々と答える。


「お兄ちゃんが彼女さんに長い間借りっぱなしだったCDを返そうと思って持って来たの。大変だったんだからね、とりあえず適当に詰めて送った大量の段ボール箱の中から探すの」

「そっか。……悪いな、夏菜」


 力無くお兄ちゃんが呟く。

 その様子は、何だか切なく悲しそうで……。


 だけどそれには気付かないフリをして、私はさっさと歩き出した。

 左手のパペットと共に。



 しばらく経って、幾分か元気を取り戻したお兄ちゃんにナビをしてもらいつつ、何とか無事に一人暮らしをしている彼女さんのアパートまで辿り着いた。

 アパートはかなり歴史を感じる木造二階建てで、私は二階の木下という表札が出ている部屋の前まで来ると、深呼吸をしてからゆっくりとチャイムを鳴らした。


「…………はい」


 十数秒後、ドアが少し開く。


「どちら様ですか?」


 チェーン越しに見た彼女さんは、少しやつれているようにみえる。

 私は、すぅーと空気を胸いっぱいに吸い込むと、口を開いた。


「私、岩瀬(いわせ)夏菜と言います。……岩瀬夏樹の妹です。ここを開けてもらえませんか?」

「夏樹の!?」


 一度閉まったドアが、今度は勢い良く開かれた。


「貴女が夏樹の」

「妹の夏菜です。初めまして」


 私が頭を下げると、その場を微妙な空気が支配した。


「初めまして。どうしてここが……。いえ、それよりも貴女ひとりでここまで来たの?」

「一人じゃありません。お兄ちゃんと一緒です」

「えっ? だって、夏樹は――」


 困惑する彼女さんの目の前にパペットのお兄ちゃんを突き出す。


 沈黙。


 訝しげな彼女さんを無視して、私はパペットを突き出したまま、ただ待った。

 お兄ちゃんが話し出すのを。



「……久しぶり」


 ようやくお兄ちゃんが重い口を開いた。


「長い間ありがとう。今度の夏休み、二人で北海道に旅行しようって話してたのに、約束破ってごめんな。せっかく旅行用のカバン、二人で買いに行ったのにな。……本当にごめん」

「どうして貴女が知ってるの? 夏休み、北海道に行こうって夏樹と話してたこと。行き先までは、まだ友達にも言ってなかったのに。それに、カバンの事まで」


 お兄ちゃんの言葉に合わせて、パペットの口を動かしていた私は、今度は自分の口で答える。


「私はそんなこと知りません」

「でもいまっ」

「私は知りません。お兄ちゃんがそう言ってるんです」

「それは、どういう……」

「お兄ちゃんと一緒に来た。ただそれだけです」


 私の言葉を聞いた彼女さんは、しばらく無言のまま考え込んでいたけど、意を決したようにパペットのお兄ちゃんに話し掛けた。


「本当に夏樹なの? 本当にここにいるの?」

「いるよ。今までありがとう。さよなら、唯依(ゆい)


 それからせきを切ったように、彼女さんはパペットのお兄ちゃんを抱きしめて号泣した。

 何度もお兄ちゃんの名前を呼びながら。


 数十分後、私はやっと落ち着いた彼女さんに玄関先でお兄ちゃんが借りっぱなしだったCDを返すと「上がってお茶でも」という彼女さんの申し出を断り、かつてお兄ちゃんが頻繁に通ったであろう歴史を重ねた木造二階建てのアパートをあとにした。


 アパートが見えなくなると、彼女さんが泣きじゃくっている間、黙りこくっていたお兄ちゃんが囁くように呟いた。


「……ありがとう。夏菜」


 私は何も言わなかった。

 何も言えなかった。


「ずっと抱えてた胸のつかえがとれた気がするよ。本当にありがとう、夏菜」


 ただフルフルと首を振る。

 そして、訪れる奇妙な沈黙。



「――ああ。空が青いな」


 言われて、私も空を見上げる。


 雲一つない快晴。

 どこまでも広がって行く青空が夏の日差しと混ざり合って、目にみる。


「こんな日はきっと旅立ち日和だな」


 そう言って、お兄ちゃんは笑った。



 ◇ ◇ ◇



 空が青い。

 こんな日はきっと旅立ち日和だ。


 だから――――。


お兄ちゃん(夏樹)……大学生。2ヶ月前、交通事故により他界。初盆に妹の前に現れた。

妹(夏菜)……中学生。左手の手作りパペットは、なんとか彼女さんにお兄ちゃんの想いをストレートに伝えたいという思いから作製した。

彼女さん(唯依)……お兄ちゃんと同じ大学の学生。周囲から公認のラブラブカップルだった。


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