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屋根裏部屋

 私が胸の変な感じに気を取られていると、男の子が手を握ったまま歩き出す。

 そして、団長室を出て、建物の中を進むと、階段を上がって行き、一番上の階まで登った。


「ここに俺達の部屋がある」


 他の階より低い天井。そこは三階の上の屋根裏のようなところで、細長い廊下にはいくつかの扉がついていた。

 男の子がそのうちの一つの扉を開けて、中へと入る。

 手を握られている私ももちろん一緒に部屋に入った。


「大人よりは狭いけど、問題ない」


 男の子の言葉を受け、その部屋の中をこっそりと観察する。

 天井は屋根裏だからか、斜めになっていて、部屋の奥に行くほど天井が低くなっている。

 一番低くなっているところは私でも屈まないといけないぐらいで、窓がついていた。

 ベッドと書き物をするための小さな机と椅子があって、それだけで小さな部屋はぎゅうぎゅうだけど、私にはすごく立派な部屋に見えた。


「ここがお前の部屋」

「わ、たしの?」


 ……この部屋が?


 びっくりしていると、男の子が握っていた手を離し、部屋を移動していく。

 そして、小さな窓をばたんと開けた。


「シーツと布団を取りに行こう」


 窓から入る風に男の子の白色の髪と黒い毛束が揺れる。


 ……いいのかな。

 こんなに簡単にいろいろと決まって。

 だって、私が変なことは一目見たらわかるはずなのに。

 

「名前は?」


 男の子の優しい茶色の目がこちらを向く。

 でも、その目を見ることはできなくて……。


 ……だって、私にはそれに答える言葉がない。


「……村では獣なしって」


 名前と呼んでいいかもわからない。

 でも、それが呼び名だった。

 私にはそれしかない。


「……あのね、だから、私、部屋はなくてもいい。どこでも寝られるから」


 視界に入るのは木でできた濃い茶色の床。

 ささくれや節がなくて、寝やすそうだ。

 ベッドなんて寝たことがないから、シーツも布団もなくていい。


「少しだけごはんをもらえたら、それでいいから」


 そう。それだけで、十分。


 こんなに簡単に決まっていいはずがない。

 こんなにいろいろもらっていいはずがない。


 だから、男の子を見ることなく、床をじっと見つめる。

 男の子が近づいてきたような気配がしたけど、それでも、じっと床を見続けた。


「大丈夫」


 すると、不意に頭の上に何かが乗った。

 びっくりして顔を上げると、そこには優しい茶色の目があって……。


「ブチ」

「ブ、チ?」

「そう。俺の名前。ぶち模様だから」


 男の子が左手で自分の髪を少し持ち上げる。確かにその髪はぶち模様だ。

 どうやら『ブチ』というのがこの男の子の名前らしい。

 そして、私の頭に乗っているのは、男の子の右手のようで……。


「お前の名前はクロ」


 男の子が私の頭に乗せていた右手で私の髪を少し持ち上げた。


「黒いから」


 そして、よしよしと私の頭を撫でる。


「ブチ、クロ。同じ」


 初めてのその感触によくわからないけれど、体にぎゅうって力が入った。

 そんな私に男の子がまた優しく声をかけてくれる。


「大丈夫」


 そして、またゆっくりと私の頭を撫でた。


 ……どうしよう。


「あ、りがとう」


 どうしよう。


「……いい名前だと思う」


 男の子の言葉が胸に響いている。

 ぶち模様だからブチで、黒い髪だからクロだなんて、すごく簡単な名前なのに。

 でも……。


「うれ、しい」


 ――うれしい。


 初めての名前。

 初めての感触。


 心が震える。


「俺の名前、呼んでみろ」

「……ブチ」


 少しだけ顔を上げて、名前を呼ぶ。

 すると、また優しい声が聞こえて……。


「クロ」


 ……私の名前。

 私だけの。


「お揃いだ」


 茶色の目が嬉しそうに笑う。

 そのせいでもっと心が震えて……。

 なぜかわからないけど、目がじわじわと熱くなった。


「クロ、シーツ取りに行く」

「うん」


 そして、ブチは私の右手をもう一度握る。

 やっぱり、その手があったかくて……。


「食べて、寝る。明日も」


 歩き出すブチにつられて、私の足も進んで行く。


「明後日も」


 ブチが少しだけ振り返って私を見る。

 長い髪の隙間から見れば、茶色の目が優しく私を見てる。


「毎日。ここで」


 だからまた心が震えて……。


 ――がんばろう。


 私を引っ張ってくれたブチのために。

 毎日ここにいていいと言ってくれる、その優しさのために。

 私を受け入れてくれるこの騎士団のために。


 ――今度こそ役に立とう。


 もう、いらない自分にはならない。

 いっぱいがんばって、きっと……。


「……がんばる」


 小さく言葉を漏らせば、ブチは少しだけ首を傾げる。

 そして、私をまっすぐに見て、ゆっくりと頷いた。


「大丈夫」


 ブチが何度も繰り返すその言葉。

 最初は全然安心できなかったそれ。

 

 気づけばその言葉が胸に染み込んでいく。

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