得体の知れない視線
気楽に手を振り返していると、いきなり周囲に風切り音が満ちた。
こっそり駆けつけていた弓兵が、いきなりジョウに矢を射かけたのだ。
ジョウはため息をついて、矢が一斉に飛んできた方を見る。
「また、くだらないことを」
飛来した矢は全てマジックシールドで跳ね返したが、さらに遅れて到着した弓兵達は、間抜けなことに、上空へ舞い上がったレイ達にも矢を射かけていた。
「自分達が守ってるつもりの殿下に当たるかもとか、考えないかね?」
だがあいにく、こちらはレイが自分に届く以前に静止させ、まとめて全部落としてしまった。今回はアストラル体での出現と言えども、矢ごときが通用する彼女ではない。
「まあ、逃げられたんだし、いいや。じゃ、そういうことで――おおっと!」
アクセラレーションに入り、あわよくば逃げようとしたジョウだが、例のユリウスがずっと機会を窺っていたらしい。
それこそ、黒い疾風の如く斬り込んできたっ。
「おのれっ」
「ああそうか、おまえがいたなっ」
瞬時に抜刀したジョウは、真っ向からユリウスの剣撃を受け止める。
「だけど、ちょっと俺を倒すには非力すぎないか? 腕以前に」
ギリギリと鍔迫り合いを演じつつ、歯を食いしばる相手にニヤッと笑いかけた。
「自分が強いと錯覚してる奴を倒すのは、悪い気分じゃない。なにより、俺にとっちゃ慈善事業みたいなものだ。将来、つまらない死に方をしないための、警告にもなるっ」
最後に「るっ」で、思いっきり相手の魔剣を押し返す。
「なにっ」
驚くべきことに、ユリウスの長身は軽々と宙に浮き、後方へすっ飛んでいった。それでも、華麗に足から着地しただけ、マシな反応だと言えるだろう。
しかし、その時にはもう、ユリウスが及びもつかないスピードで、ジョウが畳みかけるように彼の間合いに躍り込んでいる。
「ぬっ」
それでもユリウスは、下方から唸りを上げて自分を襲う剣撃を、一度は受けた。
しかし受けられた瞬間、ジョウの右膝が素早く跳ね上がり、ユリウスの上腿部(太股部分)を痛打している。
「ぐっ! 貴様っ、剣の戦いに足を使うのかっ」
たまらずよろめいたユリウスが、非難するような口調で叫ぶ。
「おまえは馬鹿か! お上品に剣技場でやってる試合じゃないぞっ。俺達は生き死にの戦いをしてるんだろうがっ」
叱声と同時に、絶妙のタイミングで身を捻ったジョウの蹴りが、隙だらけだったユリウスの胴に入った。
まともに蹴りを受け、今度こそユリウスはすっ飛び、正門横の詰め所に豪快に飛び込んで壮絶な破壊音を響かせた。
「だいたい、正当性云々を持ち出すなら、部下をどっさり引き連れてるおまえはなんなんだよ。不公平じゃないのか!」
説教してやったが、あいにく向こうはもう聞こえていないだろう。
「ゆ、ユリウス様っ。おのれ、取り押さえろ!」
勝負がついた途端、わっとばかりに衛兵の群れが押し寄せてきて、面倒になったジョウは、すぐにアクセラレーションに入った。
「別に、あの子を先に逃がすこともなかったかな? アクセラレーション、レベル5!」
たちまち、ジョウの目には周囲の人垣が静止したように見えてしまう。
敵兵のただ中を、レベル5の加速に入ったジョウが、一人で駆け抜けていった。
来た時と同じく、ジョウがアンチマジックシフトが敷かれた城門を走り抜けると、堀にかかっていた跳ね上げ橋が、既に中途まで持ち上がっていた。
逃走防止らしい。
「なら、渡らずに済ませるさ」
気楽に呟くと、ジョウはそのままさらに加速し、大きくジャンプして常人なら到底越えられるはずのない堀を、簡単に越えてしまう。
それでも、すぐには加速状態を解除せずにそのまま走り続け、十分に離れたと判断したところで、街路の近くにあった商店の屋根へ飛び上がった。
そこで初めて加速状態を解除したが――どうも、誰かの視線を感じる。
実は、城門そばでユリウスとやり合っていた頃から、ずっと感じていた視線でもあった。
しかし、ジョウが意識を集中して不埒な覗き見野郎を見つけようとした瞬間、あっさりそいつの気配は消えた。
いち早く、こっちが本気で探さそうとしたことに、気付いたらしい。
「なるほど……さっきのユリウスみたいなのは、あくまでもお飾り用か」
人知れず呟くと、ジョウはそのまま屋根から屋根へと跳び、王女が待つはずの隠れ家を目指した。
今は見えない敵より、彼女を国外へ連れ出すことを考えるべきだろう。