最後の難関か?
事実、フェリシーを抱いたまま、空中で猫のように回転し、ジョウは無事に中庭に着地した。
……それはいいが、タイミング悪く左右から衛兵達が駆けつけてくるところで、挟み撃ちの形になってしまった。
どうやら親衛隊の隊員を眠らせたのがバレて、あちこちから非常呼集がかかっているらしい。
「ジョウさまっ。いざという時はフェリシーを置いて逃げて――」
腕の中で囁くフェリシーを遮り、ジョウはニヤッと笑って頼む。
「多分、貴女が思う以上に俺はタフなんですよ。ちょっとだけ目を瞑ってくれますか? そうですねぇ、だいたい、十秒くらい」
「あ、はい……ジョウさまがそう仰るなら」
昨今の若い女の子には似合わず、フェリシーは素直だった。
あるいはジョウを信頼しきっているのかもしれないが、素直に目を閉じてしまう。
「貴様、もう逃げられんぞっ」
ジョウ達を囲みつつ無粋な衛兵共が、張り切って叫んだ。
「降伏しろっ」
「殿下を下ろして解放すれば、命だけは助けてやるっ」
「逆らうとタメにならんぞ!」
「いやぁ、雑魚のセリフって、どの世界でも似たようなもんだよなあ」
未だに、続々と押し寄せる後続もいるのだが、それらを無視して、ジョウは平然と笑う。
代わりに脳裏にレイの声が響いた。
『余裕見せている間に、自分で提示した十秒まで、あと五秒ですわよ?』
「はっは! 五秒あれば上等だろっ」
言下に、ジョウは腕の中のフェリシーを、上空へ放り投げた。
詰めかけた衛兵達がどよめく中、簡素なドレス姿の彼女は、驚くほど高々と上空まで飛んでいってしまう。
間違いなく、一瞬でジョウの頭上、数十メートルの高度にまで達していたに違いない。
ただ、投げた瞬間には、ジョウはもう抜刀して衛兵達に斬りかかっていた。
「峰打ちでラッキーだったな! まず二人っ」
叱声と同時に、青白い魔法付与の刃が唸りを上げて一閃し、一番近くの衛兵の首筋を打つ。瞬時に、返す刀でそばの一人の肩口を剣撃が襲い、たちまち言葉通り二人が戦闘不能になった。
後はもう、ジョウの独壇場である。
「に、逃がすなっ、退路を――ぐあっ」
「こいつ、動きが見えっげえっ」
聞こえるのは衛兵達の呻き声や悲鳴ばかりであり、彼らの中を一陣の風と化したジョウの黒陰駆け抜け、青白き魔剣が乱舞する。
残像を残して元の立ち位置にジョウが戻った時には、攻撃をかけられた順番通り、衛兵達がバタバタと倒れていくところだった。
何事もなかったようにジョウは刀を収め、ちょうどまた落下してきたフェリシーを抱き留める。計算通りである。
「もう目を開けていいですよ」
ダッシュしつつ声を掛けてやると、言われた通りに目を開けたフェリシーが、なぜか楽しそうに笑った。
「どうしました?」
「だって……空へ舞い上がる時はともかく、落ちていく時に気持よくて、笑わずにはいられませんもの。うふふっ」
「おぉ、殿下はなかなか剛胆でいらっしゃる。はっは!」
中庭を駆け抜けつつ、ジョウも哄笑した。
「普通、予告されたとはいえ、大空に問答無用でぶん投げられたら、恐怖に怯えて悲鳴を上げるものですが」
「他の人が投げたら、フェリシーだって悲鳴をあげますわ」
微笑しながらフェリシーが言う。
抱かれているのが、随分と気持よさそうでもあった。
「でも、ジョウさまがフェリシーを危険な目に遭わせるはずありませんもの」
見上げる瞳に、全幅の信頼があった。
ジョウがまたしても「ああっ、あと十年遅く出会いたかった!」と思う瞬間である。
このまま何事もなく城門を駆け抜けることができたら、ほのぼのとした雰囲気の中で逃走が成功したはずだが――さすがにここは帝都の本城だけあって、そう甘くなかった。
「賊め、そこまでだ!」
漆黒に、偉そうな金色のラインが入った帝室警護隊の制服を着た男が、城門の手前で仁王立ちしていた。
こいつも金髪碧眼だったが、さっきの隊員と違い、感じる威圧感がただ事ではない。
ジョウと同じく魔法付与の剣を下段に構え、まっすぐにこちらを睨めつけている。
「帝室警護隊隊長ユリウス・ゲルラッハだ」
名乗りを上げた直後、剣先をこちらへ突きつけた。
「好き放題もこれまでだ。殿下を解放してもらおうっ」
「おー、最後にはやっぱり、多少はマシな奴が出てくるもんだな」
ジョウは他人事のように感心し、レイを呼んだ。
「レイ、どうやら出番だ」
『待ちかねました』
本当に待っていたらしく、即座に応答があった。