颯爽たる駆け落ち
「ジョウさま以外、誰一人として、フェリシーが苦し紛れに送ったメッセージに気付いてくださる方はいませんでした。貴方だけが、助けるを求めるフェリシーに、真剣に答えてくださったのです」
「ははは……まあ、俺も最初は本気だと思わなかったですけどね。それに、仮名のキティちゃんが、一体なにから自分を救って欲しいのか、それを聞き出すだけでも、長かかった。なにせ、全ての真実がわかったのは、つい数日前ですし」
「……ごめんなさい」
ジョウの胸の中で、フェリシーがしょんぼりと項垂れた。
尖った耳の先まで、少し下がったほどだ。
「まだ九歳の……それも、皇帝に養女にされたエルフの女の子だなんて知られたら、ジョウさまに避けられてしまうと思ったんです……フェリシーはジョウさまとのマジックレターのやりとりだけが救いでした。それを失いたくなかったのですわ。本当にごめんなさい!」
「ああ、俺が士官学校に通う候補生だと自己紹介したから? まあ普通、帝国の士官候補生と言えば、皇帝のフェリクスが忠誠の対象ですしね」
つまり、フェリシーを助けることは、彼に反逆するのと同義ということになるわけだ。
「けど、俺は元々気まぐれで軍に入ったようなもので、自分の都合が変われば、皇帝なんか知ったことじゃない。つまり、貴女を誘拐するのに、ためらう理由はないってことです」
調子に乗って、長い銀髪を撫でてやりながら、ジョウはそっと尋ねた。
「じゃあ、俺と一緒に逃げてくれますか? おそらく、帝国における貴女の身分は消えてしまうと思いますけど」
「それは……ジョウさまも同じでは?」
心配そうな声で言われ、ジョウは苦笑した。
「いいんですよ、俺は。軍人が駄目でも、冒険者や傭兵なんかで食べていくのは余裕ですしね。帝国の国力は大したものだが、別にこの大陸全土に支配力が及んでいるわけでもないですし。そんなわけで――」
くどいようだが、ジョウはもう一度、念を押すことにした。
なにしろ、ジョウよりもフェリシーの方が、生活が激変する確率が高いのだ。皇帝の養女とはいえ、王女の身分を失うわけだから。
「あなたについていきます……フェリシーの少尉さま」
顔を上げたフェリシーの声に、ためらいはなかった。
「生涯、おそばをはなれません」
透き通るような水色の瞳に、ジョウのふてぶてしい顔が一杯に映っていた。
その瞳のあまりの美しさに、ジョウは「それはちょっと違うんじゃ?」と違和感を感じたのを忘れた。
余計なことは言わず、ジョウは微笑してこう告げてあげた。
「よろしい。では、派手な駆け落ちと行きますか!」
立ち上がると、部屋の隅に転がした警備兵二人がフェリシーにも見えたようで、彼女は驚いたように目を瞬いた。
「大丈夫、眠らせただけです」
安心させるようにか細い腕にそっと触れる。
「それより、なにか持っていくものは?」
「ここにあるものは、全てあの皇帝が押しつけたものですし、それに――」
「それに?」
ジョウが柔らかく訊き返すと、フェリシーが大きな瞳でじっと見上げた。
「フェリシーにとって何より大事な人が、目の前にいます。他には何もいりません」
はにかんだように微笑むフェリシーの顔ときたら、ジョウが「ああ、俺はなんで十年後のこの子にすぐ会えないのかっ」と地団駄を踏みたくなったほどである。
「では、どうぞ俺と一緒に――いざ」
「はいっ」
ジョウが差し出した手を彼女が取った瞬間、あたかも二人の決意に水を差すように、ドアが乱暴に開けられた。
一気に五名もの親衛隊の連中が雪崩れ込み、次々と抜剣する。
「貴様、何者だ!? 客間に放り込まれていた仲間も、貴様の仕業だなっ」
先頭の男が詰問するのを無視して、ジョウは素早くフェリシーを抱き上げた。
「ちょっとの間、騒がしくなります」
「……はいっ」
信頼に満ちた瞳を見て、ジョウは苦笑した。
まさかこの俺が、こんな小さな女の子のために戦う日が来るとは。
「殿下から離れろっ」
粗忽者が剣を振りかざして駆け寄ってくるのを尻目に、ジョウはその場から大きく跳躍し、肩口から窓ガラスにぶち当たり、外へ飛び出した。
ここが五階なのはわかっているが、その程度の高さでは、どうせ死にたくても死ねないのだ。