封印された魔王レイ
花嫁を誘拐するにしても、急ぐ必要があった。
なぜなら、フェリシーからのマジックレターでは、じじいの迎えは明日到着すると書いてあったからだ。
ジョウにとって幸運だったのは、彼が城のすぐ近くに住んでいたことと、少尉に任官したばかりとはいえ、堂々たる軍属だし、軍服も持っているという点だろう。
つまり、城内に潜入することが出来さえすれば、あとは何とかなるはずだ。
誘拐した後のあては、一応あるからだ。
フェリシーのかつての兄が、どうやら反乱軍を組織していて、帝国に逆らう勢力を吸収して、力つけているらしい。
ジョウ自身はともかく、フェリシーは実の妹だし、かくまってくれるはずだ。
その日の夜、ジョウは早速、行動に出た。
「ならば、実行あるのみか」
真新しい軍服を着用して、最後に鏡を見た。
王女の返信は届いていないが……自分が送った最後のマジックレターは、鏡を通して読んでくれたと思いたい。
いずれにせよ、返信があろうがなかろうが、今更計画はやめない。
ここへはもう帰ってこられないかもしれないが、ジョウの心はむしろ沸き立っていた。
「おい、レイっ。そろそろ起きろ! 人の体内で惰眠をむさぼるなよっ。おーい、俺の守護天使、あるいは召喚獣! 聞こえてるくせにシカトするなっ」
返事ナシ……しかし、ジョウが何度も呼び続けるうちに、ようやく眠そうな声が脳裏に響いた。
『誰が召喚獣ですか、誰が。魔王を呼び出すのに、召喚獣扱いとは、いい度胸ですね』
女性にしては低い声がして、さらに文句を付けられた。
実際、ジョウの体内に封印され、契約の上で使役されるからには、召喚獣と称してもいいような気がするが、レイのプライドの高さを知っているジョウは、もちろんそんな余計なことは言わない。
「失言だよ。魔王をファミリアにしてる的な、子供っぽい自己満足で口が滑っただけだ。だいたい、先に守護天使とも呼んでるぞ! そこで起きないからだ」
『貴方を疲れさせないために、なるべく体内で休むようにしているんじゃありませんか。惰眠をむさぼっているように言われるのは、心外ですわ』
至極丁寧な言い方で、しかし不満そうに言われた。
『それに……今更ですが、わたしはレイという名前ですらないですよ。魔王エグランシアですし。数百の魔族種族を率いたかつての王に、日本の女子高生みたいな名前つけないでください』
「わかった、謝るから、とにかく今夜は起きててくれ。俺の少尉任官がぱぁ~になる、盛大なイベントを起こすんでな。万一の時は、おまえの力を借りたい」
『……どういうことです?』
ようやくレイの声が真剣になったので、ジョウは家を出て城に向かう道すがら、寝ぼすけの魔王に、かい摘まんで事情を説明してやった。
……もちろん、他の通行人に聞こえないよう、小声で。
全て話し終える頃には、帝国の帝都アルデランの中心に建つ本城、アルデラン城に近付いていた。
『……九歳の幼女を誘拐するのに、魔王たるわたしに手を貸せと?』
十分予想できたことだが、ジョウが説明を終えた途端、呆れたように言われた。
跳ね橋を渡る前に、アクセラレーション(加速)をかけないといけないのだが、まだレイがごねていた。召喚獣のくせに、態度のでかいヤツである。
「数日前まで、九歳だと知らなかったんだ!」
城の正門を目前に、ジョウは小声で言い返す。
「あんなしっかりした文章書く子が、まさか九歳なんて思わないさ! 最初、二十歳以上だと教えられて、すっかり騙された! 一年かけてくどいてたのにっ」
『ミラーマジックを使ったマジックレターなどで、女の子を引っかけようとするからです』
レイが重厚な声で勝手に決めつけてくれた。
その後、微かな声音で付け加える。
『そんなことしなくても、わたしがいるではありませんか?』
「三十秒しか実体化できないんじゃ、手を握ったら終わりだから寂しい」
『アストラル体(幽体)なら、いつまでも保ちますよっ』
「感触は同じでも、俺はあくまで実体がいい!」
素早く言い返し、ジョウは最後の街灯を通り過ぎたところで、いよいよ声を低めた。
「それより、そろそろ沈黙待機頼む。今からアクセラレーションかけて、正門を強硬突破するからな」
『……アンチマジックシフトが敷かれているのでは?』
「俺が聞いた話じゃ、ここのアンチマジックシフトは、せいぜいレベル2までのアクセラレーションにしか対応していない。俺なら大丈夫さ! じゃあ、行くぞっ」
会話を打ち切ると、ジョウはその場で加速状態に入った。
「アクセラレーション、レベル5!」
言下に、風切り音と共にジョウの姿がその場から消えた。