対面
ロワール城では、意外にも非公式に会うのではなく、ガストン王はわざわざ謁見の間にジョウとフェリシーを呼んだ。
しかも、城内の手空きの廷臣はほとんど駆けつけたのではないかと思うほどの盛況ぶりであり、それこそ、流行のスタイルに髪を結い上げたカツラを被った文官から、無骨さが窺える武官まで、ずらりと揃っていた。
フェリシーはともかく、ジョウは帝国軍少尉の上着を脱いだだけの姿なので、違和感が凄まじい。しかし、もちろんジョウ自身はその程度で緊張するような殊勝なタイプではない。
一応、表情だけは畏まったように頭を下げていたが、むしろ横に並んだフェリシーの方がかなり緊張しているようだった。
ジョウの身分は堂々たる平民なので、形だけでも片膝をつくかと思ったが、それは国王自ら制止した。
「よいよい、堅苦しい挨拶など。貴公も、わざわざ義妹を送ってくれたのだ。立ったままでいいぞ」
「有り難き幸せ」
乾いた声で礼を述べ、ジョウは王の言葉に甘えることにした。
ちらっと王を見たところ、母の血を受け継いだのかフェリシーと違って髪は金髪だったが、やはり耳は少し尖っている。ただ、純血のエルフではないためか、フェリシーほどには目立たない。
少し常人より尖っているな、と思う程度だ。その代わり、まだ少年の年頃だったが、さすがにエルフの血が混じったためか、美少年と称していいだろう。
ただし、見ていると妙に不安を覚える少年だった。なんというかこう……軽薄な印象を受けるのだ。
まあ、あくまでジョウの第一印象に過ぎないが。
ガストンの方はジョウの内心の思いなど知ったことではないらしく、早速、玉座から身を乗り出してフェリシーを呼んだ。
「おぉ、そなたがフェリシーか! これは嬉しいっ。もう少し近くへきてくれ」
「フェリシー、ほら」
ジョウが彼女にだけ聞こえる声で促し、二人して数歩ほどさらに近付く。
ガストンはやや興奮気味かと思うほど、熱心にフェリシーを見つめていた。
「これまでは互いの事情が許さず、会いたくても会えなかったが、これでようやく兄妹が相まみえたなっ」
やたらと明るい声を上げ、フェリシーを歓迎した。
「はははっ、やはりあの父の子だ! 見てくれ、フェリシー。予の耳もこんな形だぞっ。これでやっと、王宮に予の仲間が増えたっ」
「……フェリシー?」
またジョウに促され、俯いていたフェリシーがそっと顔を上げる。
自分と似て非なる兄の姿を見て、ちょっと目を瞬いた。
「初めてお目に掛かります……フェリシー・ローランでございます」
片足を引き、スカートの裾を摘まんで優雅に一礼する。
その美しい姿勢と美貌に、謁見の間に密かなため息が洩れた。
「うむ、やはり血筋だ。まだ九歳だと聞くのに、実に美しい。そなたが義弟ではなく、義妹でよかったぞ! お陰で、予は嫉妬せずに済む」
ガストンが声を張り上げると、追従的な笑い声が散発的に湧き起こった。
ただし、この場にいる全員が好意的とも思えないが。
ジョウが冷静にガストンの廷臣達を観察していると、彼はようやく重要な話題に入った。
「ところで、不名誉な婚儀にたまりかね、帝国を脱出したと聞く。もちろん、予は喜んでそなた達を保護するつもりだが、特に義妹は予の血縁者でもある。当然、我が国の国難に、予と共に立ち向かってくれるだろうな、フェリシー?」
やや心配そうに、しかし大いに期待するような声音でガストンがフェリシーを見た。
途端に、焦った顔で玉座のそばにいた廷臣が何か彼に囁いたが、ガストン自身が手を振って追い払った。
「余計な差し出口は無用だ。ようやく予の血縁が現れたのだからな。予とて、自分の右腕になるような身内がいてほしいのだ」
まだ九歳の義妹にわざと聞こえるように言ったのかもしれないが……ジョウが思うに、この王は元から万事この調子なのだろう。
よく言えば開放的だが、悪く言えば浅慮である。
「どうかな、フェリシー? 予を助けてくれるな?」
返事を迫られたフェリシーが困るようなら、自分が上手く引き延ばすかとジョウは思ったが、彼女はジョウが思った以上に賢明であり、しかも剛胆だった。
「もちろん、兄上はお身内ですし、お助けしとうございます。ただ、このフェリシー・ローランは未だに浅学非才の身。しかも、年齢も九歳に過ぎません。そこで、この方――」
フェリシーがジョウの腕にそっと触れた。
「つまり、フェリシーを助けてくださった、ジョウ・キザキ殿を補佐役につけてくださいませんか? 彼の武勇は目を見張るものがあり、それはたった一人でフェリシーを連れてあのアルデラン城を脱出したことでも、明らかです。きっと、今後もフェリシーを助けてくれることでしょう」