極室執政官の女
聖稜王都バロン 極室執政官極長、この職業を日本に例えるなら裁判の検事のような仕事だ。ルミローズ・エカテリーネの朝は早い。
王城塔の鐘が5回鳴り終わる前に起床し、街中を軽くジョギング。6鐘に戻ってシャワーを浴び、本日の予定を確認、新聞を読みながら朝食をとり、6鐘半には出勤。職場にて資料に目を通しながら部下の出社を迎える。
容姿端麗、頭脳明晰、まさに完璧を絵に描いたようなかたで同性からのファンも多い。
的確な発言と冷静な判断力で彼女の立つ極廷での勝率は99.9%とさえ言われるほどだ。
ただ完璧な彼女にも悩みはある。それは---
『食べ物を美味しいと思えない』
職場の部下が美味しいと進めるお店に行ったが一口食べてやめてしまう。理由は使っている材料、使われている調味料などが全て一口でわかってしまうため。そう、彼女は「絶対味覚」というかなり変わった体質を持っていた。
これまで、極力栄養は高いが味気のないものを選んで食べてきた。必要な栄養素が取れればそれでいいと割り切っている、がやはり彼女は思うのだ。
『一度でいいから 美味しいと感じてみたい』と。
その店の話を聞いたのは偶然だった。職場の部下が話しているのを偶然聞いたのだ。路地裏通り手前にとても美味い店がある、ただ、そこは色々と常識を逸脱しているとも・・・。
極室執政官としての勘か、それとも興味本意か?どちらにしても違法な店なら放置することは出来ない。
夕刻---
鐘の音が17を告げると彼女はいち早く噂の店へと向かう。何故か気持ちはそわそわしている。
「(落ち着くのよ私。もしかしたら普通の酒場、違法でないならそれでいいのよ)」
路地裏通り手前 、・・・あった。
その店は入り口からして奇妙だった。彼女の人生では見たことのないものが少なくとも3つ。赤く光る灯り、入り口に掛けられた布状の何か、そしてどんな仕組みで光っているのかわからない小さな看板らしきもの。その看板らしきものには漢字で『華始羽』と書かれている。
「これは・・・店名?なんて読むのかしら・・・」
しかし、この赤く光る灯り---- 吸い寄せられる・・・
まるで幻術でもかけられたかのように彼女は布状の何かをくぐり引き戸を開ける。
「いらっしゃいませ〜〜」
「・・・いらっしゃい」
店内がまたもや奇妙。カウンターの奥、無精髭の男がいる棚にはずらっと並べられた酒?酒?酒?
店の中に充満する美味しそうな香りと肉の焼ける音。
今まで自分が行った店全てを否定する違和感だらけの光景だった。
「お一人様ぁ?」
給仕だろうか?その女の格好もまた不思議。髪は金髪、小麦色の肌にどこかの学園を思わせる服装。少なくとも煌びやかなドレスなどではない、かといって庶民の服装ともまた違う・・・。
彼女は貴族の出なので少しは服装がわかる。ただ、どれとも違う。そんな印象を給仕の女に見た。ルミローズはコクリと頷く
「一名様カウンターごあんなーい!」
カウンター席へと通された。肉の焼ける匂いが強くなる。ただその中に混じって食欲をそそるいい香りが漂っている。
・・・ゴクリ
思わずツバを飲む。この店なら・・・もしかして・・・
「せぎもと肝を貰おう、それとワインのおかわりだ」
カウンター隅の席に座っている男は何かを注文したようだがそれが何かはわからない
ルミローズも注文しようとメニューを見るがこれがまた奇妙
「(なんなのだ、このメニューは?)」
むね かしら ぼんじり ハラミ・・・ わけのわからないネーミング。彼女の頭の中は疑問符だらけ。不意に無精髭の大将らしき人が口を開いた
「お客さん初めてみたいだね おまかせもできますがいいですかい?」
「ぜ、是非頼む!!」
お任せにしてよかったのだろうかと頭に浮かぶ、しかし後戻りは出来ない
肉の焼ける匂いが一層強くなる 緊張で喉が乾く
「すまない、何か飲み物を」
「はーい、何にします〜?」
メニューに目をやると『とりあえずはこれ』と書かれた文字が入る。
何のことかさっぱりだったがここでは驚かされてばかり、あえてそのとりあえずはこれに乗ってみることにした
「この生ビールとやらをもらおう」
「はーい生一丁ね〜」
ツカツカと店内奥に消えていく金髪給仕、しばらくしてルミローズの前にデンとジョッキが置かれた。
と同時にーーー
「はいよ 串盛りオマカセセット」
大将が皿を置く。見たことがなかった。
一本手に取る、食欲をそそる香りに我慢出来ずかぶり付く。
じゅわ〜とした肉の旨味を舌全体で感じる
久しぶりに味わう『美味しい』感覚。気がつけば一本平らげてしまった。
二本、三本と噛み締める、そしてこのビール。瓶ビールとは違い喉越しが素晴らしい。ついつい食が進んでしまう。
その食べっぷりにカウンター奥の男性がクックッと笑う
「(どうやらこの店、これは違法・・・ではないようね)給仕さんビールもう一杯もらえる?」
「はーい !」
こうして5人目の常連が出来上がる。
王国騎士団ジャン、オーバル、ガードの3人
カウンター奥に座る男
そしてルミローズ。
店内の空は今日も明るかった