第5話 天才野球少女
「あの……」
素振りをしていた静江さんに声を掛ける。用件を言うと、返ってきた一言。
「せっかくだから、奈々君に受けてもらえ」
言うと思った。想定はしていたので落胆は少ないが、やはり寂しくはある。
そんな私の様子に気付いてか、静江さんは言葉を続けてきた。
「私を頼ってくれるのは嬉しい。嬉しいがな、未来の恋女房と仲良くなるのも悪くないものだぞ?」
それは分かっている。分かっているんだ。ピッチャーにとって、キャッチャーとの信頼関係は生命線と言ってもいい。
「敦子」
彼女は諭すような口調で言った。
「秋の大会を覚えてるか? 我が成峰高校は、相手がそこそこの強豪だったとは言え五回コールド負けで一回戦敗退した。完敗だ」
覚えているとも。
まだ記憶に新しい。私はその試合に先発し、十失点で敗戦投手になった。
「だが、前にも言ったように、あれはお前のせいじゃない。私のせいだ。キャッチャーとキャッチャー未満の差だ。たとえ大リーグのピッチャーが高校生相手に投げようとも、キャッチャーが素人なら負けるに決まっている。リードも雑。捕球も雑。配球が適当な上に、あの試合で私は三つも失策を犯した。全て得点に絡んだエラーだ。要するに、私はキャッチャーに向いてなかったのさ」
「でも、冬の間も私の球を受けてくれました」
「捕るだけならな。おかげでエラーは減ったが、それでもリードはからっきしだ。元来、私は考えるのが苦手なんでな」
「でも……」
「でもじゃない。とにかく、本物のキャッチャーってやつに球を受けてもらえ。話はそれからだ」
そう言ったきり、耳を貸してくれなくなった。
悔しかった。何より、静江さんに責任を背負い込ませている自分に腹が立つ。リードがなんだと言っても、打たれたのは私なのに。
心残りはあったが、このままではどうしようもない。私は再び安達奈々のもとに行った。
「分かった。任せといて」
彼女は二つ返事で了解してくれた。
一度は外したミットを付け直し、二人してブルペンに向かう。一応、ちゃんと山になったマウンドぐらいはこの学校にもある。
「ねえ。お願いがあるんだけど」
マスクやプロテクターはいらないのかジャージ姿そのままの状態で座った彼女に、私は一つの頼みごとをした。彼女は少し渋い顔をしつつも了承してくれた。
「速いねー。130は出てる」
「ん」
賛辞とともに投げ返されたボールを受け取った。
ちなみに、測った内では私の最高球速は138キロだ。女子としてはかなり速いと自分でも自覚している。
ストレートを計五十球、そして変化球はカーブから入ってスライダー、シュート、チェンジアップとそれぞれ二十球ずつ、丁寧に投げ込んだ。
その全てを彼女は顔色一つ変えずに捕っていく。
合わせて百球以上の球を投げ終え、私は休憩を取ることにした。ついでに、私の頼みごとを彼女に実行してもらわなければならない。
私の頼みごととは、「なぜ私は打たれたのか教えて欲しい」だ。
あの秋の大会、なぜ私はあそこまで打たれたのか。その試合のことを事前に説明して、そして私の投球を見た上で、彼女にその答えを求めたのだ。
「そうだね。正直に言って、あっちゃんの実力は女子離れしてるよ。いい意味でね。というか、同学年の男子と比べても並以上だし、強豪相手にも十分通用すると思う」
「それは……自覚してる。あとあっちゃん言うな」
天才野球少女。
中学三年、県大会で優勝した時のエースだった私につけられたキャッチフレーズだ。
ストレートは男子並に速く、変化球も多彩。新聞やらで少し取り上げられ、その後名門私立からお呼びがかかったりもしたが、家庭の事情でパスして今ここにいる。
環境は良くないが、我ながら野球の才能には恵まれていると思う。




