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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第三章
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第39話 井川の天敵

 三回の裏は、九番からの攻撃だ。だが、これも井川はスローカーブで三振に仕留め、打者一巡が終了する。


「あっちゃん、気にしちゃダメだよ」


「え?」


 ベンチの隣に座る奈々が声を掛けてきた。一瞬、井川との会話を聞かれていたのかとも思ったが。


「失投」


 ああ……。


 フォークを投げる以上、ああいう失投や暴投は付き物だ。それは理解している。ただ、今のようなのが、試合を決める大事な場面で起こったとしたら。考えるだけで、ぞっとする。


 失投への恐怖を拭えない限り、フォークを投 げる資格はないというのは、重々分かっているつもりなのだが。


 次のバッターは、一番に戻って屋敷先輩だ。


「屋敷! 打てよ!」


 静江さんの言葉にひらひらと手を振って応える屋敷先輩。


 初球のストレートは見逃しだった。そこまで厳しいコースでもなかったが、少し慎重になっているということか。


 次もまたストレート。今度はギリギリ外れた。


 だが、三球目も続けられたストレートは、手が出ず追い込まれる。いや、手を出していないだけなのか?


 ついにスローカーブが来た――が、これは大きく外に外れる。屋敷先輩の足はやや踏み出されていたが、スイングはしていなかった。


 そして、ラストボールとなった五球目。屋敷先輩は、またもインハイのストレートで三振に打ち取られた。


「くっそ……」


 悔しそうにベンチに戻ってくる。代わって、荒木が打席に立った。


 そういえば、どうして荒木が井川の球を打てるのか、そんな話があったな。この打席を見てから考えよう。


 そして、荒木は初球のスローカーブをまんまとレフト前に運んだ。なんで、打てるんだ?


「敦子。なぜ出来るか解らないなら、まず、なぜ出来ないかを考えてみるといい」


 ……なるほど。


 なぜ、井川の球が打てないのか。それには大きく分けて二つの理由がある。


 まず一つは、スローカーブそのものの変化だ。


 少なくとも私が経験している中で、彼女ほど曲がるカーブは見たことがない。はるか上空から落ちてくるような、そんな印象すら受けた。


 私たち上位打線はまだ左打者だからいいかもしれないが、静江さん以降の右打者陣は全員まともに当たっていなかった。


 そしてもう一つは、ストレートとスローカーブのコンビネーション。ストレートは速く、カーブは遅い。ただそれだけのことだが、その違いはかなり大きい。


 ストレートを打とうとしてスローカーブが来れば、身体はつんのめって、まともなバッティングなどできるはずもない。


 逆もまた然り。


 スローカーブを待っていてストレートが来れば、身体は一切反応できない。それぐらいの球速差がある。


 しかも、井川をリードするキャッチャーも相当な頭脳を持っている。


 バッターが何を待っているのか、それをきっちり探り、悟り、的確な方を選んでくる。例えばさっきの屋敷先輩の打席のように、ボール球を上手く使い、かまをかけてくるのだ。


 なぜ荒木はこれが打てるのか? こうして整理して考えてみると、それが分かってくる。


 前者のスローカーブの変化自体は、左打者として一応は克服している。当然、それでも打ちにくいものは打ちにくいが、打てないというほどでもない。


 では、後者の問題はどうか。


 ストレートを待てばスローカーブが来る。スローカーブを待てばストレートが来る。一見八方塞に見えるこの状況。


 だが、どちらも待たなければ、どうだろうか? ヤマを張らない、というのは。


 荒木は狙い球を絞らない。それは、言い換えれば一切ヤマを張らないと言うことだ。


 来た球を打つ。それが、井川に対しては最も有効なのではないか?


 球種が少ないほど、ヤマ張りは有効な戦術に思えるかもしれない。しかし、その狙いを暴かれてしまえば、その戦術は脆くも崩れ去るのだ。スローカーブを狙っていてストレートしか来なければ、打てるものも打てない。


 だが荒木にはそれがない。何も考えず打席に立ち、投げられた球をありのまま受け止めて打つ。


 こうなると、もうスローカーブの遅さは打者の有利にしかならない。荒木は遅いカーブをゆっくり待って打っている。


 それだけのことなのだ。


「分かったか?」


「……はい」


 分かったところで、グラウンドに目を向けた。今は奈々の打順だ。次は私だから、早く準備しなくては。


 コン。そんなところへ、実に鈍い音が響く。


 外角のなんでもないストレート。だが、奈々が打った打球は、ピッチャー前のなんでもないゴロだった。


「アウト!」


 ファーストの塁審が手を挙げた。珍しいな、あいつがピッチャーゴロなんて。


「……やられた」


 奈々が悔しそうな顔でベンチに戻ってきた。


「どうしたの? らしくもない」


「カットボールだよ」


 は? カットボール?


「ここまで温存してたらしい。突然来たから対処できなかった」


 カットボールは、言うなれば限りなくストレートに近いスライダーだ。


 球筋はほぼストレートと変わらないが、手元で僅かに曲がる。曲がると言うよりはずれると言った方が適切なくらい小さな変化だが、ゴロを打たせるのにこれほど有効な変化球はない。


 ただ、金属バットは木製バットより芯が広いため、金属が採用されている高校野球の中で、カットボールを投げる投手というのはあまりいない。


 金属バット相手では、僅かすぎる変化は無いも同然。


 だが井川は、その「金属バットにも通用するカットボール」を投げられるということになる。


「金属バット相手で凡打を取れるカットボール、か。それは厄介そうだな」


 静江さんも頭を抱えている。どうやら、また新しい難題が出来たようだ。

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