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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第三章
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第35話 目に物見せてやる

 そして、やってきた六月の第四土曜日。


 いつも通り一時間前に学校に来た私は、準備を手伝い、他の部員の集合を待った。一応、試合に向けた準備は万端だ。


 相手チームの選手の特徴はDVDで確認済みだし、それに併せてリードの方針も固まった。


 後はベストを尽くして、それが成功するかどうか、というところだ。三十分前に来た奈々を相手にキャッチボールで軽く肩を慣らしておく。


「あっちゃーん、調子はー?」


 パスンパスンと乾いた音が交互に。実際、調子はむしろ絶好調に近いくらいだった。


「別に。問題ない」


 ……私も、試合が楽しみなのだ。


 秘密兵器は完成していた。この試合が初披露になるということもあり、私は高揚を隠せないでいた。


「勝つ自信は?」


「あるわ。もちろん」


 八時に集合をかけ直し、点呼をとる。相手が 相手だけに部員たちも若干緊張の色が隠せないようだ。


「よし、全員いるな」


 静江さんが名簿を閉じながら言う。彼女はこれから始まる戦いへの興奮を隠せないのか、少し顔がニヤついている。


 私と奈々はそれを見て苦笑。程なくして、私たちは球場へと出発した。


 グラウンドに到着した私は、相手がまだ来ていないことに気付いた。


 別にまだ時間はあるのだが、光陵高校はここからかなり遠い所にある。その分、早く来ているのかとも思ったのだが。


 ウォーミングアップを終えてもまだ相手方は 到着していなかった。成峰ナインは先に守備練習を始めようとして…………気付いた。


「あれ、キャプテン。スタメンは?」


 荒木は右手に内野用グローブをはめつつ聞いた。


 そういえば、いつもは集合段階で発表するはずのスターティングオーダーは、まだ伝えられていなかった。


 まあ、静江さんのことだから試合のことで頭が一杯だっただけだろう。


「あ……ああ、そうだな。おーい、お前ら、ちょっと集まれー!」


 というわけで、もう一度集合。


「オーダーを発表する。心して聞けよ勇者ども」


 これはいつものノリなので全員で総スルーだ。


「一番。センター、屋敷大介!」


 定位置だ。俊足巧打の左打者ということで、屋敷先輩は二年から一番は譲ったことがない。


「二番。セカンド、荒木千弘!」


「おお! あたし二番!?」


 当の荒木が驚いた声を上げる。いつもとは違う。


 荒木は守備をすればヒットでも止めるのだが、打撃をすればヒットが止まる。良くも悪くも、荒木は典型的な守備職人なのだ。


 荒木の打撃には致命的な弱点がある。それは、球種を読もうとしないことだ。


 次にどの球種がどのコース来るのか、全く見当も付けずに振るものだから、空振りの山を築いてしまう。せめて球種だけでも絞ればいいのに、とは思うのだが。


 だが、静江さんが二番に指名したと言うことは、何か理由あってのことなのだろう。


「三番。キャッチャー、安達奈々!」


 これはいつも通りだ。


 成峰のように打撃力の乏しいチームにおいては、一点勝負のスモールベースボールが基本になる。


 出塁率の高い一番、進塁打の上手い二番、というテンプレートに従えば、三番は最も得点圏で回りやすい打順だ。


 そこで要求されるのは、洗練された一本のシングルヒット、すなわちバットコントロール。


 スモールベースボールにおいて、三番に長打力はいらない。だからこそ、パワーは無くとも超高校生級のバットコントロールを持つ安達が三番なのだ。


「四番――」


 四番は静江さんだ。そう、高を括っていたが。



「ピッチャー、佐山敦子!」



「……はい?」


 何だそのオーダーは。


 静江さんはほぼ毎回のようにオーダーをマイナーチェンジするが、今回の変更は今までで最も大きい。四番が、私?


「なんだ敦子。文句でもあるのか?」


「な、なんで私が四番なんですか!?」


「理由は後で説明する。文句は受け付けん。次!」


 ダメだ。言い切られては交渉のしようが無い。理由は後でしっかり聞くことにして、ここは引き下がる。


「五番。サード、私!」


 古田じゃないんだから……という突っ込みは出ない。いつものことだ。


 その後、六番にはいつも二番に入っているショートの三年。七、八、九はこの前の猪口との試合と同じだった。


「よし、以上だ。守備練習を始めよう」



 三塁側。ファールゾーンのブルペンで肩を温めていた私と奈々は、遠くから声がするのを聞いた。


 それを皮切りに、ベンチ奥からユニフォーム姿の選手たちが次々と姿を現す。その胸には「光陵」の二文字が踊る。やっと来たか。


「つーか、うちが何で成峰と試合なの?」

「調整試合のつもりなんだろ。他に空いてるとこが無かったんじゃね?」

「おっ、女が投げてるぞ」


 そして笑いが起こる。


「あれ、この前うちに打ち込まれた奴だろ。また投げんのかよ」

「練習試合にコールドはねーからなー。手加減してやんないとな」


 …………ほう。


「聞いた?」


 奈々がこっちに寄ってきて囁く。聞いた聞いた。


「調整試合だって?」


「……舐められたものね」


「なんかさ、俄然、燃えてこない?」


 燃えるとか、熱血と言う言葉はあまり好きではないのだが、今回ばかりは静江さんの受け売りを使わせてもらう。


 目に物、見せてやる。覚悟してろ。



「あなた達うるさいから。さっさとアップ始める」



 そこへ、女性の声が聞こえた。こちらの人ではない。何となく聞き覚えがある気もする。


「あれは……井川だね」


 奈々の言葉で思い出す。そうか、向こうにも女子がいるんだっけ。


 井川。下の名前は知らないが、光陵高校という名門校の中にありながら、二年生ながらエースを務める女性投手だ。


 去年の秋の大会では故障絡みで欠場していたようだが、この夏から完全復帰するらしい。その証拠に、彼女のユニフォームの背中にはエースを示す番号が縫い付けられていた。


「まあ、復帰するっていう話は聞いていたけど、どんな球投げるんだろうね」


 故障上がりとはいえ、それでもエースに抜擢されると言うのだから、それ相応のピッチングをするのだろう。


 強豪校の怪物右腕。弱小高校エースの私と違い、その肩書き自体が彼女の実力を証明して いる。


 私も彼女の噂はよく耳にする。二年でエースと言うのも異例だろうし、それが女子ともなれば、騒がれるのは当然のことだ。新聞に記事が載ったことも何回かある。


「負けられないよ。あっちゃん」


 奈々が念を押すように言う。分かっているさ。


 右の江川、左の江夏。かつて、江夏豊はオールスターゲームで九連続奪三振という事実上の最高記録を打ち立てた。その後、江川卓はこれに挑戦したが、八連続で終わった。


 もちろん、江川も江夏も、日本を代表する大投手であったことは間違いない。どちらが優 れているかなんて、それは人によるんだろう。


 だが、少なくとも、私は私が背負う名前に誇りを持つ。だから。私は力強く、言った。


「本当のエースは、私よ」


 試合開始は三十分後に迫っていた。



「――何!? それは本当か!?」


 アップも終わり、試合開始まであと五分という時。


 さっき向こうの部員から漏れた「調整試合」云々の話をキャプテンにしたところ、予想通りのリアクションが返ってきた。


「……ええ、確かに」


「おのれ光陵め……。ええい、全員集まれ! 大事な話だ!」


 なんだなんだ、と部員たちが集まってくる。


「どうやら、相手方はこの試合を調整試合と考えているらしい」


「調整試合だと?」


 と、これは屋敷先輩。この人も結構ノリやすい性格だから助かる。


「そうだ。向こうは最初からまともな勝負をする気はない。夏の大会に向けた最終調整として、『仕方なく』スケジュールの空いていた成峰を選んだらしい」


「それは聞き捨てならないねぇ」


 荒木が言う。こいつもこういう時は役に立つ。チーム全体の士気を上げること。それがこの目的なのだから。


「そういうわけだ。ここまで舐められて、黙っているわけにもいかん」


 全員がゴクリと唾を飲む。


「敦子、私が許可する。光陵を叩き潰せ」


 静江さんから破壊命令が下った。ふん、私も最初からそのつもりだ。

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