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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第三章
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第34話 リベンジマッチは突然に

 成峰高校野球部に思いもよらない知らせが舞い込んできた。


 それは、直後に夏の大会を控えた六月中旬のことだった。三年生は引退がかかっているということもあり、その真剣さに飲まれて部内の雰囲気はやや張り詰めていた。


「練習試合が決まった。日時は来週末、土曜日の午前十時より。相手は……」


 静江さんがいつものようにグラウンドで全員を集め、日程を伝達している。


 その顔は少し嬉しそうな子供のように見え、私はいったい何があったのかと少し不安になる。


 そして、その不安は的中することになるのだ。


「光陵高校だ」


 その場が凍りついた。時が止まったような感覚は一瞬で、すぐに「光陵……?」と、部員たちは顔を見合わせる。


 私も同じだった。隣にいた奈々の方を見て、彼女と鏡になるように同じ表情を浮かべた。


「場所はいつものグラウンド。当日は八時に集合だ」


「ちょ、ちょっと待ってキャプテン!」


 そこで口を挟んだのは荒木だった。


 だが、荒木を止める者は誰もいない。なぜなら、それはその場の総意だったからだ。


 光陵高校。野球名門校として名高い私立高校で、その甲子園出場歴は全国でも五指に数えられるほど。年毎のバラつきはあれど、予選決勝には必ず顔を現すぐらいの強豪校だ。


 対して、私たちは一回戦突破に必死な弱小校。相手としては全く釣り合わない。だからこそ、「なぜ」なのだ。


「どーしてウチがあんな強いとこと試合なの!?」


「自信がないのか?」


「っ…………」


 ピシャリと言い返されて、荒木は一旦黙り込む。しかし、すぐにこう返した。


「なっ、ないに決まってるじゃん! 光陵だよ!? この前のセンバツも出てるし!」


 開き直ったか。だが、私も当事者ならそうしていただろう。


 それほど、光陵という学校は強いのだ。荒木が言うように、光陵は今春のセンバツ……春の甲子園に出場し、準優勝に輝いている。


 それだけではない。


 ただテレビで見ていたとか、新聞で見て知っているとか、そういうレベルではなく、今の二年と三年は身をもって光陵の強さを知っている。


 去年の秋季大会。私たちがコールド負けを喫したのは光陵高校だった。


「確かに、我々と相手には実力に大きな差がある。それは、これからの練習次第でどうにかできるものではない」


 静江さんは全員を見渡しながら、厳粛な態度で語り始めた。


「しかし、我々には戦う理由がある。絶対的な戦力差があろうとも、そこには、戦わねばならない理由があるのだ。なぜだか分かるか?」


 誰も答えられなかった。それは予想していたのか、静江さんはすぐに手を打ってくる。


「敦子!」


 私にきた。


 溜息混じりに、私は静江さんが最も望んでいるだろう答えをよこした。


「分かりません」


 本当は、私は静江さんがどんな解答を用意しているのかはなんとなく分かっていた。


 長く付き合っていれば、言動を予測することは容易い。


 だが、あえて口にはしない。長く付き合っているからこそ、静江さんがその答えを自分で言いたがっていることはお見通しだったからだ。


 それに、その答えを口にするのはかなり恥ずかしいという理由もある。


「ふ。それはな……」


 その場を沈黙が包み込む。サッカー部がゴー ルを片付ける音が、ここまで聞こえてきた。


 その中で、静江さんは威風堂々とその解答を叫ぶ。



「むろん、燃えるからだ!」



 そして、沈黙は呆然に変わった。


 解散した後、私と奈々は静江さんを呼び止めた。ちなみにキャプテンが叫んだ後部員は呆れ、結局は「まあいいか」という感じで落ち着いたので、とりあえず結果オーライではあったが。


「最初は、この練習試合にはあまり乗り気でなかったんだ。私も、顧問もな」


 静江さんは、思いの外素直に胸の内を吐露してくれた。


「一度、冷静になって考えてみたのだ」


 静江さんは、私の方に視線を向けた。私はどういう表情をしたらいいか分からず、小首をかしげる。


「そして気付いた。これはチャンスではないか、とな」


 何のチャンスなのか。そう聞き返す前に、私はその答えに辿り着いた。


 あの秋の大会。静江さんも相当悔しかったに違いない。キャッチャーとしてリードもままならず、失策を犯し、チームの敗北の一端となってしまった。


 しかも、責任感の強い静江さんは、チームの負けが自分のせいだと思っている。


 だからこそ、「奴らにリベンジするチャンス」なのだ。


「敦子。お前もそうだ。コールド負けなんか食らって、穏やかじゃなかっただろう? やり返すいい機会だ」


 確かに。出来ることなら、リベンジして勝ちたい。そういう気持ちは、私の中にもある。


 けれど、私は聞く。


「……勝てるんですか?」


 それは当然の疑問だった。


 安達が入部して、攻撃・守備ともこのチームは強くなっただろう。懸案だったリード面も申し分ない。


 去年に比べて、成峰高校の戦力は大幅に強化された。しかしながら、依然として実力の差は埋められないほどに大きい。


 何せ、向こうは甲子園常連の名門校なのだ。


「聞くところによると、光陵には怪我から復帰した怪物級の二年生エースがいるそうだな。……だが、勝てるさ」


 それでも静江さんは断言する。


 何の疑いもない微笑を浮かべて、まるで子供のように。そんな顔で言われたら、もう何も言えなくなる。


「あっちゃん。勝てるかどうかは分かんないけどさ、頑張ってみようよ」


「……ええ、あっちゃん言うな」


「そういうわけだ敦子。今週末、目に物見せてやろうじゃないか」


 まあ、私も悔しかったのは事実だし。それに勝算ならないこともないのだ。


 今特訓している新球種。それが完成すれば、あるいは……。

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