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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第二章
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第31話 いい加減分かれ

 そんな調子で十分くらい歩いていると、目的地に辿り着いた。


 郊外にあって、他と変わらないデザインの大手ハンバーガーチェーン店だ。私は夕方に街を歩くことが多いし、食事は主に家なのでこういうファストフード店に入ることは実はあまりない。


 もちろん、勝手を知らない浮世離れしたお嬢様、というレベルではないけど、そんなに慣れていないのは確かだ。少し緊張する。


 休日とはいえ昼時を外したからか、店内は結構空いていた。わざわざテイクアウトする必要もなさそうだった。


 レジにも人は並んでおらず、すぐに注文をすることができた。


「あっちゃん、どうする?」


「あっちゃん言うな。あんたからでいい」


「そう? じゃあ……、ハンバーガーセット一つ。ドリンクはコーラで。あ、ピクルスは抜きでお願いします」


 コーラにピクルス抜きか。うん、やはり子供っぽい。


「私もハンバーガーのセット……と、飲み物はアイスティーで」


 まあ緊張はしたが、頼むものは決めていたのでそこまで焦りはしなかった。


 えっと……五百円か。わたしは財布を取り出して、五百円玉を手に取った。しかし、奈々はその私の手を制止した。


「私が払うよ」


「い、いいって! そんな、おごってもらうなんて……」


「日頃のお礼だと思ってよ。これからあっちゃんには色々手伝ってもらうつもりだから」


 ねっ、とウィンクしながらおどけたように言う。気色悪くて、私は返す言葉を見失ってしまう。


 結局、私は五百円玉を財布に戻して、奈々が千円札を出すのを恐縮しながら見ていた。


「あの……」


「ん? いや、私がしたいからしてるだけだから。あっちゃんは気にしないでよ」


 したいからしてるだけ。これが金持ちの余裕というやつか。


 お金は浮くしすごく有難いんだけど、私は困ってしまう。彼女がそういう性格だと言えばそれまでだし、何か私が損をしているわけでもないけれど……。


 何か、こう、むず痒いような、そんな気分になってしまう。 悩んだって仕方ないのは分かってるけど。


 あー、ダメだダメだ。今日は楽しむって決めたんだろ。こんなことで悩んじゃダメだ。私は半ば無理やりに自分に言い聞かせた。


 今までの考えを全部頭の奥に押しやって、今一度気持ちを切り替えた。


 そうこうしているうちに、注文していたセットが出来上がった。お互いにハンバーガー、ポテト、ドリンクのセットをお盆に載せ、いくつも空いていた席の一つを選んで向かい合わせに座った。


 構図は同じでも、いつもの昼休みとはまた違う雰囲気のランチタイムだ。


「そういえばあんたさ、ピクルス嫌いなの?」


「え? ああ私、お酢苦手なんだ。同じ酸っぱいでも梅干とかは大丈夫なんだけどね」


 へえ。おいしいのにな、ピクルス。まふっとハンバーガーを頬張る私。パン、ピクルス、肉、レタス、パンを順に前歯で貫いていく。


 それらを犬歯で引き裂き、奥歯で潰し飲み込む。久々に食べるけど、前に食べたのと同じ味がして、それが逆に心地いい。変わらないっていうのは、それだけで魅力だと思う。


「あっ、あっちゃん」


「なに?」


「ケチャップついてる」


 私の口元を指差して奈々が言った。まじか。 舌で拭うのははしたないから、とにかくハンカチだ。バッグに入れてあったはずだから、それを取り出して――


「ほら」


 きゅっ、と口元を拭われた感触に、私はまるで電流が走ったような感覚を覚える。


 私の目の前にあるのは奈々の手と、そこに握られた、ポケットティッシュらしき白くやわらかい紙。そして、少し身を乗り出す安達の姿だった。ケチャップを拭われている。


「っ……、ちょっ、もっ」


「こら、動かないで。まだ取れてないから」


 その様子はまるで親子。子供みたいなのは私の方だった。とりあえず、アイスティーを飲んで気を鎮める。


 なんというか、ほんの数秒にも満たない短い時間だったけど、今のケチャップのせいでに私の体力は一気に消耗してしまった。しかも勝ったか負けたかで言ったら、完全に惨敗だった。


 緊張とはまた違った落ち着きのなさを抱えつつ、ランチタイムは続いた。


 正午近くになると客足も増えてきて、周りはすぐに満席になってしまった。時間をずらして正解だったか。


「ごちそうさま」


 もう奈々のお盆の上には、包み紙と空になったコップしかなかった。私はまだ食べている途中で、ハンバーガーをちょうど食べ終えるところで、まだポテトが残っている。


「ちょっとお便所」


「……せめてお手洗いって言って」


 奈々が席を立った。昼時の店内の喧騒に、私が独り取り残される。所在無くポテトをつまみ口に運ぶけど、もう冷めたフライドポテトはあまりおいしくなかった。


 私は決心を固め、残ったポテトを一気に頬張る。


「げほっ」


 むせた。


 幸いまだ残っていたアイスティーを一気に飲み干し、ふう、と息をつく。とりあえず、食べ終えることができた。


 彼女は戻ってくるなり、不思議そうに「あれ、もう食べちゃったんだ」と不思議そうに言っていたけど。



 それから店を後にして、私達はまた快晴の空の下に出た。


 私は強い日差しに思わず目を瞑った。これからどうしよう、と思ったけれど、とにかくここは安達の意見待ちだ。


 買い物に行くとは言っていたけど、具体的にどこに行ってどういう買い物をするのか、ということは聞いていなかった。


「あっちゃん」


「あっちゃん言うな」


 いい加減分かれ。ていうか何故、毎回私の突っ込みを無視するのか。安達奈々の七不思議の一つだ。


 私だっていい加減、手を出すかもよ。


「この街の地理に詳しいあっちゃんに一つお願いなんだけど」


 よし来た。私の見せ場だ。なんでも来い。


「アクセサリーショップに行きたいんだ」

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