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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第二章
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第30話 歩くマップ

 奈々が来たのは、それから八分後。きっかり待ち合わせの時間通りだった。


「ごめん、待った?」


「…………待ったわよ」


 お決まりの形式通り、とはいかなかった。時間通りに来るとはやはりデリカシーに欠ける。


 私は不機嫌に言い放つ。荒木のおかげである程度緩和されていたとはいえ、今まで落ち着いていた鼓動が、途端に早鐘を打ち始めた。


 どくんどくんと高鳴る心臓を押さえつけるようにして、私はさして豊かとはいえない胸に両手を当てた。


 これだから、他人と関わるのは苦手なんだ。


 奈々は、私服だった。当たり前といえば当たり前だが。


 奈々の私服姿を見るのは実質二度目になるが、まだあまりしっくりこない。普段は高校の制服だし、他に目にする衣装と言えばせいぜい体操服か野球部のユニフォーム姿くらいのものだ。


 奈々の服装は、全体的に青系統で纏められていた。纏められていた、と言っても、着ているのは青のジーンズに水色のパーカーぐらいのものだ。


 その簡素な装いを見る限り、あまり服装にはこだわらない性格なんだろう。悪く言えば女の子らしくない。が、何となく、彼女らしい気もする。


 一目見た印象は、いつも以上に爽やかということだった。


 その色調のせいもあるかもしれないけど、それにも増して雰囲気からそう感じられたのは、休日ならではの解放感のようなものが関係しているのかもしれない。


 対して私は、奈々とはまた違った意味で女の子らしくない。端的に言えば黒っぽく統一されている。


 リボンやフリルなど一切あしらわれていない漆黒の上着に適当なズボン。お洒落といえばせいぜい、十字架を模した銀のペンダントとブレスレットをつけているくらいだ。これがいつもの私。


 そんな私に、奈々は容赦ない一言を事もなげに放った。


「あっちゃんの服、かっこいいね」


「うっさい。あっちゃん言うな」


 服装を褒められたくらいで、舞い上がる私じゃない。だが……もう少しオブラートに包んでくれ。そう思った。



「それじゃ、行こっか」


 私は奈々の隣について歩き始めた。時刻はそろそろ昼になろうかというところ。雲もなく直射する日光が、やけに暑く感じられる。そんな日曜日だった。


 何を差し置いてもまず、お昼ご飯をどこで食べようかという話になった。


 正直、朝ご飯も食べてきたのであまりお腹は空いてなかったのだけど、あとあと自分から言い出すのも気が引けるので、ここは話の流れに乗っておくことにした。


「あんたの行きたいところでいいわよ」


 無難な私だった。


「そう? それじゃあ……まあ、普通にファストフードにしようかな」


 行き先は決まった。時間は少し早いけれど、どうせ軽食だからというのと、混雑を避けたいというので、今からすぐに行くことになった。


 この商店街にはいくつかファストフード店があるけど、私の先導のもと商店街入り口から一番近いハンバーガー店に向かうことにした。


「やっぱり、土地勘ある人がいると助かるよ」


「そうでもないと思うけど……」


 そう言われて少しびっくりしてしまう。


 それと同時に、いつも奈々に反省会と称して批評してもらってばかりの私が、今は逆に教える立場にいるということが少し得意気だった。


 それで今更、気付いた事実。……ああ、そうか。私ってリードする側なんだ。


 てっきり奈々にプランがあるものとばかり思っていたけど、この場合は逆。商店街含めこの街の地理に詳しい私が、つい最近越してきたばかりの奈々を引っ張っていかなきゃいけない。


 彼女も、そういう意図もあって私を選んだのだろうか。普段はピッチャーとしてリードされる立場なのに、これまたおかしな話だ。


 ならば、期待には応えたい。でも、大丈夫か。なるようになるさ、という精神は私にはどうにも持てなかった。


 失敗しないかな、という風にいつもネガティブな方に思考が傾いてしまって、結果自分の首を絞めることになってしまう。ダメだダメだ。しっかりしなきゃ。



「あっちゃんは休みの日、練習以外は何してるの?」


「え? えっと、最近はずっと勉強、かな……」


 こうやって奈々が積極的に話題を振ってくれるので、道中会話が尽きることはなかった。


「勉強ばかりじゃ疲れない?」


 それは違う意味で奈々にも言えることだろ。努力型という名の天才型のくせに。正直、その才能が羨ましい。


「別に。勉強って言っても、楽しんでやってるところもあるし」


 もちろん、ちゃんと自主練習もしている。勉強はほんの息抜きみたいなものだ。


「あとは、読書したり、音楽聴いたり……ぐらいかな。最近はあんまりしてないけど」


「じゃあ、普段はそんなに外に出て遊んだりはしないんだ?」


「ええ」


 最近距離が縮まったとはいえ、荒木や静江さんは友達多くて気軽に誘えないし、そもそも外に出て何をしたいということがあるわけでもない。


 カラオケとかは一人で行っても寂しいだけだし、買い物はたまにするけど、家の人と一緒に行くことが多くて、個人的な趣味と言うほどでもない。


「私、本当にあっちゃんに任せていいのか不安になってきた……」


「ああ、それは大丈夫よ」


 それでも私がこの街の事情に詳しいのは、休日に外出するというよりは下校時の寄り道によるところが大きい。


 野球部に入っているといえど、放課後はどうしても時間が空いてしまうので、その時間を商店街の散策に充てることがたまにあるのだ。


 別に、どこかで遊んだり買い物をしたり、ということはない。ただ商店街を当てもなく歩くだけだ。


 街の散策は結構昔からやっている習慣で、私の頭の中には商店街含め街全体の地図が完全にインプットされている。変化があればすぐに気付くから、その地図は新しいものにどんどん更新されていく。


 歩くマップとは、私のことだ。


「おお、あっちゃんが頼もしく見える」

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