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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第二章
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第29話 デート?

 少し、昂った気持ちをクールダウンさせてみる。


 買い物だ買い物だなんて騒いだけど、よく落ち着いて考えれば、ただそれだけのことだ。


 メールの内容を思い出してみても、ただ買い物に行こうって誘われただけの、何気なく友達に送るようなもの。


 ……そ、そりゃ、私にとって友達と一緒に買い物とか初めての体験だけど、だからって緊張してるとか、全然そんなわけじゃないから。


 友達、か。そうだな。私にとって安達奈々はもう友達みたいなものだ。だから固くなることはない。


 それに私だって買い物は好きだ。


 安達奈々とはいえ、誘われてちょっと楽しみなのは確かだし、楽しめるようにしたいとは思う。


 うん、ポジティブに行こう。気持ちが落ち着いてくると、ようやくこのバターを塗りたくったパンに手をつける。


 考え事をしていてすでに生ぬるい温度になっていた。


 ごちそうさま。さて、準備しないと。とりあえず一旦部屋に戻ることにしよう。 私はお皿を片付け、席を立った。



 そして外。


 快晴だった。突き抜けるような空、という表現があるけれど、突き抜けそうなのはむしろ私の心臓の方かもしれない。緊張していた。悔しくも。安達奈々ごときに。これ以上ないくらい。


 私が待っているのは商店街の入り口だった。目に付きやすい前衛芸術的なオブジェがあるので、待ち合わせ場所としてはわりとポピュラーだ。


 近くには他に特徴的な建物も少ないので、ここぐらいしか場所がないというのもあるが。


 今日、おもに行動するのはこの商店街内ということになるだろう。ここには、繁華街というにはやや人口が少ないけれど、駅前から郊外まで連なる規模の大きいものだ。


 というか、この街は商店街と住宅街だけで出来ていると言っても過言ではない。それほどに、この商店街にはお店が集中している。


 住宅街に近い郊外部分は、鮮魚店といった昔ながらの食料品店や、書店などの小規模な専門店が軒を連ね、逆に都心部では、デパートをはじめとする、大型の商店が立ち並ぶショッピングモールになっている。


 もちろんファミレス、ファストフードなどの飲食店やゲームセンター、カラオケボックスなど娯楽施設もあるので、余暇を過ごすには商店街を歩くだけで十分だ。


 だから、休日の商店街はとにかく人が多い。私は騒音は好きだが、酔うほどの人混みは嫌いだ。


 ところで、私は待ち合わせの時間よりもかなり早く着いていた。それは何故か。


 もちろん楽しみだったからではない。心を落ち着ける時間が必要だと思ったからだ。早めに着いておいて、待つ間に精神状態を安定させる。そういう意図があった。


 でも、逆効果だった。


 待ち時間の長さは、心を安定させるどころか、いたずらに緊張を増幅させるだけだった。


 いつ来るのか、まだ来ないのか、でも来たらどうしよう、最初はどんな顔をすればいいんだろう、とか、そういう疑問が頭の中を巡って、私は本番が始まってもいないのにすでに疲弊気味だった。


 早く来い! でもまだ来るな! みたいな、そんな緊張と不安に満ちた、そして最強の矛と盾に挟まれて死にそうな感覚になりながら、私は待っていた。


 もうそのまま三十分経っていた。


 今日は休みだけに、郊外部とはいえ人通りは多い。それだけ人が多ければ、もちろん中にはカップルの姿も多く見受けられた。うざい。



「おー? 佐山じゃん」


「ひゃっ?!」


 びくっ! と背筋がこわばった。突然横から肩に手を置かれれば、誰でもそうなると思う。


 まして、わたしは今だいぶ神経が敏感になっていることだし。ていうか、この声は……。


「あーあー。悪い、そんな驚くとは思ってなかったわ」


 荒木千弘だった。休日とはいえ、ここで突然の邂逅。


 いや、ここは待ち合わせスポットだし、荒木も私と同じ境遇だとするのが一番ありうる可能性かもしれない。


 果たして、結論はその最大の可能性だった。


「あんたも待ち合わせ?」


 あんたも、ときた。やはり荒木も待ち合わせだった。私が愛想なく頷くと、荒木は「ほうほう」と意味ありげに腕を組み、やがてにやりと笑った。


「デート?」


「へ? ち、違うわ。えと、その…………」


 どう答えるべきだろう。ただそこには単純な答えがあるだけだけど、ある程度時間を置いて議論をする必要がありそうだった。


 私は悩む。奈々と私が待ち合わせだと知れば、荒木は馬鹿にしてくるに違いない。


「買い物、かな」


「安達と?」


 何故……どうして分かった。


「ほほう、その反応は図星だねぇ?」


 う……。荒木、意外と察しいいところあるな。それとも、もしかして単に私が隠し事が下手なだけなのだろうか。


 ひとまず、今日の買い物の件についてのことは一通り説明することにした。


 奈々からメールが来たこと、それで今ここで待ち合わせをしていること、そしてそれが初めての体験たがら緊張していることを、かいつまんで簡単に説明した。


 私は何でこいつなんかに喋ってるんだろう。


 荒木は腕組みをしながらうんうんと聞いていて、私の話が終わるとすぐに顔を上げて言った。


「ふむふむ。それは、あれだね。いわゆる、ほら」


「なによ」


「緊張し損」


 それはまあ、分かってるけど……。


「これはあくまであたしの憶測だけど、安達もあんたと同じタイプだと思うの」


「…………」


「なんというか、さみしがりや? みたいな? そんな雰囲気。真っ直ぐで実は子どもっぽい、かな。まあとにかく同じ臭いがするわけよ」


 前者は心当たりもあるし分かるけど、後者は私には当てはまらないだろ。


 奈々は笑うときとか、怒るときにしても、どこか幼さを思わせるところはある。子どもっぽい、と言うとさすがに言いすぎ……なこともなかった。奈々は子どもみたいだし犬みたいなものだ。


「だからさ。今日あんたを誘ったのも、向こうは深く考えてないと思うのね。なんというか、ほら、あいつデリカシーなさそうだし」


 よく分かっている。荒木とは、一度安達奈々について語ってみたいものだ。


 ふと、時計を見た。待ち合わせの時間まであと十分もなかった。しかし、荒木と話している内に、いつの間にか私の緊張は和らいでいた。


 緊張し損、か。楽しまなくちゃ損、だよね。


「おっと、あたしの待ち人が来たようだ」


 荒木はおどけて言った。振り向いた先には、私の知らない女子が二人立っていた。見た感じ同級生、くらいだと思う。


 荒木はじゃね、と手を振って二人の方に歩いていった。私はその背中に言う。


「荒木、…………ありがとう」


「なにがー?」


「なんでもないわ」


「あいよー」


 荒木は振り返らず、こちらに見せつけるように右手の親指をぐっと突き立てた。


 締まらない会話だったが、それがどこか心地良かった。友達ってやっぱりいいな、なんてな。荒木は二人の女子と仲良さげに商店街の中へ消えていった。


 私もあれぐらい積極的に接することが出来たらな、と思ったり思わなかったり。

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