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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第一章
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第2話 あっちゃん

 一時間目は移動教室の化学なので、教科書を持って足早に教室を出た。


「ねえ」


 私はその声に立ち止まる。あの転校生だった。


「……何?」


「あのさ、まだこの学校のことよく知らないから、ついていってもいいかな」


 私は、好きにしてという意味合いを込めて「ん」とだけ頷きまた歩き出した。


「あの……名前、教えてくれる?」


「佐山敦子よ」


 満足したのか、彼女はそれ以上何を私に聞くわけでもなく、淡々とついてきた。


 その後は特に何もなく、昼休みが訪れた。私はいつものように弁当箱を片手に教室を出る。


 目的地は屋上だ。まだ少し肌寒い四月、風の強い屋上は人が少なくて落ち着ける。騒がしいのも好きだけど、人が少ない場所はもっと好き。


「ついていってもいい?」


 廊下の上。私はその声に立ち止まらなかった。


「……好きにして」


 私は転校生のことを諦めて屋上を目指すことにする。


 階段を昇り、やや古めの鉄扉を開け放つ。風はやや強め。髪の長い私は、屋上に上がるときはいつもポニーテールに結っている。


 今日も例に漏れず、階段を上がる間にゴムで結んでいた。


 私がベンチに座り込むと、隣に彼女も座ってきた。気にしないことにして弁当箱を開いて箸を左手に持ち、おかずをぱくぱくとつまんでいく。


「左利きなんだ?」


 ごそごそと昼食を取り出しているお隣さんから声がかかった。


 見れば分かるだろ、と私は視線だけで返事をした。


「ねえ、敦子ちゃん」


「下の名前で呼ばないで」


「む……」


 何かを口に入れたまま露骨に嫌そうな顔をされた。鏡のように私も顔をしかめる。


「じゃあ、あっちゃん」


「……何よそれ」


「あだ名。かわいくない?」


 敦子だから「あっちゃん」、ね。


「嫌」


「むー……」


 短絡的。かつ、私が一番嫌いな呼ばれ方だ。ていうか食事中に話しかけるな。


「部活入ってるの?」


 私の心の声は無常にも相手に伝わらなかった。


「ねえねえ、部活」


「っさいな。入ってるわよ」


 仕方なく相手することにした。まあ、転校生の彼女にとって今は友達もいなくて寂しい時期なのかもしれない。


 同じように孤独そうな私を見て、ついつい話しかけたくなってしまった。


 そんなところだろう。


「なんの部活? 運動系?」


「まあね」


「へーえ。なに?」


 見るからに楽しそうな顔をして聞いてくる。


 そんなもんで本当はあまり言いたくなかったことを、ついつい口に出してしまう。


「……野球部。ピッチャーをやってるわ」


「ほんとに?」


「嘘ついてどうすんの」


 左利きだからピッチャーを目指す、と言うのは結構ある話だ。


 私の場合は小学校に入ってから野球を始め、それとほぼ同時期から上野投手に憧れてピッチャーを志していた。


 それと親が江夏投手のファンだったからという理由もないことはない。


「私ね、野球部に入ろうと思ってるんだけどさ」


 知ってる知ってる。あえて口には出さないけど。


「実はキャッチャーなんだ。もしかしたら、バッテリー組むことになるかもね」


「そう」


「楽しみだな」


 へへ、と本当に楽しそうに笑う彼女。


 つられて頬が緩みそうになるのを、必死で抑えようとして私はご飯を口に放り込んだ。


 なぜだか、初対面であるはずの彼女に対して心を開きかけている私がいた。



 同じ野球人だからという理由もあるだろう。だが、果たしてそれだけだろうか。何かが違う。今まで会ってきた何人もの他人。そのどれとも違う感じ。


 一体、何なんだろう。


「……バカみたい」


 そこで自嘲気味に呟いた。


 そうだ。考えて何になる。バカらしい。


 考えるのを止め、空になった弁当箱を仕舞い、委員長に言われた通り図書委員会に向かうため私は立ち上がって屋上を後にした。

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