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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第二章
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第28話 姉として

 とある日曜日の朝。


 目が覚める。ぼやけた視界に天井の白が映った。


 それはまるで、飛行機から見下ろす雲のようだった。飛行機なんて乗ったことないけど、まあ、そんな感じだった。


 私はまだ意識がはっきりせず思考の螺旋階段を降りていると、不意に電子音が朝の静寂の中に響いた。


 間違うはずもなく、私の携帯の着信音だ。 メールの方だ。机の上に置いてあった携帯を手に取り、メー ルを確認する。差出人は……安達奈々か。


 何だろう、と開いて内容を見てみる。


『あっちゃんおはよー。突然だけど、今日暇? もしよかったら、一緒に買い物いかない?』


 ほう。ふむふむ。なるほどね。とりあえず、うん、おはよう。あっちゃん言うな。突然、だねえ確かに。それで、今日暇かって? うん、暇だ。一緒に買い物、か。そう、だな…………。


  ……。


  …………。


 か、買い物だと……? やばい、どうしよう……。何着ていこう? 何を話そう? どこに行こう? いや、安達から誘ってくれたんだから行く所は決まってるか。


 うわうわ、どうしよう。とにもかくにもまず返事しないと。


 私は『わかった』と、あえて顔文字も絵文字もつけずに冷静な文面で、あくまで誘われてやったんだという態度を崩さず返信してみた。


 特に意味はない。いや、私に限っては余裕のある女を演出したいとか、そういう意図はないから。決して。


 ……メールでよかった。もし電話だったら、私はテンパって息を詰まらせていただろう。


 奈々からまたメールが届いた。


 『それじゃ、いつどこで待ち合わせする?』とのことだった。それから、何度かのやりとりを経て待ち合わせ場所と時刻が決まった。


 まだ時間はあるので、たっぷり準備できる。と、その前に、朝ご飯だ。


 くそ、何で今日、しかもよりによって私を誘うんだ。


 気分が乗らない足取りのまま一階の部屋の扉を開け、リビングへ。 例に漏れずもさもさと朝ご飯を自分で用意する。


 私は食パンを一枚取ってオーブントースターに適当に突っ込んだ。トースターがパンを焦がしていく様子を眺めつつ、束の間の浅い二度寝。


 チン、とお馴染みの音でトーストが焼きあがり、それにバターを塗る。


 私はあっさりしたのが好きだから、あまりバターは使わないのだけど、今日はなぜか眠気につられていっぱい使ってしまった。


 む、カロリーが……。


 てかてか光を反射するトーストをお皿に載せて、テーブルまで運んだ。


 ちょうど、同じく妹も朝ご飯を食べていて、自分でむいたらしい歪な形をしたうさぎさんりんごをしゃりしゃりいっていた。


 その様子はまるで小動物を思わせるけれど、仮にリスだとして、リスがウサギを捕食する様子はあまり想像したくない絵だった。


「おはよう、莉緒」


「おはよ、お姉ちゃん。すんごい顔してるよ。大丈夫?」


 私はあまり人付き合いしないので、この家の中でも必然的に口数が少ない。


 でもそんな態度に反して姉である私、佐山敦子は、こう見えて妹の莉緒のことは可愛く思ってるつもりだ。姉として。親戚という間柄とはいえ、私の妹なのだから。


 だから、たまには積極的に話してあげないと。そう。色々あって、私も変わろうと思っているのだ。


「ねえ」


「ん? なに?」


「……さ、最近どう?」


 とっさに出た質問がこれだった。


 アバウトで答えづらい質問ナンバーワンと名高い、「最近どう?」だ。どうって何さ、と自分で突っ込みたくなってくる。


 ああ私って絶対、野球とかのインタビュアーに向いてないな。


「どうって?」


 やっぱりこう返された。とりあえず、もう少し核心に近づいてみることにした。


「か、彼氏とか……いるの?」


 私だってたまにはガールズトークに憧れたりする。


「いるよー」


 即答だった。りんごをしゃりしゃりしながら。


 いや、いやまだ、彼氏がいるってだけだ。きっと、それは何と言うか、子どものおままごとみたいなものなんだ。だって、まだ中学生だ。


 私が中学一年生の時なんて、まあ、私は今も昔も大して変わりはしないけど、野球一筋で頑張っていたというのにまったくこの妹は。


「そ、そうなんだ、へー……」


 なんか、食欲なくなってきた……。


 バターを塗りすぎたトーストが恨めしい。せめて、いつもどおり薄く塗っていればまだ食べられただろうに。


 まあ、妹は妹で、私は私だ。進むべき道も違う。私もまだこの先どうするかは明言できないが、おそらく野球は続けていく。


 そうだ、今はそれでいい。



「お姉ちゃんは彼氏いるの?」



「――ぶっ」


 追い撃ちをかけてきた。なんてえげつない妹なんだ……。


 四歳も年が離れている姉に、その答えを言わせようというのか。いや、逃げる手段はいくらでもある。


 「野球が忙しくて」という答えをまず思いついたが、そんはの妹も知っているので何も面白味がない。


 なら、「今はいない」はどうだ。これなら、嘘はついていないし、色恋に無縁なことをそれとなくぼかせるじゃないか。良策な気がする。


 ……いや待て。私はそれでいいのか?


 こんな半ば卑怯な策を妹に使ってまで、この話題から目を逸らしてもいいのか?


 否。 徹底抗戦だ。


「い、いるけど?」


「…………」


 変な沈黙が、朝の食卓を流れた。


 妹はこれから噛み砕くつもりらしいうさぎさんを手にしたまま、私を凝視する。


 表情は変わらない。変わらないが、それが逆に緊張する。さあ、どう返してくる。


「お姉ちゃんは好きな人いるの?」


 質問のレベルを落としてきた。気を遣われている。さすが妹というべきか、いくら私が見栄を張ったところでお見通しというわけか。


「…………」


 何も言えなかった。


「そう。頑張ってね、お姉ちゃん」


 何も頑張ることなどないが、一応「ええ」と小さく頷いておく。


 妹は最後のうさぎさんを食し、椅子から立ち上がってリビングを後にした。私だけが独り朝のテーブルに残った。

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