第23話 あっちゃん言うな
第二回目の反省会は、昨日の続きから始まった。
「あっちゃんはね。球種は多いんだけど、それぞれがどれも決め球にはなり得ない、空振りをちゃんと取れるような球じゃないんだ」
つまりね、と彼女は続ける。
「あっちゃんは変化球じゃほとんど三振を取れない。だから、ストレートに頼らざるを得なくなる」
それは、なんとなく昨日も聞かされていた。
私の変化球は、言うなれば広く浅い。見せ球に使うには十分すぎるが、逆に言えばそれ以外では中途半端なのだ。
そうは言っても、私はストレートが速い。変化球で追い込んで、ストレートをコースに決めれば三振を取れる。
そう、安達は言っていた。だが、
「相手がストレートにタイミングを合わせてきたら、やっぱり打たせて取るピッチングを余儀なくされるんだ。打たせるってことは、色んな『アクシデント』がついてまわるってことだよ」
要するに、この前の試合のことを言っているのだ。
ストレート主体のピッチングでは、やがて目が慣れてストレートを打たれる。
だから、後半に向かうにしたがって変化球の比率が増えていく。そして、変化球では空振りが取れない。
打たせるということは、ヒットになる可能性がもちろんあり、さらにエラーや野手選択が生じる場合もある。
ちょうど、前の試合のように。
「そうそう」
安達は立ち上がって、机の方に歩いていった。
机の上にあったプラスチックケースのようなものを手に取り、私に見せた。
「これ」
「?」
その中に入っているのは、どうやら何かのディスクのようだった。DVDか何かだろうか。
「これは、去年の秋の大会の試合を撮ったDVDだよ。あるツテから手に入れたものなんだけど」
何でそんなものが……と思ったが、智美さんの存在を思い出した。プロのスカウトの方面からなら、手に入れることは可能だろう。
「見たよ。去年の成峰高校と光陵高校の試合」
ドキッとした。
あの試合はひどかった。成す術もなく二桁点を取られ、五回でコールド負け。
投げても投げても打たれた。試合に恐怖を覚えたのは初めてだった。あの時は、ただただ恐くて、悲しくて、悔しくて。それだけしかなかった。
だが、今になってそれを客観的に見られたとなると、少し……というよりかなり恥ずかしい。
しかも、それが安達相手ならなおさらだった。まあ、そんなことを気にしている場合ではないのだが。
「あの試合、やっぱり負けたのはあっちゃんのピッチングのせいじゃない」
また、それか。
「キャッチャーのリードが……っていうのは前にも言ったよね。あの後、キャプテンに話を聞いたんだけど」
安達はもう一度ベッドに腰掛けた。
「本人が言うには、リードは得意じゃないって話だけど、確かに粗末なリードだったね。何より、変化球に頼りすぎてた。さっきも言ったみたいに、変化球じゃあ抑えられないのにね」
酷評だ。
恐らく、静江さんには断ってあるのだろうが、チームメイトのことをここまで言えるものだろうか。
相変わらず、安達は野球のこととなると容赦がない。
「でも、さすがに何球種もあればしっかり凡打も取れる。ちゃんと打ち取った当たりもたくさんあったね」
打ち取った「当たり」。安達はわざわざそこを強調して言った。
「だけど、今度は守備がダメだった。あの試合、エラーは一つや二つじゃなかったよね」
それは認める。はっきり言って、成峰の守備はあまり良くない。
その試合での反省から守備を強化し、今では守備技術がかなり向上しているものの、先の試合の通りエラーはやはり無くならない。
私のピッチングスタイルと、キャッチャーのリードを含めた成峰の拙守。
その二つが要因となって、大量失点を招いてしまったのだと彼女は言う。
「けれど、それ以上に悪いことが一つあった。まあ、遠目の撮影じゃちょっと分かりづらかったけど」
安達は、私の目をまっすぐに見据えてきた。いつになく真剣な彼女の表情に、私は少し気圧されてしまう。
「リズムが悪い。これに尽きるね」
「リズム……?」
「攻撃、守備、走塁。そのどれもにリズムの良さが感じられなかった。動きがぎこちなかった。このリズムの悪さが、成峰の拙守、拙攻に拍車をかけてた感じだったね」
確かに、プレーのテンポやリズムというのは大事だ。安定しないテンポで試合をしようとすれば、必ず誰かの集中が途切れてしまう。
歯車が一つ歪めば、それは他の歯車まで波及して、やがて全体の動きが停止する。理屈は解る。だが、何となく実感は沸かない。
あの試合が、「テンポの悪い」試合だったのかどうか。
あまり覚えていないし、覚えていたとしても分からなかったかもしれない。
「原因は一つ。分かるよね?」
分からない。私がそういう表情をすると、彼女はため息を一つ吐いて言った。
「あっちゃん、君だよ」
「…………私?」
「この前の試合でも感じたけど、秋の試合を見て確信したよ」
彼女が何を言っているのか、何を言おうとしているのか、私には分からなかった。
「君は、他人との間に壁を作る。それは野球でも同じだよ」
「っ……!」
何、が…………。何が、言いたいんだ?
「例えば、一つエラーが起きたとする。君はそれを慰めようともせずに、一人イラつく。また一つエラーが起きた。君は同じようにイライラを募らせる。そして、それは周囲にも少なからず伝わる」
彼女は諭すような口調だった。だが、それは私の神経を逆撫でするだけだ。
私の心は既に怒りの感情が支配していた。安達の批判に対してではない。彼女が、この話題を出していること、それ自体に腹が立った。
「君と周囲……他のチームメイトとの間には、壁ができる。そして、投球と守備が噛み合わなくなる。だから……」
「……るさい」
気付けば、私は叫んでいた。
「うるさい! あんたに何が分かるのよっ!」
「あっちゃ――」
「あっちゃん言うなッ!!」
私は立ち上がった。
傍に置いてあった鞄を拾い上げ、怒りのままにドアを開けて部屋を出る。安達が止めようとするのも無視して一階に降り、そのまま玄関に向かった。
「……あら。ご飯はいいの?」
智美さんだった。エプロン姿で、心配したような目をこちらに向けてくる。私は、「いえ」とだけ短く答えて、靴を履き替え家を後にした。
夜風が私の身体を撫ぜる。
ひんやりとしたその風は、火照った私の心をクールダウンさせた。心が冷えてくると同時に、少しの後悔が襲ってきた。
どうして怒ってしまったのか。他に言いようが無かったか。
…………これだから、他人と関わるのは好きじゃない。これでまた、振り出しだ。




