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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第二章
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第22話 矛盾

 場所は変わって安達の部屋。予告通り反省会の続きとやらをやるらしい。


 安達の部屋の中は、かなりシンプルに纏まっていた。余計な家具は置かず、机や棚、ベッドなどが簡素に配置されているだけ。


 元々部屋が広いこともあり、一人部屋にしてはかなりのスペースができている。


 その広い空間の中に、私と安達の二人っきり。


 若干寂しい光景だが、いつも安達は一人でこの部屋を使っているのだ。彼女は寂しさを感じないのだろうか。


「昨日の続きだけどさ」


「ちょっと待って」


 私は彼女を口で制した。


 一つだけ、どうしても知りたい疑問があったのだ。それは、私が探し求めていた違和感の正体、それを知る「鍵」に通じるものだ。


 それを解決しなければ、先に進めない気がした。


「なに?」


 彼女の母親がプロ野球の上野智美だった。その事実そのものよりも、それが示す意味の方が重要だった。


 上野投手は、プロに入ってから十五年間、大きな故障もなくマウンドに立ち続けている。


 そして抑えに転向してからいつもベンチに居座り、クローザーと言う使命を全うしてきた。


 だが私が知る限り、彼女は結婚をしていない。


 報道されなかっただけで実際はしていたのかもしれないが、シングルマザーと言っていたので、今の彼女に夫がいないということは事実だ。


 しかしながら、それよりも大事なことが一つある。


 十五年間ほとんど休みなしということは何も、故障があまりなかったというだけの話ではない。


 これは、かつてのプロ野球にはなかった概念。女性選手にだけ嵌められた、一つの枷だ。


 そう。彼女は出産をしていない。


 およそ十ヶ月はかかる妊娠から出産の過程は、確実にプロ野球選手としての仕事に影響するし、場合によっては引退を余儀なくされる。


 彼女が結婚していたかどうかは定かではないが、彼女が子どもを産んでいないことは確かだ。



 では……。



 安達奈々とは、いったい何者なのか?



「……あんた、両親、どうしてるの?」


 単刀直入に、私は聞いた。


「へ?」


 彼女は一瞬、驚いたような表情を見せた。それが次第に、ある種の諦観を帯びたものに変わっていく。


 安達は、完全にその問いの真意を理解したようで、自嘲気味にこう答えた。


「そっか……。あっちゃんはやっぱり鋭いね」


 安達はふぅ、とベッドに腰掛けて、私にも椅子を勧めた。私は机の傍にあった椅子を引き寄せ、彼女と対面するように腰掛けた。


 少し逡巡する。


 安達は開口一番、こう言った。



「分かりやすい言葉で言えば、私は養子なんだ。ちょっと違うけどね」



 養子。そうか。まあ、そんなことだろうとは思ったが。


「正確にはお母さん……上野智美は、里親なんだ。だから、苗字も違うでしょ?」


 確かにそうだ。これで、「上野」という表札にも納得がいく。


 上野智美という人物は、おそらく何らかの理由で養育を必要としていた安達奈々という子どもを、里親制度により引き取ったのだ。


 この家は上野智美のもので、そこに安達が居候している。簡単に言えばそういうことだろう。


「あんまし、人には言いたくないんだけどね」


 彼女は笑顔を作った。


 その笑顔はなんだか無理やりな気がして、悲痛な感じが含まれている気がして、私はその笑顔を直視できなかった。


 まだ、何か隠している。そう思えてならなかった。


「あっちゃんだけ特別だからね」


 その時、私は思い出した。あの練習試合があった日、山内先生が言っていたこと。


 ――――佐山さん。安達さんのこと、本当によろしく頼むよ。


 私はその時、先生が何を頼んでいたのかは分からなかった。深くは考えなかったし、考えても何かが分かるわけでもなかっただろう。


 だが、今になって熟慮してみると、こういう風にも取れるではないか。


 私にしか頼めない、何かがあったのだと。


 それは何なのだろうか。ひとつ、思い当たることはあった。


 けれど、それは少し残酷なことだった。でも、私は聞いていた。


「あんた。両親、どうしてるの」


 同じ質問を繰り返す。


「…………」


 彼女は無言だった。さっきまでの作り笑顔が、苦笑に変わった。


 私は彼女の答えを待っていたが、とうとう安達が答えを口にすることはなかった。最後には、


「ごめん。まだ、言えない」


 そう言った。


 まだ、ということは、いつかは言ってくれるのだろうか。だとすれば、もう仕方がない。彼女がその気になるのを待つしかない。


「…………そう。分かったわ」


 じゃあ反省会、始めましょう。


 私がそう切り替えると、安達はまた笑顔を取り戻した。

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