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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第一章
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第18話 カレーライス

「あっちゃーん」


「っ! な、なに?!」


 びっくりした。


 こんなタイミングで話しかけてくるなと言いたい。


 私はピッチャー強襲を捕球できず内野安打にされた気分になった。まったく、無様なものだっただろう。呼称に突っ込む暇すらなかった。


「どしたの? そんなに慌てて」


「な、なんでもない……! 何か用?」


「料理、出来たから運ぶの手伝ってもらおうと思って。千弘ちゃんもお願いできる?」


「わかったわ」


 私は立ち上がった。まだ動悸が止まらない。


 まるで、その一瞬で延長十五回を投げ切ったかのようだった。


 気付けば汗もかなりかいている。それは、野球をやっている時はめったにかかない種類のものだった。


「顔、赤いよ」


 突然耳元で荒木が囁いてくる。私は「いっ」と体を強張らせた。背中に鳥肌が立っているのが分かる。


「ふふーん? あんた気にしてんの? 意外と乙女なのねー」


 こいつ……。


 言い返すと余計に何か言われそうで、私は黙り込んでしまった。大体、タイミングが悪かっただけなのだ。


 あいつが……、安達があんなところで話しかけてくるから、変に意識してしまっただけだ。私は別に恋愛とかそういうものを考えてるんじゃなくて……、ただ、あれは驚いただけであって。


 だから、なんなんだろう。


 なんで言い訳しているんだろう、私は。私には関係ない。気にしてない。


 関係ない関係ない……。呪文のように唱えながら、私は言われるままに無心で食器やらを運んだ。


「よし、これで全部。みんなありがとうね」


 安達はエプロンを畳みつつ言った。


 見ると、ダイニングのテーブルの上には所狭しと料理が並べられている。


 メインは定番でカレーライス。それに加えてサラダ、スープなど定番のサイドメニューが添えられていた。


「おー、うまそー」


 荒木は今にも涎を垂らしそうな勢いでテーブルに視線を噛り付かせている。


 確かに、料理品評素人の私が見てもかなりの出来に見える。間食をかなり取ったはずなのに、空腹が全身を突き抜けていくようだ。


「上出来だな」


「ですね」


 作った側の静江さんと長岡は満足そうな表情で席に着いた。それに続いて私と荒木、安達の三人も椅子に座る。


「んじゃ、食べよっか」


 よく見れば、面白い光景だった。


 つい五日前転校してきたばかりの安達奈々が、今はもうこの輪の中心にいる。


 私についてもそうだ。今まで他人と関わりあってこなかった私が、一種犬猿の仲にあった荒木や、ほぼ顔見知りに等しい長岡と同じ食卓を囲んでいる。


 流されるままに五日間を過ごして、気付けばこんなところにたどり着いていた。


 今まで十年以上、独り同然で過ごしてきた私が、たった五日間でこうも変わるものなのか。

それもこれも、安達のせいだ。


 いつの間にかあいつのペースに巻き込まれていて、気付かないうちにここまで連れてこられた。


 あいつは孤独の檻に閉じこもっていた私を連れ出して、半ば無理やりに外の世界に放り出したのだ。


 明るい外の世界は私には眩しすぎて、少し戸惑ってしまう。慣れないことで混乱して、時々挙動言動がおかしくなってしまったりもした。


 でも。


 楽しい…………と、そう思えなくもなかった。


「「「「いただきまーす」」」」


「…………いただきます」


 小さく言って、私はカレーを口に運んだ。おいしい。


 あの三人の料理の腕は確からしい。他のメニューも一通り口をつけ、それを再確認した。味付け、火加減、切り方、盛り付け、どれをとってもそつがない。


 しかし、それは無難というわけではなく、むしろ味に関してはレストラン級に美味しい。


 まあ、私はあまり外食しないから基準はかなり適当だが。


「あっちゃん、おいしい?」


 安達が上目遣いで訊いてきた。その顔を見るかぎり、かなり本気で心配しているらしい。


 私は咀嚼していたじゃがいもを飲み込んでから、小さく答えた。


「……うん」


「ホント? よかったー」


 あっちゃん言うな。


 そんな突っ込みは、カレーと一緒に飲み込んだ。




「ふー、おいしかったー」


 荒木が言って、ディナータイムは終了を迎えた。


 私ほか荒木を除いた三人のメンバーの皿は既に空で、一人だけ置いていくのもどうかと思い、総意として全員荒木が食べ終わるのを待っていた。


 荒木は別に食べるのが遅いわけではない。カレーを五杯も食べようとするからいけないんだ。


 ……まあ、かく言う私も三杯いったが。


「敦子、千弘」


 静江さんからお呼びがかかった。まあ、何となく予想はしているが。


「お前らしっかり片づけろよ」


「はーい……」


「はい」


 料理作っていない組の片づけが始まった。


 安達の家のシンクはかなり広く、二人が同時に皿を洗うだけの余裕はある。


 私がスポンジでシャカシャカとカレーの皿を洗っていると、隣で他のカレー皿を磨いていた荒木が口を開いた。


「ほー、慣れたもんね。あたしこういうの苦手でさ」


 ちら、と横を見やる。


 荒木の洗浄スピードは私の半分くらいだろうか。皿の積み具合を見るとそんな感じだ。


 野球の守備では器用なプレーを見せる荒木だが、こういう作業はあまり得意でないのか。


「ほんと、あんた何でもできんのね。運動も勉強も、こういうこともさ。尊敬しちゃうわー」


「褒めても手伝わないわよ」


「ちっ」


図星か。まったく。


 私が自分のノルマを洗い終え、その数分後に荒木も全て終えた。後の作業は食器洗い乾燥機が全てこなしてくれるということで、二人はここでお役御免となった。


「お疲れさま、二人とも」


 リビングで談笑していた安達が声をかけてくれた。


 別に疲れる作業でもなかったから、正直に「別に……」と返しておく。


「よし、そろそろ帰ろう。もう遅いしな」


 静江さんが言った。時計を見ると、そろそろ九時に差し掛かろうというところだった。さすがにお泊りするわけにはいかない。


 それぞれ家が遠いということはないが、明日からはまた平日だし、それに一応女子として色々と危ないことも多い。


「送っていこうか?」


 安達が提案する。


「いや、大丈夫だ。敦子がいればなんとかなる」


 あなたがそれを言いますか。


 それから、全員荷物をまとめて廊下に出た。この家に来てから八時間近く。


 すでにこの家の広さに見慣れてしまった私の適応力を自画自賛しつつ、これから狭い自分の家に帰ることを考えると軽く鬱になった。


「みんな忘れ物はない?」


 忘れ物と言っても、持ってきたのは携帯と財布くらいのものだろう。私も念のため確認してみるが、ちゃんと鞄に入っていた。ある種の形式と言えばそれまでだが。


「んじゃ、また明日学校でね」



 じゃあねー、と招かれた四人は安達の家を後にした。


 上を見上げると、満月が夜空に穴をあけていた。星もちらほら見え、周りの静けさと併せてここが郊外であることを思い出させる。


 一行はいくつか言葉を交わしながら夜道を歩いた。まず学校まで、そしてそこからは各々の家に散っていった。


 帰宅した私はまず入浴し、その後未消化だった学校の課題を済ませてすぐにベッドに潜り込む。


 夢も見ない、深い眠りに落ちた。

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