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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第一章
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第17話 孤高の女神

「さて。そろそろ反省会を始めようかな」


 安達が言った。時刻は午後四時。やっとか、という感想は否めない。


「まずは敗戦投手、あっちゃんから!」


「は?」


 事実は事実なのだが、そこまでストレートに言わなくてもいいだろうに。


 私が凄むと、安達は「ひいっ」と頭を抱えて防御体勢に入った。いや、さすがに手は出さないから。多分。


「まず……」


 そこから延々三時間、私を含めて招待された四人プラス安達の反省会は続いた。


 流石と言うべきか、安達の指摘は的を得たものがほとんどで、年長者である静江さんすらもふんふんと頷かせていた。


 特に投手に対する指摘は、いつ記録したのかは分からないが配球図を使いながらほぼ一球単位で行われた。


 良い物も悪い物も余すことなく採り上げ、両投手合わせて二時間程をかけていた。


 静江さん、荒木に対しては攻撃面、守備面両方から考察を交えつつ議論を行っていた。


 一時間をそれで消費し、時刻が夜七時を回ったところで会はお開きになった。



「お疲れさま。もう遅いし、ここら辺で終わりにしよう」


 全員から溜め息が出る。


 ここまで三時間、集中しっぱなしで疲れているのは皆同じらしい。集中していた証拠に、会が始まってから菓子の量が私がつまんだ以外は全く減っていない。


 クッキー類やせんべいなどは湿気てしまっているだろうし、チョコレートは溶け気味になっていた。


 安達は苦笑しながらそれをキッチンの方へ下げつつ、ついでとばかりにこちらを向いてこう言ってくる。


「みんな、ご飯食べてく?」


 全員が顔を見合わせる。


 確かにもう夕飯時で、間食をかなりの量摂ったとはいえ空腹気味だ。明日は月曜日で普通に学校だが……。


「いいんじゃないか? 別に」


 静江さんが言う。


「しかし、奈々君が振舞ってくれるのか?」


「うん。料理は得意」


 意外だ。


 容姿端麗でフレンドリーで運動神経も良い。ならば、料理くらい出来ないのがデフォルトだろうと思っていたのだが。


 まあ、そういえば母子家庭とか言っていた気もするから、料理が上手くても不思議ではないのだが。


「うむ。私はご馳走になろう。お前達はどうする?」


「あたしも食べていくー」


「私も頂きます」


 全員の視線が私に注がれる。私だって空気ぐらい読める。


「もらう」


「うん、わかった」


 安達は満足そうに頷いて、準備を始めた。他のメンバーを見ると、携帯電話を取り出して家に連絡を取っているようだ。


「奈々君」


「うん?」


 携帯を仕舞った静江さんが、キッチンに近付きながら言った。


「私も手伝おう。五人分を一人で作るのは大変だろう」


「そう? ありがとう」


「私も手伝います。料理はそこそこできますから」


「うん。よろしく」


 長岡も袖をまくりつつ宣言。なんだ。この野球部は結構多芸なのか。


「あー……。あたしはちょっと無理だわ。料理苦手でさ」


 これは予想通りだった。荒木は私のそんな視線に気付いたのか、嫌そうな顔をしてくる。


「あんたはどうなのよ」


「私は疲れたから休む」


「料理、苦手なんでしょー」


 荒木はニヤニヤした顔でそう言った。


「料理は出来るけど、四人もいたら邪魔でしょう?」


「またまたー。そんな言い訳しちゃってさー」


 目くそ鼻くそを笑うということわざを知らんのか。


 ……いや、この場合荒木は自分の欠点を自覚しているし、そもそも私はちゃんと料理が出来るのだから適さないか。


 むしろ青柿が熟柿弔うと言った方がしっくりくる。


 嘘じゃない。私はちゃんと料理くらいできる。だが、相手にするのも面倒だ。


 結局、私も熟柿を弔う青い柿なのかもしれない。……みんなで料理をするということが、少し照れ臭かったのかもしれない。本当は。


「あんたさー」


「なに」


 キッチンの方から聞こえてくる声や音に耳を傾けながら、何をするでもなく座っていた私に、声がかけられる。


 声の主は、対面で暇そうにしている荒木だった。


「あのゲーム、実は相当やり込んでるでしょ?」


 さっきの試合のことはまだ根に持っているようだ。


「じゃなきゃ、いきなり22点も取れないって。あたしだって、あれは結構昔からやってたし、そこそこ上手いって自分でも思ってる。でも打てなかった。打てなかったし、抑えられなかった。正直言って、あんた強いよ。マジで」


「まあ……」


 本当は言うつもりはなかった。


 というか、そもそもゲームに参加するつもりも無かったのだ。なぜなら、私は手加減が出来ないから。相手の辛い顔が、目に浮かぶようだったから。


「友達のいない私にとって、ゲームと過ごす時間が長かったのは事実よ」


「え……?」


 こんな答えは予想していなかったのだろう。荒木は呆けた表情になる。アホ面だ。


「馬鹿みたいにやり込んで極めたわ。対人戦はほとんど初めてだったけど、むしろコンピューターより楽だったわね。ボール球でも振ってくれるし、正確なコンピューターと違ってミスもしてくれる。全然、楽勝よ」


 こんなに饒舌な私を見るのは初めてなのだろう。荒木は表情を変えないまま黙り込んでいた。


「……でも、楽しかった」


 何を言っているんだろう私は。それこそ馬鹿みたいだ。


「あんた……」


 荒木は私を見つめてきた。胡散臭い宗教のチラシを見るような、何か疑っているような目だ。


 やや間があって、荒木は吐き捨てるように言った。


「気持ちわる…………」


「なっ! なんでよ!」


 たまらず声を上げてしまった。


「らしくないなー。孤高の女神こと、佐山敦子の名が廃るってね」


「何よそれ」


 何だその二つ名みたいなやつは。


「あんた知らないの? 男子の間で噂になってるわよ? 野球部に綺麗だけどちょーっと近付きがたい雰囲気の高嶺の花がいる、ってさ。あんた顔だけは良いからねー」


「へ、へー……」


 知らなかった。


 はっきり言って色恋沙汰には無縁の生活を過ごしてきていたし、男子どころか女子と話す機会もかなり少ないから、噂が立っても気付かなかったのだろう。


 いやしかし、自覚はないのだが、私って綺麗…………なのだろうか?


 いやいやいや。ないない。


 確かに、中学の時に何度か告白されたこともある。もちろん例外なく断った。


 多分、中学の時のそれは野球でそこそこ有名になっていたからで、その証拠に高校ではそんなことは一度もない。


 でも、それは単に告白が一度もないというだけで、私に好意を抱く人がいなくなったわけではないのだろうか……?

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