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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第一章
17/44

第16話 敦子対千弘

 先攻は私。相手の先発ピッチャーが投球モーションに入り、初球を投げた。


 外角のストレート。


「なにっ!?」


 私は素早くカーソルを合わせてボタンを押す。画面内の打者はパコンとボールを打ち返し、レフト前に運んだ。


「くっそー……なかなかやるわね」


 ランナーを一塁に置いて二番。堅実に行くならバントだが、私はそんなことはしない。


「むっ!」


 盗塁だ。キャッチャーの送球は追いつかずセーフになる。


 ノーアウト二塁。二球目は見送りで、ツーナッシングと追い込まれる。だが焦りはない。


 三球目。私は三盗を試みる。


「なっ、くそっ」


 投球はボールになるカーブ。遅い変化球であることに加えて、コースは低め。刺せるはずがない。


 これでノーアウト三塁となった。


「ストレートならアウトにできたのにっ!」


 ふん。私がただ何も考えずに菓子を頬張っていたのだと思ったら大間違いだ。


 私はずっと画面内の試合を観戦していた。


 その中で、それぞれのクセなんかを観察していたのだ。特に三試合全て参加した荒木のクセなど丸裸だ。


 このゲームが実際の野球と違うのは、自チームの投球・打撃・守備・走塁を全て行わなければならない点だ。


 現実では自分自身のプレーに徹すればいいが、ゲームではそうはいかない。必要とされる動作が多い分、どこかに必ず穴が出来る。


 二塁手の荒木にとって、その穴は投球にあった。


 荒木の投球は良く言えば定石、悪く言えばワンパターンだ。低めを中心にカウントを稼ぎ、追い込んだらストライクからボールになる変化球で三振を取りに行く。確かに有効ではあっても、読まれれば脆い。


 私が三盗を仕掛けたのも、その配球を見越してのことだ。追い込まれれば、ボールになる変化球が来る。


 そう分かっていたなら、盗塁など容易い。


 ここで内野前進。初回から一点もやらない守備か。まあ、いいだろう。


 カウントはツーワン。一度ボール球を見送られた後、それを続けるとは考え辛い。このゲームで相手ピッチャーはストレート・ツーシーム・スライダー・カーブ・フォークの五球種を投げられる。


 さすが日本を代表するエースだ。えげつない。内野前進でゴロを打たせるつもりなら、やはりここはツーシームだろう。


 投球動作が開始される。クイックモーションからリリースしたボールは内角低めへ。


 手元で僅かに沈むボール。読み通り。


 誤差を修正して芯でとらえる。やや打球が弱いが、前進した内野の頭は軽く越える。三塁ランナーが帰り、初回先制。なおもノーアウトランナー一塁。


 そこからはもう私のペースだった。


 隙あらば盗塁やエンドランを仕掛けてチャンスを作り、得点圏で安打を放って点を奪っていく。一発には頼らず、とにかく切れ目のない攻撃を繰り返し、初回から点を積み重ねていった。


 この回十人目の打者が打ち取られ、ようやくスリーアウトとなる。私が上げた打点は六点。この回で先発は降板していた。


「はあ…………」


 荒木はひとつ溜め息をつく。


 たった一回の攻撃で、かなり疲れた様子だった。まあ、これが四試合目ということもあるだろうが。


「もうやめる?」


「い、いやっ! まだまだこれからよ!」


 負けず嫌いな性格は噂どおりだ。ちなみに、さっきの三試合で荒木が記録した最高得点は長岡に対しての五点。


 意地を張っているのは見え見えだった。


「ふん。点を取られても取り返せばいいのよ」


 攻守交替して、今度は私が守りにつく。こちらの先発は左投げ。球速はあまり無いが、制球と緩急で勝負するタイプだ。


 荒木は、前三試合を見る限り打撃はそこそこできる。ただ、荒木は単純な技術は高くても、配球を読む力には乏しい。


 まったく。だからリアルでもなかなかヒットが打てないんだ。


「さあ、かかってきなさい! 手加減なしで!」


 お望みとあらばそうしてあげよう。


 まずは様子見でややボールゾーンに外れる直球をひとつ。だが、焦りのある荒木はこれに手を出してくる。


 馬鹿だろこいつ。


 コンッ、というバットの先端でとらえた音がして、打球はサード方向へ。前進しつつ打球を捕り、ファースト送球。簡単にワンナウトを取る。


 悔しがる荒木を横目に、私は二番打者を抑えにかかる。


 さっきは初球に手を出してゴロを打ったため、今度は初球を見送ってくる可能性が高い。案の定、甘めの外角直球を見逃し。もう一球、今度は内角に外す。これも手を出してこない。


 これで、直球のイメージは植えつけた。


 三球目。私はだいたい真ん中ぐらいのコースにカーソルを合わせる。ほら、甘い球だぞ。当然荒木は食い付いてくる。


 私の罠に、食い付いてくれる。


「……ぬぉっ!」


 と荒木自身も体をつんのめらせる。チェンジアップだ。


 直球のタイミングで待っていた荒木は見事なくらいに、落ちるチェンジアップを引っ掛けてくれた。転々とする打球をショートが捌いてツーアウト。


 三番打者も似たようなものだ。


 今度はカーブから入り、二球目のチェンジアップで追い込んで、トドメは高めのストレート。


 今度は変化球待ちの荒木の裏を掻いて三振に仕留める。


「くっそー……。で、でもまだ一回なんだから!」


「はいはい……」


 そんな攻防が九回まで続いた。正直、九イニングまでモチベーションを切らなかった精神力は賞賛に値すると思う。


 だが結果は、22対0。私の歴史的大勝でこの勝負は幕を閉じた。


「………………」


 横をちらりと見る。そこには、今にも泣き出しそう、という修飾がぴったりな荒木千弘の姿があった。


 震えながらコントローラーを握り締めるその姿は、雨に凍える捨て猫のようだった。そんな子猫ちゃんを、他のメンツは放っておかない。


「千弘ちゃん、大丈夫?」


「敦子にいじめられたのか? 大丈夫だ、私はお前の味方だぞ!」


「先輩、元気出してください!」


 ああそうか。私、悪者か。


 あんたらさっきまで「よく打つねー」とか言って観戦してたくせに。


「あっちゃんやりすぎだよー」


 こいつ顔が笑ってやがる。あとあっちゃん言うな。


 私はふん、と安達を一蹴してソファーに乱暴に腰掛け、容積が最初の半分ほどに減った器からせんべいを取ってかじった。うまい。


「佐山」


 と。せんべいを頬張る私の前に立ったのは他でもない荒木。零れ落ちそうな涙を拭いながら、しかし意志のこもった瞳をこちらに向けてくる。


 ふん、良い目だ。野球漫画の鬼コーチならそう言うだろう。


「次は…………負けないから」


「あっそ」


 元気そうで何よりだ。

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