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ポニーテールは笑わない。  作者: 藤和春幹
第一章
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第11話 ドンマイ

 六回裏の相手の攻撃は三番からの好打順。ここを抑えれば完封も見えてくるだろう。


 ちなみに、ここまでで私の球数はたったの四一球。


 初回だけでなくここまで安達は、ほとんどボール球を要求してこなかった。


 お陰でスタミナは有り余っているし、フォアボールも一度もない。だんだんと変化球が多くなってきてはいるが、このペースでいけば延長十五回でも投げきれそうだ。


 まずは初球、二球目と変化球を左右に散らして追い込み、三球目にはシュートを詰まらせてセカンドゴロに打ち取――


「あっ」


 ――ったはずだった。しかし、セカンドはグローブで打球を弾いてしまう。まごついている間にバッターランナーは一塁を駆け抜けた。


 エラーでノーアウトランナー、一塁。


「ドンマイ! 落ちついて一つずつ行こう!」


 安達が励ますのをよそに、私はセカンドの二年を一睨み。


 だが、気持ちを切り替えるしかない。エラーはピッチャーにとっては事故みたいなものだ。


 初めてノーアウトのランナーを置いて、打席には四番。


 ここで牽制のサインが出る。私は左投手だから盗塁はしにくいだろうが、念のためということだろう。私は慣れた動作で牽制球を一つ入れ、また打者に相対する。


 ここに来て少し疲れが出始めたか。あるいは、さっきのエラーを引きずっているのか、ボールが先行してノーツー。どちらにせよ、ストライクを取らなければ始まらない。


 次が三球目になるが、ここで出たサインは……


「ウエストボール……?」


 誰にも聞こえないように呟く。さっきも言ったが別に盗塁を警戒する場面ではないのだ。


 まして、こちらはボールが先行している。ここで一球外して無為にカウントを増やす意味はないはずだ。


 私は首を振る。


 だが、彼女はサインを取り消さない。もう一度振る。そのままだ。


「ったく……」


 私は諦めてセットポジションに入る。しっかりと静止し、そこから足を上げて――


「!」


 ――驚くべきことが起こった。走らないと信じきっていた一塁ランナーが、勢いよくスタートを切ったのだ。


 馬鹿な。どうして。そんなことを思いつつも、私はサイン通りにウエストボールを投げる。


 だが、突然のことで動揺したのか外し方が甘くなり、外角高めからボール二個分離れただけの、おおよそウエストボールとはいえない中途半端なボールになってしまう。


 それだけならよかった。あのランナーの足なら、強肩である安達の送球で絶対に刺せる。


 それだけ、なら。


「エンドランっ!?」


 私は思わず叫んでしまう。中途半端なボール球を、バッターは躊躇無く叩いてきた。


 盗塁阻止のためセカンドが二塁のベースカバーに入ったことでがら空きとなった一二塁間を、打球は容赦なく突き破っていく。


 ライトが捕球した時には、一塁ランナーは二塁を回っていた。カットを挟んで三塁へ送球するも間に合わない。


 やられた。


 まさか、四点を追うノーアウト一塁からヒットエンドランを仕掛けてこようとは。


 いやしかし、安達は見破っていたのだ。


 それで私に牽制を入れさせたし、ウエストのサインも出した。これは私がいけない。私がしっかりウエストボールを投げていれば、おそらくバッターはスイングして、確実にランナーは刺せた。


 それが一転、このザマだ。


「タイム、お願いします」


 安達が審判にタイムを要求した。審判のコールがあり、彼女はこちらに駆け寄ってくる。


「打たれたのは結果としてしょうがないよ。まだ点は取られてない」


「うん」


「とりあえず内外野は定位置で、一点は覚悟するつもりでいくから。あっちゃんは、とにかくバッター集中。いい?」


「あっちゃん言うな。……分かったわ」


「ん」


 プレーが再開される。


 ノーアウト一三塁。このような状況は珍しくもないが、精神的ダメージは意外ときている。


 打席には左の五番打者。パワーはあるが、それだけゴロを打たせればホームに突っ込まれにくいとも言える。


 まあ、当然三振が一番良いのだが。


 二球で追い込んでカウントはツーナッシングとなる。そして3球目、彼女の要求はストレート。コースは内角高め一杯。


 どうやら、三振を狙うらしい。一点覚悟と言っておいて、このリードはどうなんだとも思う。


 だが、私も点をやる気はない。


 セットポジションから三球目を投じる。コースは完璧。速さも十分。これで三振――


「ファースト!」


 ――とは行かないのが野球だ。初めから狙っていたのだろう。


 やや詰まりつつも、バッターはインハイを引っ張ってファースト方向に転がした。


 勢いが死んでいるせいでホームは間に合わず、併殺もできない。二塁で一塁ランナーをアウトにするのが手一杯だった。


 結果、一点を返されてワンナウト一塁。あまり良くない流れだ。


 続く六番はセンターフライに仕留め、七番は低目を引っ掛けさせてサードゴロ。スリーアウトになって六回の攻防は終了する。


 双方が加点し、スコアは4対1になった。


「敦子、大丈夫か? 疲れたらすぐに言えよ。降ろすなり他のポジションで休ませるなりするからな」


「はい」


 疲れもなくむしろ好調と言えるコンディションで、運悪く失点を喫していることが問題なのだ。

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