第10話 絶好調
「おーし、しまって行くぞー!」
大抵はキャッチャーが言うセリフをサードの静江さんが叫ぶ。まあ、前まではキャッチャーだったのだが。
「あっちゃん! 落ち着いて一つずついこう!」
分かってる。あとあっちゃん言うな。
先頭打者が打席に入る。左打ちでやや背が低めの男子生徒。
何度か対戦しているから分かる。この選手は足が極端に速いわけではないが、選球眼がかなり良い。そしてかなり慎重な選手でもある。
選手情報の伝達は済ませてあるので、安達もそれを心得ているのだろう。
一球、二球目とサインはストライクのストレート。どちらも見逃し。
ツーナッシングと追い込んだ。次のサインはスライダー。コースは……外角一杯か。
三球勝負で仕留めるのね。上等。
私はワインドアップから三球目を投じる。上手い具合に外側に逃げていき、バッターはこれを引っ掛ける形になる。
「ショート!」
キャッチャー安達の声に呼応してショートが前進し、ゴロを捌いて一塁へ送球してワンナウト。
続く二番。こちらは小技が上手い二番だが、ランナー無しでは仕掛けられることはたかが知れている。
気にせず力押しで行けるだろう。
またストレート二球で追い込み、最後もインハイにストレートを決めて空振り三振。
うん。好調好調。
ツーアウトで打席には三番。勝負強い打撃の持ち主だが、今はランナーなしだ。一発がある打者でもないし、今は警戒する必要はない。
ここもリードは真っ直ぐ主体だ。
初球ストレート、二球目はカーブでタイミングを外し、三球目のストレートを内角低め一杯に決めて三球三振。
結局、初回を九球で終わらせた。
「ナイスピー。調子いいじゃん」
屋敷先輩が声をかけてくる。私は「いつも通りです」と軽く答えてベンチに戻る。
一回の攻防を終えて2対0とこちらがリード。
その後、相手のピッチャーが持ち直し、二、三、四、五回と成峰高校は三安打の無失点に抑えられ、また私はその裏を計二安打に抑えて無失点。
結局、二点差のまま後半六回の表を迎える。
この回、先頭打者は四番の静江さんだ。二打席目は三振に終わっていた。
「っしゃこーい!」
彼女が吼えると両側のベンチが静まり返った。その気迫に押されまいと、ピッチャーは腕を高々と突き上げて投球動作を開始する。
五回投げてやや落ちてきた球威を取り戻すように、渾身の力を込めたストレートは、
「ふんっ!」
しかし、キャプテンの一振りに弾き返される。
全員が見つめる中、打球はぐんぐん伸びていく。そして――
「……あ、入った」
――私が小さく呟いた瞬間、ベンチが湧き上がる。静江さんが振りぬいた打球はセンターの頭上を越え、スコアボードに直撃した。
六回の表。成峰高校の三点目はキャプテンの特大ソロホームランだった。
「ナイスバッティン」
「大したことないさ。敦子、お前も続けよ」
キャプテンとタッチを交わして、私は打席に入る。
相手は力を込めた直球をホームランにされた後で、気持ちを切り替えようとしているはず。
そういう状況で打席には今日ヒットのないピッチャーの私。この場面、私が投げる方なら、確実にストライクを取れるピッチングをする。
それは相手も同じだったらしい。
明らかに置きに来ただけの甘いストレート。それを打つのは、簡単なことだった。
「っ!?」
心地の良い金属音が轟いた。
ピッチャーの顔が蒼白になる。その視線が見送るのは私が打ち返したボール。
打球はライト方向にアーチを描き――スタンドイン。ベンチがまた歓声に包まれた。
二連発を浴び、相手チームは4対0となったところで、ピッチャーを交代するらしい。
出てきたのは、ちょっと背の低い左投手。投球練習を見る限り球は速いようには見えないが、どうやら変化球を使った緩急で勝負するタイプらしい。
六、七、八番と立て続けにゴロに仕留められ、六回の表が終了した。




