第9話 頼んだよ
一球目。外角へストレートでストライク。
球速は私と同じくらいだろう。右腕のエースナンバーはキャッチャーからの返球を受け、次の投球に入る。
二球目のカーブを流し打ち。ボテボテのゴロをショートが捕球して一塁へ送球するが、間に合わず内野安打になる。成峰ベンチから歓声が上がった。
一回の表ノーアウト一塁。いきなりチャンスだ。
「どうしようかな」
と山内監督。この状況では色々な作戦が考えられるが……。
「バントに一票」
これは静江さん。
うちの野球部では監督の一存でサインを決めることは少なく、選手の意見を監督が伝達するという形を取る。
私はバントすることに異存はないため特に何も言わなかったが、これに反論する者がいた。
「とりあえず一球待ったらどうかな」
安達だ。三番打者の彼女は言いつつ次の打席の用意をしていた。
「ほう、その心は?」
「焦る必要はないってこと」
監督は安達の作戦を採用し、二番打者にサインを送る。
セットポジションから投じた一球目は、速球が低めに決まって見逃しのストライク。
それを見届けた瞬間、安達はまたベンチに向かって言った。
「スチールしよう」
「盗塁か? なんでまた」
「あのピッチャー、ランナーが出てからもモーションが大きいよ。先輩の足なら余裕で間に合う」
サインが飛ぶ。
二球目、屋敷先輩は絶妙なタイミングでスタートを切った。
投球は低めに外れてキャッチャーは捕球とともに二塁へ送球するが、それよりも速く先輩が二塁へ滑り込んだ。
「お見事」
静江さんは信じるに値すると考えたのだろう、彼女にもう一言告げる。
「次はどうする?」
「とりあえずランナーが死ななければ何でもいいんじゃない?」
というわけでサインはヒッティング。
三球目は鋭いスライダー。空振りでツーワンと追い込まれる。四球目。ストレートを当ててファール。
五球目はカーブ見逃しでボールになってカウントはツーツー。
「いいぞー! よく見ていけー!」
静江さんの声が飛ぶ。
その六球目。ピッチャーが投じたボールは手元で軌道を変えて外角へ逃げていく。
スライダーだ。さっきは空振りした球だが、バッターはこれに何とかバットを追いつかせ、ボテボテながらも右方向へ打っていく。
セカンドゴロになるが、その間に二塁ランナーの屋敷先輩は三塁へ進塁した。
「ワンナウト三塁か。まあ、奈々君なら一点は取ってくるだろうな」
安達か静江さん、どちらも凡退するかランナーが死ななければ私にも回ってくることになる。
「奈々君ー! なんでもいいから点取れー!」
安達はネクストサークルに入ったキャプテンに一つ微笑みをよこして打席に立つ。
実際ノーアウトやワンナウトでのランナー三塁はかなり得点が入りやすい。
安打なら勿論のこと、犠牲フライ、スクイズ、内野ゴロなどでも点が入る。彼女がどのようなバッティングをするのか、気になるところだ。
「ふっ!」
その初球。外角のストレートを事も無げに打ち返し、三遊間を抜いて打球をレフト前へ持っていく。
三塁ランナーを帰すタイムリーヒットとなって、成峰ベンチから歓声が漏れた。むかつくほどに綺麗な流し打ちだった。
「いいぞ、ナイスバッティン!」
続いて静江さんが打席へ。
勢い冷めやらず、彼女は三球目をライト線に弾き返すシングルヒットを放つ。ワンナウトランナー、一三塁とチャンスが広がって五番の私の打席を迎えた。
左打席に立つと、三塁の様子がよく見える。
何やら、三塁ランナーの安達がこちらにサインを送っているようだ。
私はそのサインを理解した。理解して、そのサインの意図を疑いたくなる。
ここで「それ」か?
「あっちゃーん! 頼んだよー!」
暗にサインに従えと言っている。まったく……あっちゃん言うな。
私はバットをしっかりと構え、強く握る。そして、これでもかと言うぐらい目でピッチャーを睨む。ピッチャーは私の視線に一瞬怯んだ様子だった。
ピッチャーはセットポジションから足を上げる。瞬間――
「「!」」
――安達は勢いよくスタートを切った。
バッテリーが慌てる中、私は極めて冷静にやや強めのバントを決める。
バントはサードが処理、安達がホームインするのを見て、一塁へ送球する。
バッターランナーの私はアウトになり、キャプテンは二塁へ。
完璧なスクイズが決まり、二点目が入った。
「ナイスバント、あっちゃん」
「一回からスクイズなんて堅実すぎると思うけど……。あと、あっちゃん言うな」
「二点取っておいたほうが楽だからね。一点だとちょっと心許ないし」
私がヒットや犠牲フライを打つということは想定していないのだろうか。
そもそも、私のバントの腕も知らないのによくスクイズのサインなんて出すものだ。
「あと、ピッチャーに走らせるのもあんまし良くないしね」
「そう……」
その後六番が三振に終わり、一回の表は終了。何だかんだでいきなり二点を奪う好スタートとなった。




