プロローグ
それは私がまだ小学生の頃。
九回ツーアウト、ランナー無しで点差はわずか一点。あと一人を打ち取れば完封勝利という場面だ。
私は胸が踊った。もしかしたら今日は、全国の野球少女にとって夢と希望が与えられる記念すべき日になるかもしれない。
満員で埋めつくされたスタジアムの中心、そのマウンド上に彼女は立っていた。
上野智美投手。サウスポーでサイドスローの女性プロ野球選手。
ストレートと変化球を左右に散らして追い込み、投じた三球目。ぼてぼてのサードゴロに打ち取ったかに見えた打球は、バウンドが悪かったのか、サードがグローブで弾いてしまった。
大丈夫だろうか。たった一つのエラーで試合の流れが変わってしまうのは珍しくなく、実際観ている側からしても良い心地はしない。
そして私の嫌な予感は当たってしまった。
快音が鳴り響き、白球がバックスクリーンに飛び込んだ。逆転サヨナラだ。
歓喜。落胆。興奮。様々な歓声と反応が入り乱れる中、私はマウンドへ目を向けた。
彼女にとって初勝利のかかった試合。しかも味方のエラーが無ければ完封勝利のはずだった。
それなのに、口端を吊り上げて笑っていた。
彼女の表情に浮かんでいたのは、エラーへの憤りでもなく落胆でもなく。ただただ純粋な悔しさと、次は絶対に勝つという自信からくる笑顔だった。
この瞬間、私が上野投手に目を奪われていたのは言うまでもない。