メガネ魔法少女・漆黒のメスパー現る
長い黒髪に人形のように整った顔。
フードマントで見えないがスラリと伸びる手足に顔を埋めたくなるやうな豊かな胸。
その美しき美貌の魔女は、男を惑わす妖艶な笑みで言う。
「人を殺すのに躊躇いが無いのはいいわね。それでも闇落ちしてない精神力は流石は勇者魔王」
「勇者魔王だから精神的に強いわけじゃない。それに俺は快楽殺人者じゃない。出来ればムダに殺しはしたくはないさ。この三ヶ月で、何人もの死体を見すぎて死が当たり前過ぎて俺の人格も変わりそうだぜ」
「まーたブラックマントの下でコソコソシコシコと私を殺す為に、銃のトリガーに指をかけてるわね? おそらくそれは魔法銃・スペルガン」
「……」
「返答が無いのが答えねコウハイ君。私を倒すのに本当にスペルガンを使うの? 剣も魔法もロクに使えないから現代兵器で戦うんじゃなかったっけ?」
「魔女は簡単に言えば、魔力の塊のような存在。だからこそ、魔力でしか死を与える事ができないはず。魔法がロクに使えなくても、魔力制御は出来るからただでさえ大魔法を放てるスペルガンの出力も上がるぜ」
「フフフ……いい判断だこと」
ここで俺はスペルガンを撃つチャンスは後にまた来ると思い、今はブラックマントの下でいつでも狙撃出来るようにしていたトリガーから指を離す。そして、その話題を変えるように魔女は言う。
「一つ聞くけど、この世界の大商人。通称・死の商人テンパにはどこまで関わったのかしら?」
「あの金髪癖毛女の事か。男女の関係ではない。この異世界に転生してから右も左もわからない状況の俺は奴には世話になった。奴の知りたい現代兵器の情報を教えたぐらいで、他は特に無い。お前はあのテンパとどういう関係なんだ? そろそろ教えろよ」
「敵対関係」
「敵対関係? お前はテンパの城の一つであるこの城に匿われてたのに敵対関係なんてありえないだろ?」
「死の商人テンパはここの魔術師達に侵入者から魔女を守れと命令していただけよ。だからこの城の人間なんて仲間でもないの。貴方は完全に目をつけられてるわよ。あの死の商人にね」
「まるでこの勇者魔王であるこの俺の力を自分のモノにする計画を企んでるような口ぶりだな。テンパは現代兵器に執心で勇者魔王の力には興味ないだろ」
「大きな野望を持つ者は過剰な力にしか興味を示さない者よ」
「黙れ魔女が」
「それに、三ヶ月間は私もこの城にほぼ幽閉されてたからね。異世界へ転移した魔力のせいでロクに動けなかったし。テンパを甘く見ない方がいいわ。あの死の商人は異世界を私の魔力で覗かせてピストルとかの武器を知った。そっちの世界では貴方が魔力数値が高かったらしくて貴方に目をつけたのよ。私が殺さなくても、いずれ誰かに殺されてた可能性がある」
「だから転生させてありがとう……とでも言えば言いのか? バカバカしい」
どの世界にも死ななければいけない存在がいるのも確かだが、そういう人間を殺し続ける自分も死ななければいけない存在になっている感じがして不快だった。
だが、これは自分で選んだ道だ。
勇者魔王という自分を受け入れ、魔女に復讐を誓った日から、俺は殺す覚悟と殺される覚悟を持った。この果てしない闇の道に後悔は無い。
「子供だろうが老人だろうが、この戦場には敵しかいない以上殺す。……どいつもこいつも自衛の術は身に付けてる。老人や子供でも殺人のプロはいるさ」
「抑えてた右手の勇者の烙印も輝いてるわね。右手の魔手も蠢いてるし、調子は上々じゃない」
右手の甲に光る五亡星の勇者烙印が俺の激情に反応するように白く発光してやがる。
左手の魔手はそれに対抗するように異様に蠢き、黒きオーラを空間に霧のようににじませていた。
それは常に俺の身体と精神を蝕み、全身の毛穴を針で刺され、神経の一本、一本を引きちぎられるような耐え難い苦痛を二十四時間与え続ける。まさか力を得る事がこんな痛みを伴うなんて思ってもなかった……だからこそ俺は、この魔女に復讐すると誓ったんだ。
「こいつは……! 痛みにはだいぶ慣れたはずだが、今回はかなり痛いな。この痛みを、お前を散らす事で果たしてやるぞ魔女」
「その痛みが、魔女の魔力を高めるの」
捕食者のヘビが獲物を狩るときの狂気に満ちた瞳で言う。
魔女は魔王を倒す為に異世界から勇者を呼び寄せる。そして、魔王討伐した後に有り余る力を得た勇者の心臓を不老不死の魔女は喰らい、より完璧な魔女へと進化する。
故に――魔女の不老不死は完璧じゃない可能性がある。
だからこそ、それを恐れてる魔女は魔王を倒した最強の力を持つ勇者を殺して力を奪う。勇者も魔王も、魔女の為に生きて死ぬようなものだな……。
「俺は全ての痛みを受け入れ、乗り越える。戦場で生きるか死ぬかは、目を閉じればわかる事だ」
「意味わからないし」
「時の運って事さ」
乾いた俺の笑みに、魔女もつられたように微笑む。
「まぁ、いいわ。勇者魔王としての力が完全に目覚めるにはもう一人ぐらい魔法少女を殺せば覚醒するかもしれない。だからここは漆黒のメスパーに任せましょう」
「漆黒のメスパー? あの敬語のメガネ魔法少女か。奴はこの三ヶ月で何度か戦ったが、この前の戦闘で殺したぞ。お前より礼儀正しい女だったが、しつこくて面倒な奴だったぜ」
「じゃあまたね」
「? 逃がすかよ魔女」
すかさずサブマシンガンで射撃し、身体を蜂の巣にしてから左手の鉄甲から放たれるアサルトアンカーで背中にアンカーを突き刺し、魔女を動けなくする。
「……! 痛いよコウハイ君」
「何が痛いだ。この左手の魔手と右手の勇者の烙印が常時せめぎ合う俺の痛みに比べればたいしたこと無いさ。それに、もうサブマシンガンで撃たれた傷が治りだしてるじゃないか」
「そーね。だって不死身の魔女だもの。だから逃げ……」
「逃げられる。が、今度のアサリトアンカーはチト違うぜ。爆導索!」
「!? きゃあああっ!」
ズババババッ! とアンカーの先端に仕込んだ無数の小型爆弾が電気ショックで爆発した。この爆導索で魔女の身体は焼け焦げになり、完治までに時間がかかる。この隙に俺達の因縁を終わらしてやる!
「俺のマジックウェポンも進化している。ここで散らすぞ魔女!」
「それでも魔女は死なないわ」
「だからこそ――このスペルガンで――」
切り札の真紅の魔法銃・スペルガンを胸のホルスターから引き抜いた――。
血の色よりも赤きその銃を構える俺に、死を味わう魔女は言った。
「……この魔女にクラスチェンジしたい魔法少女がこの少女よ」
「!? この魔力反応は!?」
俺の魔力サーチシステムが異常な魔力を新たに感知した。
瞬間――黒髪ショートボブの純黒セーラー服を着た黒縁メガネの似合う、クラスの委員長みたいな魔法少女・漆黒のメスパーが現れた。その間、魔女は消える。ほぼ無表情のままメスパーは薄い胸をアピールするようにネコ招きポーズをとっておじぎをした。
「呼ばれましたのでニャニャニャニャーン。どうも漆黒のメスパーです。よろしくお願いします。ぺこり」
「生きてたのかメスパー? 腹の中に爆弾を仕込んで爆死させたのに……」
「あれは私の分身です。間一髪分身とチェンジして生き残りました。こっちも瀕死でしたたので追撃が遅れました。すみません。そして貴方が勇者だからこそ、貴方の金玉を奪い勇者の力を得て私は魔女へとクラスチェンジするのです。はい」
「……俺の金玉はやらんぞ。そして俺はお前を殺す」
「私が死ぬ可能性は否定できません」
「否定しないのか。なら散れ」
「あっ、それに、勇者の方の玉でいいんです。左か右かわかりませんが」
「左と右の玉の違いなんて知るか。第一に金玉にまで力があるとは思えん」
「じゃあ、私が触って確認しますか? 確認したら引きちぎるので安心して下さい」
「片玉引きちぎられて安心出来るか! 散れ! 百回散れ!」
今はこの左手の魔手が蠢いてうるさい。
だから魔王の力を使ってやるさ。魔王の力――。
「目覚めろ魔眼!」
カッ! と真っ赤に変化する左目が蠢き、標的であるメスパーの全てを見透かすように見据えた。そして発動する魔王の能力の一つ。マジックサイレスで相手の魔力回路を停止させた。
「あれ? 私の魔法が使えない? まさか魔力回路が停止してるのでしょうか? 困りますね……」
「――困らないさ。もう散るんだからな――」
瞬時にメスパーとの間合いを詰め、右手のサブマシンガンを口の中に突っ込む。
「散れ」
凄まじい数の弾丸をメスパーの体内に注ぎ込み、漆黒のメスパーを瞬殺した。
同時に、おそらく最後の敵兵であろう魔術師達が十人ほど現れた。
ジジジッ……と両手から火花が散り、俺はマジックウェポンで箱型の武器を一つ生成する。
「今のがメスパーの分身だとしても、周囲まで破壊すれば本体も死ぬだろう」
ミサイルポッドを生み出した俺はそれを投げ放ち、この空間にいる全ての敵を殲滅した。
ガラガラッ……とすでに瓦礫の山になる空間の先にいる俺は呟く。
「魔女の下位互換の魔法少女じゃもう俺には勝てないのさ」