背中を追って②遠く離れた場所で
ひとへに風の前の塵に同じ
初期型GD8インプレッサstiだ。それもラリー仕様のガチモン。ただ、草の挟まる外れかけたバンパーとスカートや根こそぎもがれたテールスポイラー、何よりクシャクシャになったボディがこの車を襲ったハードクラッシュを物語る。
そして、ドライバーの行く末は局部的にひしゃげたルーフとドライバーシートの血痕が示唆していた。
「時速190kmでハードクラッシュしたんだ。ドライバーは死んだ。
ドライバーはチャールズ・ベーベル、ナビは........」
言葉が詰まる
「オレだよ....」
「あいつは俺が向こうにできた最初の友達だ。お前と同じようなスバルオタクだったよ。そしてお前と同じようにWRCに憧れててさ。」
彼の目は真っ赤に充血していて、声も震えてきた。
「そうそう、アイツ、初めて会ったときオンボロのアルシオーネ乗ってきてさ、初めて買った車だって自慢げに話してんの。」
震える声で彼は笑う。
「本当にラリーが好きな奴だった。二人でラリーカーも造った。そう、こいつだよ。地元のラリーイベントじゃあ敵なしだった。その八月、ラリー漬けの毎日にある知らせが届いた。近くで国内ツアーが開かれるから、スポット参戦しないかってね。もちろん飛びついたさ。当日、天気は晴れ、路面乾燥絶好のレース日和だった。タイムラリーは計4つのSSの総合タイム。SS1はターマックコース、俺たちはトップタイムだった。SS2はターマックからのグラベル。直線中心のコースだが、山岳地だったこともあって、ジャンピングスポットが点在してた。」
一年前、ドイツ
"4left and 100long,3right and 5leftlong"
白いインプレッサは土煙をたてながらダートコースを疾走した。
"300long and 5rightlong"
そのとき、時速200Kmのなかザザーッという音が耳を貫く。耳鳴りを我慢してペースノートを読み上げた。
"5left and air Don't cut!"
"unhöbar(聞こえないよ)"
一気に体中を寒気が襲う。あろうことかインターコムが故障したとみえる。
"air and 5left!! Don't cut!!"
彼はステアリングを左に切った。どうやら聞こえたようだ。
....一瞬の安堵は過ぎ去りインプレッサのノーズはコースのイン側のカットラインに飛び込んだ。まずい、そこには岩が....!
"Keep Out!!!!(アウトに寄れ!!)"
遅かった。既にエアの車は岩から逃れることはできなかった。
「そこからの記憶はない。気づいたら、倒れた木がコクピットに刺さっていた。俺たちは岩に左フロントをヒットさせて空中でバレルロールしながらルーフから地面に叩きつけられてそのまま部品ばらまきながら倒れた木にヒットしたらしい。ギャラリーのおっさんが言ってた。チャールズは即死だった。隣で....冷たくなってたんだよ....。」
堅く握った拳が彼の辛さを物語る。クシャクシャのボンネットに滴る雫が彼の覚悟を物語る。
「もう、車で誰も殺さない。俺が関わるやつは俺が死なせない。」
誰に言う訳もなく彼は言う。
「俺がこの車を無理して持って帰ってきたのは部品取りなんかの為じゃない。戒めるためだ。」
さらに堅く、拳を握る。そんな彼に言葉はかけられなかった。
「なんだようるせーなー....今何時だと思ってんだよ....。」
ねむそうに現れたのは彼の父、義弘だ。
「ん?卓也クンじゃないか〜、久しぶり〜。最近めっきり来ないんだから心配したよ〜」
「すいません、ご無沙汰してます。」
この店において、義弘の顔に刻まれた沢山のシワが過ぎた年月を数えていた。
「そう言えばインプレッサ、元気かい?キミのことだからメンテナンスしてないなんてことはないんだろうが。」
「はい、お陰様で....。ちょっと見てみますか?パーツはほとんどノーマル部品ですが。」
「じゃあちょっと拝見しようかな(笑)」
このやりとりの間、友樹は一言も喋らず、後ろめたそうに明後日を向いていた。
そして1人、ガレージに残っていた。
「ほぉー、綺麗にしてんじゃないか。消耗品以外どノーマルってところかい?」
「えぇ、まぁ消耗品はケチッてちょっと社外品なんですけどね....GC、そういうやつ高くて....(笑)」
実際のところ、燃料代とタイヤ代で火の車な俺の経済事情のなかて、エアフィルターやクラッチと言ったものは社外品にせざるを得なかった。
「で?どれくらいまでチューニングしたいんだい?」
「えっ!?」
「こんなタイヤの使い方するやつがこのままノーマルなんておかしいだろうよ(笑)それに、会っちまったんだろ?」
唐突に見透かされ、手を差し延べられてパニックになってるであろう自分を恥じるべきなのだろうな。無理なものは無理なんだが。
ふぅー。
とりあえず肺の中、ひいては混乱を招くもの全てを吐き出す。
「馬力は+30馬力、それよりもレスポンスアップが必須ですね。箱の方はボディの軽量化と剛性をもう少し上げたいです。あと、可能ならば駆動力配分の見直しとLSDのロック率をあげたいですね。」
自分の口はメンタルの惨状に反して驚くほどよく回った。
「ふん。難しい注文だな〜。並のメカニックじゃキミの望むインプレッサは手に入らんぞ。まぁ、宛はあるがな。」
そういうと、ガレージに目を流した。一つ、深い呼吸を置いて彼は叫んだ。
「このインプレッサ、お前が弄れ!」