My X
※Spinning Wheelの作者は中二病をこじらせておりますので、ご了承のうえお読み進めくださると幸いです。
今夜もここに来ている。月明かりの照らすアスファルト、木々の葉音をかき消す轟音、タイヤの焦げる匂い。そう、ここは峠。
タイヤは鳴き叫び、エキゾーストの奏でる咆哮は夜の山河にこだまする。迫り来るボコボコのガードレールと、その向こうの崖。やめれれない。このスリル、湧き出すアドレナリンとこの緊張感。ほかでこんなにもプレッシャーを感じることはない。それはもう狂ってる。
気がつくとタイヤはもう終わっていた。5日前に買った新品だから20代の俺にはお財布事情的に痛手といえる。これは割り切るより他にない。肩を落として、クールダウンも兼ねて麓のコンビニへよる。
コンビニの明かりに照らされている30年くらい前の白のハッチバック。1984年式、ホンダ バラードスポーツCR-X。それが免許とってこの方乗り換えることなく共に走ってきたオレの車。走行距離は今や12万キロに届かんとしている。
缶コーヒー片手にFRPのボンネットをあけ、小刻みに震えるZCエンジンをそれとなく眺める。でも、そうするうちになんだかこの車が自分のものではないような気がして、ボンネットの下へ隠しエンジンを切った。
「もうすぐ、親父の命日か....」
空き缶を捨てるついでに線香を買って帰るか。コンビニの時計は1:00を指している。それを見るやいなや途端に眠くなるから不思議だ。目をこすりながら車に乗り込みキーを回す。小排気量高回転NA独特の少々やかましいエンジンが目を覚ます。
「おっと、サイレンサー付けるの忘れてた!」
完全に目が覚めた....。
1995年7月、20年前の今日
「わっ!お父さん新しい車買ったんだね!」
この日の昼下がりは今でもなにもかも鮮明に覚えている。
「そうだよ〜かっこいいだろー?」
ただ一つ、鼻高々に自慢する父の顔だけが思い出せない。
「うん!青かっこいい!これなんてくるま?」
「スバルのなぁ、レガシィグランドワゴンていうんだ。荷物いっぱい詰めるからキャンプとかいっぱい行けるぞ!」
目を輝かせたあの日、我が家に待望の新車が来たあの日、父のXは静かにガレージの中で眠りについた。
マフラーにサイレンサーを仕込み、走り出す。日中気がめいるほど暑い7月も、夜中窓を開けて走れば割と涼しいもので、ぬるくもなく冷たすぎない夜風が車内に入ってくる。
「そういや親父もエアコン嫌いだからいつも窓あけてたな」
そんな独り言をつぶやいて窓を閉めた。