逆ハーマジ勘弁にかかわる物語。~残念ながらリロイは今日もシスコンです。~
逆ハーレムの終焉。
「いつも無理をいっていたからな。たまにはゆっくりしてくるといい。
私も仕事に切りがついたから休むとしよう。」
そう笑って従者に休みをとらせた次の日、王弟殿下は帰らぬ人となった。
それが崩壊の合図。
【逆ハーレムの終焉。】
学園祭が三日前と差迫る中、
慌ただしい周辺に頓着することなく学園で楽しいお茶会に興じていたリリカ・モエモエールと恋人の王太子ミシャエルと友人達(リリカ談)こと逆ハーメンツの元に王城より使者が来た。
至急登城するようにとのお達しがバカップル二人と逆ハーメンツの貴族達にくだり、慌てて馬車に乗り城に向かうこととなる。
「もしや父が私達の婚約をお認めになったのかもしれないな。」
「ミシャエルの家族にやっとあえるんだねっ
お父様も祝福してくれるわね、きっと!」
王太子は元婚約者であるエレクトラとの婚約解消は認められたが(本人達は知らぬことだが婚約解消するしかない状況となってしまった)、リリカの件は了承されていなかった。
おめでたい二人は二人を盛大に祝うため時期をみているだけだと思っていた。
しかしながら、逆ハーメンツの男達は別の事を思っていた。
ミシャエルが王太子であるから近隣の王族の姫と結婚させる為でないかと思い、そうなった時に悲しむリリカを慰め自分が恋人になってやろうと秘かに狙うもの、
こうやって皆でリリカを囲む事もできなくなるかと残念がるもの、
リリカ今日も可愛いとしか考えないもの、
それぞれの思惑が交差していた。
リリカの逆ハーメンツで王公貴族の地位に居るものは、
生徒会では会長のミシャエル王子、
副会長で侯爵家嫡男のラティーン・フォルクロレ(インテリクール眼鏡)、
会計で伯爵家嫡男のフレンツ・エーデルタ(ナルシスト系チャラ男)、
書記で侯爵家子息のチップ・トデール(ショタ)、
リロイと同じ庶務の伯爵家嫡男のアムロ・ザクイチ(熱血ワンコ)。
他に侯爵家子息で学年一位の秀才ケバフ・ツンデレーダ(ツンデレ)、
伯爵家の子息で研究にのめり込んでいる天才ジェット・ムスカ(マットサイエンティスト系研究バカ)。
本人達は知らぬことだが、将来有望とされて顔もいい貴族の嫡男もしくは子息が七名も一人の娘に入れあげているのは問題になりつつあった。
愛憎渦巻くものの一見すると和やかで楽しげな馬車は残酷な現実の待つ城へと向かうのだった。
八人が通されたのは謁見の間。
重い空気に、花畑ご一行様達はたじろいた。
厳かに、国王が告げる。
「昨夜…弟のディグルスが死んだ。」
一瞬何を言われているのか、リリカは分からなかった。
だが理解した次の瞬間顔面蒼白になりガタガタと震えた。小さくウソウソウソと呟きながら隣のミシャエルにすがった。
「父上、それはまことですか?なぜ?」
この平和な王国で内政の補佐をしていた叔父があっさり死ぬなど考えられない。病に侵されていたわけでは無いと言うのに。
リリカを学園に連れてきてからは城にほぼ籠りきりで外で事故にあう可能性も無いだろう。
ミシャエルにとって王弟はほとんど帰らぬ見知らぬ人に近かった。人となりも知らない。
ただ愛しいリリカの父ということで敬ってはいた。
「弟は、殺された。彼にな。」
王の言葉と共に扉が開かれ、縄で捕縛された男が連行されてくる。
その顔に見覚えがあったのは二人。
一人はリリカ。
もう一人は副会長の侯爵子息ラティーン。
「おじさん…?!」
「叔父上殿っ…!」
その人はリリカの思い出にかすかに残る、よく母のもとを訪れていた人であった。
ラティーンにとってはあまり会うことの無い文官の叔父だった。
「そして、リリカ・モエモエール。
君の本当の父だ。」
王の言葉に、全てが静まり返る。
「…ウソっ!
ウソよそんなの!私のお父様は一人だけだわ!
そんな人知らない!」
叫び、泣き出すリリカ。
それを無視して王は息子に問いかける。
「罪人の娘に咎は及ばないが、その様な者をお前の隣に置くことはできない。
お前は王太子だ。別れなさい。」
王を継ぐのであれば、リリカを捨てろとの言葉にミシャエルは納得などできなかった。
涙をこぼすリリカを強く抱き締めると、ミシャエルは言った。
「王子としてではなく、ただのミシャエルとして彼女は私を見て、受け止めてくれました!
心から愛する事の喜びを知ったというのに、それを捨てるなど、消すなどできはしません!
私はリリカと共に生きていきたい!」
「ミシャエル…」
美しい顔で凛々しく告げるミシャエルにリリカは泣きながらも頬を染めてその胸に顔を埋めた。
パチパチパチパチパチパチパチパチ…
拍手が響き渡る。
拍手をしたのは王の隣に控える最近代替わりした若き宰相。
冷たい印象の無表情な男で、非常に優秀と評判だ。ミシャエルの元婚約者のエレクトラより有能で、苦手に思っていた男。
「二代に渡り、実に愛に生きるお二人です。
さすがは親子です。素晴らしい!
そうやって回りに愛の無い結婚を押し付け、国の犠牲にして、愛こそ全てとおっしゃるのですね!
実に虫酸がはしります! 」
無表情なのにそれはそれは朗らかな口調で宰相は言う。
内容的に不敬とも取られかねないが誰一人反論しない。王でさえ。
「ミシャエル王子、貴方は王族の義務を知ってますか?
王族に産まれたからには、国のために結婚する義務が生じるのです。また、子を作り残すことも。
婚姻による同盟の強化、関係改善はこの国にはまだまだ必要です。
貴方が学園を卒業する前から王太子とされていたのは子が貴方一人だけだったからです。
四年前に弟君が産まれたのは僥倖でした。
まだ、取り戻せる。」
「宰相!
何が言いたいんだ!結婚が義務、子どもを作るのも義務など私は道具ではないんだぞ!
そんなこと他のものにも押し付けるなどしてはならないだろう!」
宰相は微笑んだ。
綺麗な顔だがその笑みはゾッとするほど冷ややかだった。
「王子、綺麗事だけでは国は回りません。
陛下の結婚までのゴタゴタの尻拭いでうちや他の公爵家の娘や息子が、
王弟殿下が婚姻を結ばない事と王妃が子を産めなくなったと宣告されても王が側室を持たないという事でグルモワール家と我がメルビー家の姉妹達が国のために愛の無い結婚をしました。
そして、エレクトラ嬢は貴方を補佐し国を導けるよう王子より遥かに厳しい酷な教育を施されたあげく婚約破棄をされました。」
「…つ!!
それは父上の責任であって私の責任では…!
それに宰相達の姉妹のことは知らなかったが、国に戻っていないのは幸せな証拠だろう!」
「王子、我々の姉妹は国を背負って嫁いだのです。それが失敗すれば我が国など他の国に攻め込まれててもおかしくはない。それで逃げ帰れると?
釣り合いの取れた年齢の元に嫁げたのは一人きり。
後は中年やまだ幼子の元に嫁がされました。
顔も知らない人となりも知らない者達にです。愛などなく義務のみで。そこの泣いているだけのお嬢さん、貴女は同じ女性として納得できますか?
大きな戦が無くなったのはここ何十年か。しかし小さな小競り合いや内乱も無いとはいえない。不満の種はどの国にでもあります。
隙を見せれば刈り取られるかもしれないという現状なのです。
それに…国を背負うならば、父上のせいだから自分は知らないと言えはしないのです。それが王となること。
自由を叫ぶなら義務を果たしなさい。
愛を取るならば今のままではいられません。」
ミシャエルは今まで信じていたものがなんであるか分からなくなった。
すがり付くリリカを抱き締めているのか、自分もすがり付いているのか…
「なんでっ…なんでそんなこと言うの!
愛してる人と幸せになっちゃいけないの!?
みんなと同じように祝福してくれると思ったのに…!」
「貴女のお友達と同じように…ですか?
友達だとそう思っているのは貴女一人。皆本当は貴女を自分のものにしたくて仕方がなかった。
けれど王子を選べば文句は言えない。
そこできっぱり離れればよかったのにも関わらず、気を持たせるような甘言を振り撒き相変わらず男を侍らせ続けた。
貴女本人は思っていなくても、立派な男を誑かす悪女ですね。」
宰相の言葉に震えるリリカと立ちすくむ王太子の前に逆ハーメンツが庇い立つ。
「宰相といえど公爵家といえど、リリカにそんな暴言をはくのは許しはしない!」
「リリカちゃんをいじめないで!」
「なんと言われようとも彼女が我々を救ってくれたことには変わりはないんだ。」
「リリカは俺が守る!!」
「例え貴方に盾ついても彼女を守ります。」
「彼女は興味深い。まだ観察していく必要がある。」
眼鏡、ショタ、チャラ男、熱血ワンコ、ツンデレ、研究バカの順にのたまった。
普通に考えると、噛みついたら即死しかねない行為だがリリカのためにっ(ゝω・´★)キラーン☆という状態異常にみまわれた青少年達は、まったく恐れる事もなく勇敢に噛みついた。
「わ、私は…っ、ただみんなに優しくして優しくされるのが嬉しかっただけっ
大好きだって言ってくれた!
手をとってくれた!
抱き締めてくれた!
なにもしなくても…ただ…ただ一緒に居てくれるだけでいいって言ってくれた…幸せだって…っ!
私は愛されたかった!
いいこといっぱいすれば、お母さんやお父様が喜んでくれるって、自慢の娘だって、愛してるって、言って…言って…私を見て抱き締めてくれると思ったのに…なんでっ…なんで死んじゃったの…
私はみんなに守られて…囲まれて…嬉しかっただけなのに…
私は愛されて、幸せになりたかっただけなのに…!」
わあわあと泣きわめくリリカ。
涙と嗚咽で美しい顔は台無しだ。
どこか子どものような泣き方は、彼女を守るように立った青少年達を戸惑わせた。
「しかし…その幸せの為に多くを犠牲にした。
間違ってしまった。
間違いは正さねばならない。
何を言ったところで将来有望とされた者達を堕落させ、使い物にならなくした罪は重い。
実の父の罪など関係はない。
これはお前の罪だ。」
厳かに、そして噛み締めるように王が言う。
リリカはへたりこんでうつむき、声も出せない。
そこで終わりではなかった。
王は続ける。
「ラティーン・フォルクロレ。
そこの男が弟を殺した罪と、お前達の一族ぐるみでやっていた不正の罪でフォルクロレ家はとり潰しとなった。
今をもってお前は平民となった。
が、親の罪は子には適用されない。しかしながら学園に置くことはできない。
お前は内定していた文官に明日よりなることを命ずる。」
城で監視されながらの生活の始まりである。
わめこうとするが不敬だと近衛に連れて行かれるラティーン。
「フレンツ・エーデルタは跡取りを剥奪とする。妹が成人した暁にそちらに伯爵を継がせよう。
アムロ・ザクイチはゴルドランの砦に三年勤めるよう命じる。なお、出発は三日後だ。万が一逃げ出せば任期は六年、もしくは罪人とする。」
「おっ女になんて跡取りと領主の大役が任せられるか!
だいたい寝てばかりでなにもしないじゃないか!」
動揺しながら叫ぶフレンツ。
「全快しましたわ!何の問題もありません!!」
バーンと謁見の間の扉が開かれる。
そこには元婚約者や許嫁、まだ婚約解消をしていない令嬢達、そして天使がいた。
天使はもちろんファリスである。
「お兄様…!」
天使は駆け寄ると、躊躇うことなく腕輪を握り締めた手で兄の股間にグーパンをかました。笑顔で。
「ひゅおおおああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ずっとずっと…言いたいことがありましたの、お兄様…」
悶絶する兄に頓着せず瞳を潤ませファリスは言った。
「顔だけ糞野郎。もげろ。」
室内温度は確実に下がり、男性陣の大半は青ざめた。
それだけ言うと何事もなかったかのように華麗な礼をするとエレクトラの隣に戻っていく。
「へっ、陛下!
俺は跡取りですからゴルドランの砦にいって万が一の事があれば…」
「万が一にならぬように鍛えて来ましたので心配は無用です。」
アムロが隣の惨状にひきつりながら国王に許しを乞おうとすると、父親の近衛騎士団長がきっぱりと言い切る。
ゴルドランの砦は極寒の地にあり厳しさと過酷さが近隣諸国で随一の砦だ。
そして屈強な男しかいない。
おもわず逃げ腰になるアムロと悶えるフレンツはやはり近衛に連れて行かれ謁見の間から追い出される。
残ったチップとケバフとジェットは若干震えた。
悪い予感しかしない。
「チップ・トデール、婚約者が通う隣国の学校に留学を命ずる。
ケバフ・ツンデレーダは明日より軍部付きの文官に命ずる。
ジェット・ムスカ半年間の休学と研究及び実験を禁ずる。」
チップの年上の婚約者はその学園で非常に人気があるのでチップのしでかした話が知られれば吊し上げられる事になりかねない。
甘やかされてちやほやされることに馴れた11歳の少年にはつらい事である。
ケバフが一方的に解消した元婚約者の家族や一族は軍部に多い。恐らく地獄が待っているはずだ。
そう思った瞬間、ケバフは倒れた。
ジェットにとって研究や実験を行えないのは生き地獄だ。顔面蒼白でへたりこむ。
そんな三人も近衛にドナドナよろしく連れ去られて行った。
残されたのはうずくまったまま抱き合うミシャエルとリリカ。
「もう一度問う。
お前は何を選択する、ミシャエル。」
「…父上、リリカはどうするおつもりですか?」
「修道院か、その娘の母ラブリン・モエモエールが置かれた屋敷に軟禁する。
王都に残っても恨みやまた誰かを誑かすやもしれん。言っておくが殺しなどしない。自由は奪う事にはなるがな。」
「そうですが…」
自分にすがり付くリリカの手をそっと外し立ち上がるミシャエル。
思わず引き留めようとしたリリカだがその手は途中で止まった。
今さらながら自分のしでかした事が少し分かってきたのだ。
辛そうだったから助けてあげた。
だって彼らばかり重荷を背負っていたから。
いや、背負っているように見えただけで彼らも思い込んでいただけだった。
乙女ゲームに似た世界なら王子様と結ばれればhappyend!で終わると思っていた。
皆に愛されれば、父も母も自分を見つめてくれると愛してくれると思った…こんなはずではなかった…
ぐるぐる思いが駆け巡り、さし伸ばした手は下ろされた。
なにもかもリリカの人生はまやかしだったのだ。
痛いのも怖いのも嫌だが、ひとおもいに死なせてもらえない、すがる人のいない人生を思うと恐ろしさしかない。
「リリカ、顔をあげろ。」
愛した人からかけられる冷たい言葉に震えるリリカだったが、泣くのを堪えて顔をあげた。
無表情のミシャエルがリリカを見下ろしていた。
そうして彼は言葉を紡いだ。
★★★★★★
夕闇のなかを馬車が進む。
中に居るのは美しい女性達と可愛い少女達。
「エレクトラ様はあれで良かったのですか?」
「ああ、そうねヘレナさん。もう興味もないし解放された嬉しさの方がまさっているわ。
それよりカタリーナさんとハナさんとジュリアさんは婚約者をお辞めにならなくてよろしいの?」
「私は本に囲まれて煩くなければ誰でも構いませんわぁ。ジェット様は跡取りではないですし。
あの方の研究や発明のアイデアでお金もそこそこ入りますから~。」
研究バカの婚約者カタリーナがおっとり笑う。その手には本が握られており離すことはない。
「えっ?ハナさん14歳ですの?私同い年かと思っていました!お姉様なんですねっ!」
「あーいや、よく言われます。いいですよ名前呼びのままで。私もファリスちゃんって呼んでもいいですか?」
童顔と幼児体型ががちょっとした悩みのハナとぶっとび天使ファリスが友情を育んでいた。
二人は話に夢中でエレクトラの話は聞いてない。
それを見て笑うジュリアとヘイリー。
「私は別に構わないよ、今回の事をネタに可愛い婚約者をいじめられるから楽しいもの。」
「ジュリアはドSですわね。
いじめすぎるからゆるふわ娘にとられるんですのよ?
私は元々婚約者は好みの範疇外でしたから助かりました。」
「ヘイリー様の好みって…?」
「ヘレナちゃんって勇者だねぇ。」
「は?」
「私の好み!
筋肉ですわ!き・ん・に・く!!!もりっと、キレッキレの筋肉をもつマッスルでないとときめきませんの!腹筋は最低でも四つには割れていないと!
ウフフフフフフ!
学園祭が終わったら旦那探しですわっ!」
たぎって吠えるヘイリーにヘレナはちょっと引いた。ジュリアは腹を抱えゲラゲラと笑っている。
ヘイリーは儚い系美少女なのに台無しである。
「ふえっ、ふえん。ラティーン様…」
「クリスティナさん、泣くのはおよしなさい。あの男のどこが良かったのですか?
正直貴女に対する態度はどうかと思ってましたのに。」
不意に泣き出したクリスティナにエレクトラは苦心した。
なんと慰めればよいのだろうか、と。
「ふぇ?眼鏡と声ですわ。」
「は?」
「低音の声、そして眼鏡…!あ、それ以外には全く興味無いのです。ちなみに今泣いていたのはわめき声を全部聞き取れなかった悔しさです。
はぁ女学園には男性は老眼鏡の方しかいませんし明日から誰の声にときめけばいいのでしょう。まぁ、渋い声もときめきはするのですが…。」
リロイ妹も通う女学園に在学中のクリスティナは泣き黒子が色っぽいたれ目系美少女だった。
エレクトラは思った。
どいつもこいつも頭に『残念な』とか『変人の』がつく人達だと。
あの後、エレクトラ達は王に詫びとして願いを叶えようと提案された。
カタリーナとジュリアとハナは婚約はそのままでちょっとしたプレゼントを望んだ。
カタリーナは王立図書館の禁書閲覧権。
ジュリアは男装用の服。
ハナは孤児院への食料支援。
婚約解消、許嫁を破棄された者達は、結婚相手は自由に選び、王が責任もって認証してくれる事であった。しっかりと誓約書まで書かせたのにはひきつり笑顔であったが。
なにはともあれ、騒動は一応の決着をみせた。
早く学園に帰ってリロイ達の手伝いをしなければと、気持ちを切り替えるエレクトラであった。
★★★★★
「私と共に生きてほしい。」
無表情のミシャエルはそう告げた。
王も、リリカも、宰相でさえ驚きをみせる。
自分をを選ぶことは無いと本人でさえ思っていた。
リリカの手をとり立たせたミシャエルの手は冷たく震えていた。震える手でハンカチを出すとリリカの顔を拭う。涙と鼻水で酷いことになっていたのだ。
「辛いことの方が多いと思う。
それでも共いてくれないか、リリカ。」
「王子様じゃ…なくなるよ…
ミシャエルは…まだお父さんもお母さんも…家族や支えてくれる人がいるじゃない…
私みたいに…無くなってから泣いたって…間違ってた…って…思ったって…独りになってからじゃ遅いんだよ…うっ…うぇ…っ」
ミシャエルに寄りかかって悲劇に浸るのは簡単だった。
けれども僅かな間に芽生えた良心と罪悪感とがリリカに躊躇いを生ませ、留まらせた。
「それでもリリカを選ぶと決めたんだ。
私は王には向かない。本当はよく分かってたんだ。目を背けて、リリカにすがって言い訳にして、逃げたんだ。
重責から、エレクトラから。
償えきれるかは分からない。けれど、二人で生きて償っていこう。」
「…ミシャエル…」
王に向かい、並ぶ重臣達に向かいミシャエルは頭を下げた。リリカと共にいるならばなんでもすると。
くだった決断はゴルドランの砦付近に点在するうちの小さなひとつの領を管理せよとの命だった。
極寒地帯の生活は、華やかな暮らしに馴れた者には厳しい。命を落とすかもしれない。
そう告げられてもミシャエルは揺るがなかった。
「父上…いえ、国王陛下…、期待に応えられない息子で申し訳ありませんでした。」
二人は近衛に連れられ謁見の間を後にした。
エレクトラ達との交渉を終え王は疲れをにじませ去っていく。取り残されたのは一体どちらだったのだろうか。
「…ざまぁみろ。」
主の去った部屋に誰かの呟きと、黒い笑いがこだました。
読んで下さってありがとうございました。