ぼーいずがらぶらぶするげーむ
『花盗人〜黄泉の果実〜』
なかなか厨二心のくすぐられるタイトルのそれは、和風ファンタジーな…BLゲーム――つまり、ボーイズラブ、男同士の恋愛を描いた恋愛シミュレーションゲームだった。 BLどころか、そもそも恋愛シミュレーションゲームにあまり興味のなかった私が唯一手を出したゲームでもある。
発売当時は、時の少々消費期限の過ぎた婦女子達の過半数はノックアウトされたのではないかという程の人気ぶりだった。 そのファン達の白熱っぷりといったらもう、すごかった。 というか、怖かった。
おかげでオタクとはいえどもBLゲーにはほとんど興味のなかった私すらもそのゲームの名前はしっかり脳裏に刻み込まれたほどである。(BL自体に興味がなかったとは言わない)
私自身が『花盗人』に手を出したのはそれから数年後。 腐った婦女子によるブームが絶頂期を過ぎ、大分落ち着いてきた頃だ。
ネットサーフィン中にふとその名前を見かけ、「あぁ、そんなゲームもあったなぁ」などとしみじみ懐かしくなった私は気まぐれにそのゲームについて調べてみた。
商業BL――腐女子の腐女子による腐女子のための会社が売る公式なBL。内容が主にホモ。 当たり前だが。――が苦手だった私は当然、BLゲーにも苦手意識を抱いていたのだが…なんという、ことでしょう。 調べれば調べるほど、『花盗人』は面白かった。
新鮮で胸がときめくような面白いストーリー設定。 魅力的なキャラクター。
試しに無料の体験版をプレイして、プロローグを見た時点で封印されし右腕が疼いて勝手に通販のページを開いていた。 恐ろしい…まさか私のこの呪縛を解くとは。 同人誌即売会に向けてお金貯める予定だったのに…。
しかし、買って損も後悔はなかった、とはここに明言しておこう。 寧ろ「何故もっと早く買わなかった! 私の馬鹿!」と発狂した。 それくらい素晴らしいゲームだった。 神か。
まぁ、まずは王道より邪道、ほのぼのあまあまよりヤンデレ、という若干?偏った私の好みにドストライクだった。 それからキャラクター達がカッコ悪い所も良かった…あ、見た目じゃなく。 内面が。
普通“恋シュミ”、特に乙女ゲームのキャラといったら、主人公含めてプレイヤーが憧れるようなきらきらしい人物ばかりだと思うのだが、何かもう格好悪いし綺麗なところばかりじゃなくて汚い所もしっかりプレイヤーから見えて……それが人間くさくて愛おしいことといったら!
しかし! 何と言っても素晴らしかったのはやはり! 主人公である!!
我らが主人公アシュアライト様、通称アーシュさん!
見た目は少々中性的だが、女顔という程ではなく、どちらかといえば優男な見た目。しかし軟弱な雰囲気は一切せず、ひたすら惚れ惚れするような男前な性格。 少年漫画の主人公のような正義は掲げないが、自分の大切なものだけは命を懸けても守り抜こうとする根性。 必要悪を受け入れ、必要ならば自らも悪になれる覚悟を持っている。 そんな、可愛くて格好良くて、漢な…ストーリーが進む内に気がつけば私の方がアーシュさんに攻略されていた。
いや、もうこれは仕方ないことですよ、うん。
そんな訳で数年経っても未だに燃え続けている腐ったお姉様方に合流して、私は毎日のように『花盗人』にウハウハしていた……死ぬその時まで。
――うあぁあ……思い出した思い出した…。 そうだ『花盗人』のイベントの帰りだったよ、車に引かれたの…。 あの時抱えてた2つの紙袋にギュウギュウに押し込まれた同人誌(戦利品)、どうなったのかな…。 まさか道路に撒き散って一般人の皆様の目に晒されたりしてないだろうな…?
してたら恥ずかしすぎて今すぐ死ねるんだけど。
「おい…? おい、大丈夫か? 急に黙って…おい?」
「……しにたい…」
「唐突っ!! 何だこれ白目むいてんぞコイツ!」
もうモフモフでもしてないとやっていけませんよ…。
手近にあったモフッとした塊に手を伸ばせば、物凄い怯えた様子で逃げられた。 何故だ。
未練がましくその丸々コロコロとしたフォルムを見ているうちに、ハッと我に返る。
そうだ。 ここ、あの『花盗人』の世界なんだ…。
似てるとかそういうレベルじゃない。 多分、ほぼ確定で間違いないだろう。
だって、
攻略対象が現に目の前にいる。
不死鳥ヤタガラス。 アーシュさんの幼なじみ?のようなポジションにして『花盗人』のメインヒーローである。
今はぬいぐるみフォルムの省エネモードだが、本来の姿は全長3メートルを超える巨大な怪鳥だ。 もちろん、人型もとれる。 余談ではあるが、ほとんどのBLゲームにはつきものであるアダルティなシーンでは常に人型だった。
……いや、そんなことはどうでもよくて。
それより気になるのは、彼はどうしてこんな所にいるのかだ。
ゲームでのヤタガラスはアーシュさんが幼い時から年がら年中彼にべったりだったのである。 とある事情によりアーシュさん本人は知らないが。
それが何故、こんな森の中でこんな小さな女の子に構っているのか。 いや、それだけならまだしもこのモフモフ、“契約”とか言わなかったか。
ヤタガラスは不死鳥であって、神に近い存在だが、決して神ではない。 つまり万能でなく、実は寿命が存在する。
ヤタガラスの言う契約とは、魂を削り、人間からすれば悠久に見えるその寿命を犠牲にして契約主の願いを叶えるというものだ。それも一度契約を結べばその契約主が死ぬまで彼は他の契約主を選べず、行動を縛られる。 原作では「その代わりに願いが叶った後はお前の魂をいただく〜云々」などともっともらしいことを言ってギブアンドテイクを装っていたが、その実態はギブアンドギブ。 ヤタガラスに人の魂を取ることはできない。つまり、この契約は彼にとっては極めて不利なものなのだ。
お分かりいただけるだろうか。 つまり、本来ならこんなモブどころかもうスーパーモブを名乗っても良いくらいの小娘と結ぶべきものではないのだ。
というか、結んではいけなかった。
これはオープニングで死んだ主人公を延命させるために結ぶものなのだから。
………………やばいどうしようこれ私のせいでアーシュさんが生きられないんじゃ…。
い、いや、もしかしたらアーシュさんと生きてる年代が違うのかも! だってほら、ヤタガラスって不死鳥だし! アーシュさんとの年の差考えるとスーパー・ウルトラ・ネオ・ショタコンって言われてもおかしくないくらいアーシュさんに会う前から長い時を生きてきてる訳だし!私が死んだ後ならアーシュさんと契約を結ぶことも出来るだろうし!
アーシュさんに会えないなんて泣いちゃうけどね!
私は確認のためぎこちない笑顔を浮かべながら恐る恐る口を開く。
「あのぅ…カラスちゃま? …つかぬことをお聞きしますが、今日って…何年何月何日でしょう?」
「あ? …あぁ…年は彩雲52年、桜花の月の第1日目だな」
あ、駄目だこれ思いっきり本編開始直前だ。
彩雲とは当時国を統治している王様の二つ名で、現代でいう年号のようなものだ。 この場合は、彩雲帝という人が王様の位について52年目ということになる。ゲーム開始時の年は彩雲62年。 この時アーシュさんは19歳になるが、実際にカラスと契約するのは14歳。
つまり、アーシュさんは現在9歳であり、あと5年で死ぬ。
…これは何としてもどうにかしなくては。
このままではアーシュさんが死んでしまう。
そのためにもまずはアーシュさんの所在を確認したい所だが…。
「えっと、カラスちゃまって……その……」
カラス本人に問いかけようとして、言葉につまる。 そういえば、何て言えば良いんだ?
幼なじみ…って言っても、ヤタガラスからすれば幼なじみじゃないだろうし。
契約者…は今は私だ。 負荷が掛かりすぎるから契約者は1人以上持てないはず。他にいるとは考えにくい。
んん…? じゃあ…
「……お友達、いますか?」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
おっと、言い方を間違えたようだ。
「あー…えぇっと、アレです。 白銀の、綺麗な髪した男の子とお知り合いだったりしませんか?」
結局ほぼ直球になってしまった。 うぅむ、自分の語彙力のなさが憎い…。
白銀、と小さく反芻したカラスちゃまは目をぱちくりさせて…
「あぁ、“鬼の子”のことか」
と事も無げに言った。
おぉ! ご存じの様子。
「どこ!? そ、その人は今どこにいらっしゃいますか!?」
「……何でンなこと気にすんだよ」
ここぞとばかりに畳み掛ければ、カラスちゃまは少し不機嫌そうに、そして胡乱げに私を見やった。
あ…そりゃそうか。 そういえばヤタガラスはアーシュさんの幼なじみとは名ばかりのストーカーだった。 当然、アーシュさんの交友関係は把握しているだろうし、アーシュさんと会ったこともない私が彼について聞くなんてヤタガラスからすれば不審以外の何物でもない。
しまったと思うが、もう遅い。 二の句が継げず口を噤んでしまった私にカラスちゃまの訝しげな視線が突き刺さり、ますます焦燥感を駆り立てる。
「む、昔! えっと、一瞬! ほんと一瞬だけ会ったことがあったので、それで…気になって…ハハ…」
慌てて誤魔化してみるが我ながら怪しいにも程がある。 ヤタガラスがどんどん眼光を鋭くするものだからそれに比例して声も尻すぼみになった。
「昔…ねぇ。 それっていつ?」
人気声優と同じ美声が今はただ恐ろしい…。
威圧感が半端じゃないよ! 怖いよこのモフモフ!
ゲームではヘタレでどっちかっていうと弄られキャラだったのに…腐っても神様もどきなのか。
というか、何でそんなに追求してくるんだ! 嫁のことだからなの!? ありがとうございます!(萌えを)
もうここまできたらしらを切り抜こうと半ばヤケクソになった私は、努めて平然と首を傾げてみせる。
「んー、と……それは、覚えてない、ですけど……」
「………………ふぅん」
しばらく怪訝そうな様子で私を見ていたカラスちゃまだったが、やがて諦めたのか、肩をすくめた。(もちろんカラスに肩はないが)
「そ、それよりカラスちゃま。 この森を出る道は知ってますか? 私、出来れば一刻も早くここから出たいんですけど…」
「あぁ、それは大丈夫だ。 俺様に任せておけば1日とかからずに出られるぞ」
「ほんとですか!?」
あからさまな話題転換にカラスちゃまが乗ってくれたのは幸いだった。 しかもどうやら今日は森での野宿は避けられそうだ。
思わず嬉しくなって、カラスちゃまを抱き上げ、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「じゃあすぐにでも出発しましょう! お風呂入りたい!」
「分かった! わぁかったから一回下ろせ!」
暴れるカラスちゃまを渋々離せば、凄い勢いで距離を取られた。 ……そんなにお嫌でしたか?
「ちょっと近付くなよ、危ないからな」
「へ? 危ないって何を…」
する気ですか。 言い終わる前に、カラスちゃまが発光した。 うお、眩しい!
眼球を突き刺すような眩い光が収まると、そこにはとんでもない大きさのカラスがいた。
ふ、ファンタジー!
月の名前は季節の花の名前になっています。
桜花の月の第1日は4月1日にあたると思っていただければ…