とりあえず現状確認しま…あれっ?
なかなか進まない…
10/6、一話を若干訂正しました
次の話を投稿するまでちょっと時間かかりそうです…
有史以来、どの時代でも人々は夢見てきた…輪廻転生という人間には計り知れない摩訶不思議な力の働いた現象を。
かく言う私も、前世だとか転生だとか言うワードには過敏に反応してしまう程だ。 その手の話は大好きで、異世界転生ものの小説はいくつも読みあさってきた。 このジャンルに関しては人一倍詳しいつもりである。
異世界転生って言ったら転生チートだよね! 前世の知識を利用してヒャッハーしちゃうアレだよね! あと、特別な力とかに目覚めちゃったり…やだもうオラわくわくしてきたぞっ☆
「ファイアー!」
瞼の裏で熱が手のひらに集まるようなイメージをし、グッと力を込めて足を開き、両腕を天へと突き出す。 有らん限りの声で叫んだその呪文は、宝石を散りばめた天鵞絨の夜空に吸い込まれていった。
…はい! こんにちは! いや、夜だしこんばんはかな? 悠菜でございます!
現実からボルトばりの速度で逃避することかれこれ数十分。 その間に分かったことといえば、特別な力には目覚めてなさそうってことくらいですかね! てへぺろ!
「…はぁ」
ため息を吐く。 そろそろ真面目に考えよう。
ようやく痛みから解放されて開けた視界にまず飛び込んできたのは、暗闇。 っていうか、四方八方360度全方向、暗闇だ。 光源といえばかつて日本から見ていたよりも随分と小さく見える半分のお月さまと、今にも落ちてきそうな粒揃いのお星さまくらい。 そのささやかながらありがたい明かりのおかげで、辛うじて周囲のものの判別が出来る。
例えば、すぐ背後が沼だったことに気付いて、「なにこれ背水の陣!?」と飛び退いたのはつい数分前のことだ。 明かりがなかったら何かの拍子にドボンしてたかもしれない。 ありがたや。 都会にいると分からない事象だな。
そのありがたい明かりをもってして見えたのは辺り一面に生い茂るアメフト選手のごとくどっしりと構えたのっぽの木々。 正直、凄い威圧感だ。 天鵞絨の宝石をむしり取ろうとしている天に伸びた闇色の腕。遠い昔に何かの本で読んだ…大熊座のしっぽが長いのは大きな木にしっぽをむんずと掴まれてぐーるぐる振り回されたからだという話が、自然と頭に浮かんだ。
蠢く枝が私の足を掴むところを想像して、思わず身震いをした。
一度想像したことは中々頭から離れてくれないものだ。じっと見ているとあの太い枝が段々とこちらに伸びているような錯覚を覚えてはヒヤリとした寒気が背骨を這って登っていく。
木々の隙間はこれまた真っ暗闇で、この場所がそれなりに森の奥深くにあるであろうことが窺える。 少なくとも、夜が明けるまでは無闇に動かない方が良さそうだ。
…こんな静かで暗い場所で野宿か。 やだな、私お化け屋敷とか苦手なんだよ…。
闇に包まれた中で見る星空は、綺麗を通り越してどこか不気味だ。この闇に私自身が飲み込まれるようで、言いようのない焦燥感に駆られていく。
「…あーダメだ!」
頭を振り、どんどんと後ろ向きになる思考を追い払う。 怖いものを連想させる闇色を視界から押し出すように自らの身体を見下ろした。
小さな身体だ。 恐らくまだ10歳にも満たないだろう。
剥き出しのやたら細い腕はミルクを入れたコーヒーのような褐色。 泥の色かとも思ったが、いくら拭ってもその色は変わらなかった。どうやら生来のものらしい。
小さな身体にまとわりつく長い髪は、正確な色は分からないが、黒でないことは確かだ。
着ているものは編み目の荒い、ざらりとした感触の着物モドキで、恐らくはもっと明るかったであろう色は泥にまみれてもう分からない。
腰には帯の代わりにチクチクした麻縄がきつく巻き付いている。 これは地味に痛い。
腕と同じコーヒー色の足は着物モドキの短すぎる丈のせいで太ももから下が夜の冷えた空気に晒されている。 履き物は何もない。
…いや、もしかしたら何かあったのかもしれないが、今頃は沼に溺れているだろう。 何せ、
『私』は『神殺しの沼に落とされた』らしいから。
前世と今世の記憶が混濁していた時に私自身の口が放った言葉を思い出して、眉をひそめる。
前世の記憶をはっきりと思い出した瞬間、それの代わりと言わんばかりのタイミングで、今世の記憶にもやがかかってしまった。
この世界の知識自体は思い出せるが、記憶に関してはさっぱりだ。 自分の名前一つ思い出せない。
この世界で生きるには、これはかなりの痛手になるだろう。 何せ今世の私は子供なのだ。 一人で生きていくには厳しすぎる年齢だ。 その上、何やら難しい環境に置かれていそうだ。
「…どうすればいいのかな…」
固い地面にごろんと横になる。 柔らかく長い草の先が頬をくすぐった。
瞼を閉じれば、何処にいても変わらない暗さが優しく意識を包む。
思い出したのは、前の家族のことだった。
厳しいけれど優しかったお母さん、子供っぽいところのあるお茶目なお父さん、いたずらっ子で甘えん坊の弟。 今となっては全てが懐かしい。
――今頃どうしてるのかな…。
同じ時間を過ごしているのかは分からないが、転生なんてものをした以上、やはりもう会うことはないのかもしれない。
「…さびしいよ…」
私、ひとりぼっちだ。
鼻の奥がツンとした。 じわり、涙に溶ける意識を、微かに吹いたそよ風が攫って行った。