第9話 女三人寄ればなんとやら
メンバーに会わないよう由貴は柚子の家へと入り、柚子指導の着替えと化粧、カツラをセットする。そうしてからスタジオへと向かいメンバー内でミーティングをし、個人練習、全体練習を行い、またミーティングをする。そんな毎日を繰り返していた。
「由貴ってやっぱり歌上手いよね、カラオケとかだと人気者じゃない?」
「どうかな……でも勝手にリクエストされたりするかも」
雛鳥と他愛もないことを話しながら、由貴はこの数日間を振り返った。
本格的な機材の揃ったスタジオでの演奏。
カラオケとは違った歌う爽快感。
異性の壁がありつつも、音楽を通して交流を深めてきた仲間たち。
由貴は確かに充実していた。
(その代償のように、女言葉と仕草が上手くなってきた自分が悲しい)
「どうかしましたか?」
若干気分が落ち込んだ由貴に、春奈が声をかけた。
「大丈夫」
それに笑って返すと、
「そろそろ一曲通しでやりましょうか!」
柚子の声がかかる。
由貴たちは各々の楽器を手にし、柚子の合図で演奏を開始した。
流れるようなメロディに、由貴の声が重なる。
少女にしては低く、少年にしては高い独特なキーで、歌う。
(やっぱりこの歌、好きだな)
歌いながら、由貴は頬が緩むのを感じた。
今、練習しているのは『なずしらゆさ』である柚子が、脚光を浴びる切欠となった提供曲。
音楽業界に初めて『なずしらゆさ』の名前が出た、柚子のデビュー曲とも言うべきものだ。この曲を歌うアイドルも有名ではあるが、由貴はそちらに興味は出なかった。ただ、純粋に『なずしらゆさ』の曲に心を惹かれ、好きになったのだ。
それから何枚か出たCDはすべて揃えたが、最初の頃に比べて曲に惹かれなくなったと由貴は感じていた。良い曲ではあるのに、物足りない。どこか首を傾げるような、言葉に出来ない不満感が確かにあった。
始めは聞きなれてしまったから、物足りなくなったのかと由貴は思っていた。
だが、由貴は偶然にも『なずしらゆさ』本人を知ってしまう。
正確には更科柚子という一人の少女のことを。
彼女の音楽にかける情熱は本物だと、由貴はこの数日で確信している。それなのに、最近の曲が物足りないのは何故だろうと疑問に思うが、柚子本人に確認することはなかった。
柚子が何を求めているのか、バンドを結成しようとした理由も由貴はなにも知らない。それは他のメンバーたちも同様で、柚子は自分の目的については明らかにしていなかった。
それでもバンドへ打ち込む姿は本物だから、メンバーたちは柚子に何も聞かず着いて行く。
(いつか、話してくれるといいんだけど)
それは確実にメンバー全員の思いでもあった。
「それじゃあ、今日の練習はここまでにしましょう」
柚子の声を合図に、全員が身体を伸ばした。
「疲れたなー」
「そうだね」
柏木と雛鳥が笑いあう。
「あの、柚子さん」
春奈がベースを片付け、柚子へと近寄った。
赤く染まった頬に控えめだが可愛らしい笑顔を浮かべて。
「どうしたの?」
「あのっ、そのっ……そろそろ曲は出来たのかなって」
春奈の声を聞きつけ、
「そういやあ柚子ちゃんが曲作ってんだよな? どんな感じになんの?」
柏木が春奈の肩に頭を乗せて、柚子へと問いかけた。
一瞬だけ春奈の目が釣りあがるが、そのことに誰も気づくことはなかった。
「歌詞覚えないといけないけど……何曲作ってるの?」
「確かに由貴は歌詞もだから、私達より大変よね」
ギターを片付けた由貴と雛鳥も三人の話の輪へと混じる。
「とりあえず三曲ほど完成したところかな。あと二曲はまだ途中」
「一気に五曲もか!? すげえな」
「さすが柚子さんです」
柏木と春奈の言葉に、柚子は照れくさそうに笑った。
「由貴には歌詞を暗記してもらうから、まずは三曲の歌詞を渡すわね。悪いけど手書きだから読めにくいのは我慢してちょうだい。楽譜の方はパソコンで打ち出しして印刷してからになるから」
鞄から三枚の用紙を取り出し、由貴へと渡した。
「曲がないと暗記なんて無理だから」
「とりあえず感じだけ掴んでもらえればいいから」
「まあ曲って歌詞と音楽のセットで覚えるしなあ。まあ頑張れよ、由貴ちゃん! お前ならできるって!!」
「素敵な歌声、期待してるからね!」
「そうやってプレッシャーかけるの止めてほしいんだけど!?」
「大丈夫大丈夫だって! 根拠はねーけどよ」
「そうね、きっと大丈夫よ。根拠はないけど」
「根拠がないなら、気軽の言わない!」
興奮する由貴に柏木と雛鳥は揃って視線をそらした。
「どんな歌詞か見てもいいですか?」
「いいわよ」
春奈が柚子へと聞けば、あっさりと許可が下りた。
「オレもオレも」
「どれどれ~」
柚子を除く四人で歌詞を見ると、一曲は定番の恋の歌、二曲は励ましの応援歌だった。
応援歌は自分を奮い立たせる歌のようで、今の柚子が必要としている歌のようだと由貴には感じ取れた。
「素敵ですね」
「曲がないとまだ何とも言えないけど、いいんじゃない?」
「やるのが楽しみになってきたなー!!」
「そうだね」
三人の意見に同意しながら、由貴は思う。
(この歌詞、やっぱり柚子は『なずしらゆさ』なんだなあ! 何となく雰囲気が似てる)
同一人物なのだから当然、歌詞が何処となく似ていることに由貴は気づいた。
(まさか、まさか! 俺が彼女の新曲を歌えるなんて!! 女装は最悪だけど、俺、生きてて良かった!)
『なずしらゆさ』のファンだと本人に告白した由貴は深く感動していた。もっとも表向きはにこやかに微笑んでいるだけなので、誰にも気づかれていないのだが。
「ところで」
場の空気が興奮し出したところで、
「親睦会をしましょう」
柚子が突然言い出す。
「親睦会……ですか?」
春奈が首を傾げる。突然の言葉に由貴と柏木、雛鳥も揃って首を傾げた。
「そう、親睦会よ。そろそろやっとくべきだと思ってたのよね」
一人で納得する柚子に、柏木が勢い良く手を上げた。
「はいはいはーい!! 賛成大賛成だぜ!! さすが柚子ちゃんは良い事いうなあ!」
「私も柚子さんの意見に賛成です」
「いいんじゃない? あたしも賛成ね」
そして、四人の視線が由貴へと向かう。
「……良いとおもう、よ?」
特に反対する気持ちもなかった由貴だが、女性陣四人の視線がちょっぴり怖いと思った。
(ここで反対とかしてたら、絶対に後悔させられる!)
由貴のそんな気持ちなどお構いなしに、柚子たち女四人組みはどこの店にしようかの相談を始めていた。
「駅前のカフェとかは? 美味しいカフェラテのお店があるんだけど」
「それなら駅ビルの二階にある店はどうだ? あそこのケーキ絶品だって噂だろ?」
「あっそこ美味しいよ! でも店内が狭いから五人はつらいと思う」
「無難にファミレスは駄目なんですか?」
「ファミレスって気分じゃないわね」
「ファミレスって気分じゃねーな」
「ならブランシェにしない? 私の一押しなんだけど」
「何処にあるの? 聞いたことないけど」
「駅から少し歩いたところにあるよー」
「へー。んじゃあとりあえずそこ行かね? 甘いものたべたーい」
「大賛成です」
「それじゃあ移動しましょうか」
そうして、女同士の相談が終わった。
由貴は少女たちの勢いに終始圧倒され、結局最後に「うん」と頷くことしか出来なかった。
(女同士の会話についていくなんて、絶対に無理)
女言葉と仕草が自然と出せる程度に女装慣れした由貴だが、中身はやはり男のままである。