第6話 蛇ににらまれたなんとやら
一階の玄関ホールへと戻り、階段横の通路を通って奥へと向かう。
壁に掛けられた価値の分からない絵画を眺めながら、由貴は柚子の後ろを歩いていた。
「ここよ。まずはメンバー紹介からだから、言葉使いと声色忘れないでね?」
柚子の言葉に由貴はため息で返事を返した。
立ち止まった一番奥の扉を開くと、事務所のような作りになっていた。机と椅子、そしてテーブルを挟むようにソファが置かれ、三人の少女が座っていた。部屋の奥にはまだ扉がある。
「待たせてごめんね。彼女の説得に手間取ったの」
そう言って柚子は背後にいる由貴を視線だけで示した。部屋にいる三人の少女たちの視線が自然と柚子の背後へと向かい、由貴は肩を狭めて小さくなる。
(居心地悪いだろ、これ)
由貴は心持ち後ずさりした。
「その子がボーカルの子? 歌上手いの?」
由貴の様子には気づかず言ったのはソファの一番右側、部屋の手前側にいた少女だ。顔はごく平均的だがシャツとズボンのカジュアルさが、整ったスタイルを露にしている。短い髪とバランスのある体格から、活発そうな印象が伺えた。
「へぇ、可愛い子じゃん。柚子ちゃん、早く紹介してよ」
テーブルに手をついて身を乗り出すほど興味津々なのは、ソファの中央にいたねずみ色のブレザーを着た少女だ。崩した緑のネクタイとズボン姿が特徴的である。さらにテーブルについた手は見た感じだけでも由貴より大きく、全体的に体格ががっちりしている。肩に掛かる髪が寝癖なのか天然なのかクルクルとしているところと、少女らしい愛らしい笑みが特徴的でもあった。
「柚子さんが選んだ人なら、間違いはありませんね」
静かに言ったのはソファの一番左側、部屋の奥側にいた少女だ。ストレートの黒髪が腰まであり、紺のブレザーとリボン、ワイシャツやスカートを崩すことなく着こなす少女は紛れもなく美少女だった。
もっとも由貴と隣に並んだ場合、彼女の方が見劣りするだろうことは、本人を含めて由貴以外の共通認識でもある。
「それじゃあ紹介ね。由貴、挨拶」
「えっあのっ、泊由貴です。担当は……ギターとボーカル? です」
「疑問系じゃなくて、まさしくそうなのよ。それじゃあ、雛鳥から自己紹介お願いね」
柚子がそう指名すれば一番手前側にいた、スタイルの良い少女が右手を上げた。
「あたしは大沢雛鳥。名前で呼んでね、あたしも由貴って呼ぶから。担当はギターとコーラス。中学の時にバンドやってたから、ギターは任せて。由貴とは同じ楽器だから話す機会が多くなるのかな? まあよろしくね!」
にっこりと笑い、雛鳥は由貴の傍まで手を上げてやって来る。
由貴が分からず困惑していると、雛鳥は由貴の右手を同じ高さまで上げさせ、パンッと軽快な音をさせて打ち合わせた。
「仲間の挨拶だよ、由貴!」
「うん、よろしく雛鳥」
「んじゃあ次はオレだね」
中央に座っていた少女が左手を上げる。
「オレの名前は柏木富美。この口調はまあ、そういうもんだと思ってくれよ。名前で呼ばれんの嫌いだから柏木って呼ぶこと! 担当はキーボードとコーラス。よろしくな」
「よろしく、柏木」
挨拶のあと席を立った柏木とも、手のひらを打ち合わせた。
その時合わせた柏木の手の大きさに、由貴は心の中で落ち込んだ。
「私は宮原春奈と言います。担当はベース。よろしくお願いします」
春奈はその場から立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
手を打ち合わせるものだと思っていた由貴はあわてて右手を下げ、春奈に頭を下げる。
「よ、よろしく」
「挨拶はこんなものね。とりあえず始めは課題曲としてオリコンに入った有名曲を練習しましょう」
部屋にある机から紙の束を取り出し、柚子は由貴たちに配った。
由貴が受け取って見ると、楽譜をコピーしたものだと分かる。誰の歌だろうと作詞作曲を見たところで、由貴は噴出すのを間一髪堪えた。
その曲は『なずしらゆさ』が初めて提供した曲だった。
ある意味で一番思い出深い曲なのだろうが、このセレクトはどうなんだと由貴は柚子へと視線をやる。
「大丈夫そうかしら、由貴?」
『何か文句あるわけ?』
般若がいる。
確かに聞こえた柚子の心の声に、由貴は動揺を悟られないよう頷いた。
(怖い怖い怖い怖い怖い!!)
由貴が恐怖に顔を青くしそうなところで、
「それじゃあスタジオに入りましょうか」
タイミングを見計らったかの如く、絶妙なタイミングで柚子はメンバーへと声を掛けた。
見計らったかの如くではなく、実際に見計らったのだろうが、もちろん由貴にそれを知る術はない。
部屋の奥にある扉を開き中へと入る柚子に続き、由貴たちも中へ入った。