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ガールズバンドはじめました  作者: やなぎ のき
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第4話 諦めは心のなんとやら


 由貴は手に持っていた制服を力強く、床へ叩き付けた!


「ちょっと! 何するのよ!!」

「それはこっちの台詞だー!!」


 腹の底から声を出し、由貴は叩き付けた制服をビシッと指して、


「何だよ着ろって!? 俺に女装しろって言うのか!!」

「その通りよ!」

「否定しろよ! そこは! 全力で!!」


 力いっぱい肯定する柚子に由貴は全力で拒否姿勢を見せる。

 胸の前でバツサインを作り、高々と掲げて見せた。


「絶対に嫌だ死んでも嫌だ全力で拒否するお断りだふざけんな俺は男だ男の女装なんてオネエのソッチ系か芸人だけが許されんだろーが俺はどっちでもないから完全拒否だこのやろう!」

「一気に言ったわね」


 呼吸もなく一気に喋り終わった由貴は、酸欠に数度深呼吸をした。そこまでの全力拒否ぶりに柚子も呆れた顔になる。

 だが、すぐさま柚子の目がきらりん、と効果音がするほど輝きだす。瞳の中には漫画効果などで使われる星が見えるようだ。


「私の計画に協力してくれるんでしょう?」

「女装が必要な計画ってなんだよ!?」

「必要なのよ、必須なのよ。いいじゃない、女装くらい。減るものでもないし」

「よくないよくない! 確実に精神疲労の意味で俺のメンタル面が減る!!」

「それくらいご飯食べて寝れば治るでしょ」

「いやいやいや、無理だから! 心に傷とか負うから!」

「とにかく必要なのよ! いいから着なさい、今すぐ、ここで!!」


 柚子の剣幕に後ずさりながら、由貴は足元の制服を見て、柚子の部屋を見回した。


(女の子の部屋で女装に着替えるって、何そのある意味で新しいトラウマ!?)


 トラウマになるほど精神的につらいかはともかく、由貴は首を横に振って身体全体で拒否だと訴えた。

 女の子の部屋に初めて入った気恥ずかしさも遠慮な気持ちも吹っ飛び、由貴はとにかく全力で拒否姿勢を見せる。初めての女子部屋という、ある意味男の甘い想像力を書き立てる場所で、この仕打ちはあんまりすぎると泣き出しそうなほどである。

 そんな由貴に、柚子は大きくため息をついて、


「なら、選びなさい」


 ひんやりと、体感温度が三度ほど下がったかのような錯覚を覚えさせるほど、柚子は壮絶な笑みを浮かべた。

 選ぶというだけあって選択することが出来るようだが、どちらも碌なことにならないと由貴の勘が警鐘を掻き鳴らす。頭の中でガンガンガンッと鉄を殴りつけるような鈍い音が響くが、由貴の足は床に縫い付けられてしまったかのようにピクリとも動くことが出来なかった。


「私に制服を剥ぎ取られ、生まれたままの姿へと曝け出され着替えさせられるか、それとも自分で着替えるか」

「何その嫌な言い方!?」

「ちなみに私に脱がされるなら下着も女物にするわよ。でも自分で着替えるなら下に短パン穿くことを許してあげる」


 そう言って短パンを掲げた柚子に、


「着替えさせていただきます」


 由貴は深く頭を下げた。


「最初からそう言えばいいのよ。それじゃあまず上着を脱いでくれる?」

「一人で着替えるんじゃないのかよっ!?」


 床へ落とした制服を拾い上げる柚子に、由貴は驚いて声を上げた。

 そんな由貴を柚子は心底不思議そうに見つめる。


「だって由貴一人じゃあ偽胸作るの難しいでしょう? それとも説明だけで出来る?」

「はっ? 胸?」

「胸! ないと男だとバレちゃうじゃない」


 それもそうかと納得するべきか、そこまでしないと駄目なのかと項垂れるべきか、由貴はしばし反応に悩んだ。

 沈黙。

 柚子からの無言の『早くしやがれ』プレッシャーを送られ、由貴は無言で学ランを脱ぐ。


(……どーにでもなれ)


 目元で光るものは、もちろん錯覚である。



「ワイシャツも脱いでね。その下にも何か着てたら全部脱いでちょうだい」

「シャツ一枚着てるけどそれも脱ぐのか?」

「当然よ。出ないと胸が付けられないでしょう?」

「…………そんなに連呼すんなよ」


 女の子なのに恥ずかしくないのか、と由貴がぽつりと零せば、


「これくらいで恥ずかしいって、あなたどんだけ乙女なのよ?」


 男の幻想を砕くような発言が返ってきた。

 まるで由貴が投げたボールを、ことごとく木っ端微塵に叩き壊して返すようだ。

 由貴の中にあった可愛くて柔らかくて守ってあげたい女の子像がガラガラと音を立てて崩れていく。


「なにぼーとしてるの? 早くこれ着てくれる?」

「…………なに、これ」


 傷ついた由貴に気づいた様子もなく、柚子は白いキャミソールを手渡した。

 不自然な形状のキャミソールに由貴は首を傾げる。


「パッド付きのキャミソール。これの中に詰め物するから」

「何か、すごく変な感じがするんだけど……ていうか、これもしかして柚子が着てたやつじゃあ……」

「新品だから大丈夫よ。まあ本当はブラの方が楽に出来るんだけど、新品がないのよね。今日は時間ないから今から買ってくるわけにもいかなし……」


 一旦言葉を区切る。

 しばし沈黙した後、柚子はふと名案を思いついたと言わんばかりの笑顔で、


「私の使用済み付ける?」

「お前は俺を変態にしたいのか!」

「大丈夫よ! まだ二、三度しか付けてないし」

「でも付けたんだろ!?」

「洗ってあるわよ?」

「そういう問題じゃない!!」

「冗談よ」


 何を真に受けているんだかという顔で見る柚子に、由貴は拳を強く握り締めた。


(女を殴りたいと思ったのは、今日が初めてだ)


 拳を怒りのあまり振るわせる由貴に柚子はこほん、とワザとらしく咳をして、


「とにかくブラの方は買っておくから、今日はこっちで何とかしましょう」

「……やっぱり付けるのか」

「そんなこの世の終わりみたいな顔しないでちょうだい。ブラくらいで。それに少し前だかに男がブラするの流行らなかった?」

「知らないし、俺にそんな経験はないから!」


 全力で首を振れば、「そこまでしなくても」と柚子が零す。


「まあとにかく、ここにパッドの重ねたものを入れて……」

「すっごい胸に違和感あるんだけど……つーかこれ、落ちてこないか?」

「むむむ。確かに落ちそうね。下の辺りをベルトで止めて固定するしかないか。あとはやっぱり私の使用済みブラにするか」

「ベルト固定で頼む」


 由貴は即答した。

 そんな由貴に呆れながら、柚子はクローゼットからベルトを取り出す。


「私は別に気にしないのに」

「気にしてくれ、頼むから!!」


 パッドを重ねたキャミソールを胸の下辺りで固定した。


「うーん、まあ今の状態ではなんとも言えないわね。はい、次はブラウス着て」

「……素朴な疑問なんだが」

「なに?」

「俺にこれ、着れるのか? 柚子のサイズなんだろ?」

「今更それを聞くわけね。多分大丈夫だと思うけど、着てみれば分かるでしょう」


 それもそうかと由貴はブラウスに袖を通す。

 袖が少し長い以外は問題なく着られた事実に、由貴はショックを受けた。


「女物が、すっぽり入る俺って……」

「それ、少し大きめに作ってあるから……聞いてる?」


 ショックのあまり白くなりかけている由貴へと問えば、ぎこちないながらも頷いた。


「……聞いてます。次は何だよ?」

「スカートよ。ズボン脱いで」

「その下は下着だから後ろ向いてくれ、今すぐ!」

「上半身裸は見てよくて、パンツは駄目ってどういう基準なわけ?」

「頼むからもう少し慎みを持ってくれないか、マジで!」


 ある意味で男前な柚子に背後を指差し、由貴は真剣な顔で言った。

 その様子に、柚子は大人しく背を向ける。


「えーと、このホック外してチャック開ければいいのか?」

「そうそう。前と後ろがあるから注意してね」

「……どっちが前だよ?」

「ホックが右側に来るように穿くのよ」


 四苦八苦しながらスカートと短パンを穿く。

 変なところがないか確認してから由貴は声をかける。

 くるりと柚子が振り向いた。


「ブラウスはしまわなくていいのか?」

「ジャケットが短いんだから、しまったら変でしょう? あ、靴下はこっちの紺のハイソックスを履いてくれる? それが終わったら髪とお化粧するから」

「はあ!? これで終わりじゃないのかよっ!」

「当たり前でしょう! ほらほら、時間がないんだからさっさと靴下履いてよ!」


 促されるまま白い靴下を脱ぎ、紺のハイソックスへと履き替える。これもサイズがピッタリなことに由貴は落ち込んだ。


「私のハイソックスが入るなんて、足細いのね。しかも綺麗だし」

「嬉しくないぞ」

「足の毛、ないのね」

「言うな。気にしてるんだから」

「…………いっそ何も履かないで美脚を売りにする?」

「これ以上の苦行はお断りだ!」

「残念だわ。それじゃあそこ、座ってちょうだい」


 どんよりとした雰囲気を背負う由貴を床へと座らせる。

 柚子は小さなケースをクローゼットから取り出し、それを持って由貴の前へと座った。ケースの中身は、由貴には何に使うのか分からないものがゴチャゴチャと詰められている。


「濡れタオル……は面倒だから濡れティッシュでいいか。ちょっと眉毛剃るから」

「剃る!? それっ、変になるんじゃないか!?」

「大丈夫よ。ちょっと整えるだけだから。化粧落としても変じゃないようにするから、大人しく、じっとしてなさい。動くと流血沙汰よ」

「ひっ!」


 最後の言葉だけぼそっと声を小さくして言う柚子に、由貴は体中を硬直させた。

 由貴が動かないための注意なのだろうが、柚子の言葉は冗談に聞こえないと由貴は心の中でひたすら恐怖に震えていた。


(女の子って、こんな怖い思いをして化粧をするのか)


 剃刀で顔を剃られる違和感に、由貴はじっと耐える。未だ髭すら生えない由貴には、剃刀は父親が使う刃の覆われたものであり、刃が露出しているものは始めて見るものだった。

 しばらくして剃刀が顔から離され、濡れティッシュで顔をふき取られる。


「眉毛はこんな感じかな。肌は……綺麗なのね。むかつく」

「ごめんなさい」

「ヤダ、なんで謝るの? 肌が白いからファンデーションは薄く塗るだけでいいわね。下地は剃刀使ったからクリーム塗って、口紅はピンクかな。チークは……」


 呪文のような言葉をぶつぶつ呟きながら、柚子は由貴へと化粧を施していく。

 粉っぽさにくしゃみを我慢し、顔中の違和感に耐えながら由貴はひたすら人形のようにじっと座っていた。

 そろそろこれは拷問の一種なのかと由貴が考え始めたところで、ようやく柚子が化粧の入っていたケースを閉じた。


「後は、このカツラ被ってくれる?」


 そう言って渡されたのは、少し茶髪がかったツインテールのカツラだった。

 赤い大きめのリボンがアクセントで、安っぽいカツラのような光沢感はない。


「なんでカツラなんか持ってるんだ?」

「変装道具は女の必需品よ。それを被ったらジャケット着てね」


(…………何で変装道具が必需品なんだ? というか女の必需品なら、女の子は皆持ってるものなのか?)


 明らかに柚子限定のような気がするのだが、女友達のいない由貴に確認する術はない。

 言われた通りにカツラを被り、柚子が指先で手直しを入れる。

 自然な髪に見えるよう多少の手を加え、由貴は差し出されたジャケットを羽織った。これも問題なく袖が通り、気分が落ち込む。


「ほらほら、どう? 完璧に女の子でしょう?」


 俯いた由貴の前に、柚子は全身が見える鏡を持ってきた。

 促されるまま鏡を見て、由貴は硬直する。

 鏡に映っていたのは、文句なしの美少女だった。茶髪のツインテールに鮮やかな赤いリボン、可愛らしい制服に清楚な紺のハイソックス。薄く控えめに施された化粧は、少女特有の可愛らしさを覆い隠さず魅力的に仕上がっていた。

 十人中十人が美少女と絶賛するだろう姿に、由貴は言葉を失う。


「見事よね。私も客観的に自分を見て可愛い部類だろうとは思っていたけど、まさかそれを超える美少女が近くにいるなんて……まあ男だけど」


 柚子の言葉に由貴は反応しない。


「とにかくこれなら問題なしね。そういえば由貴、あなた楽器は出来る?」

「…………ギターを、少々」


 衝撃から立ち直れないまま、由貴は何とか返事を返す。


「ますます問題ないわ! 由貴、これからのことを話すわよ」

「…………無理、今すぐ死にたい」

「却下。あなたにはその格好で、これから私が選んだメンバーと一緒にガールズバンドを組んでもらうわ。あなたのパートはギターとボーカル。声も抽象的だから問題ないでしょう。練習はこの家の一階にスタジオがあるからそこでやるわ。あ、自分のギターがあるなら次からは持ってきてくれる? とりあえず今日は家にあるものを使ってちょうだい。何か質問は?」

「……穴があったら入りたい」

「ないわ。それじゃあ質問もないみたいだし、メンバーに紹介するから行くわよ!」


 柚子は鏡の前で放心する由貴の腕を掴み、引きずるようにして部屋を出た。



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