第23話 恋はしなんとやら
軽口を叩きあいながら、由貴と柚子は舞台袖へと戻ってきた。
雛鳥や春奈と会話をしていた柏木が二人に気づき、手を繋いだ姿にニヤリと笑う。
「いやー、仲が良いな! でもイチャラブすんのはライブ後にしてくんない?」
「二人とも遅いよー!! もう緊張であたしが死にそうなのに!」
「…………由貴さんずるい」
三人の抗議に、由貴と柚子は苦笑して近寄る。
「ごめん、ちょっと話し込んじゃって」
「雛鳥は緊張しすぎ。もう開演間近なんだから、少しは落ち着きなさい」
「だって……」
「まあまあ柚子ちゃん、コイツも好きで緊張してるわけじゃないんだからさ。あと春奈、顔直せ。怖い」
「…………ずるい」
鋭い目つきで睨んでくる春奈に、美人が怒ると迫力があるってホントだなと由貴は冷静に分析した。その上で、意地の悪い笑みを浮かべる。
「わたし、負ける気ないから」
「む!」
握っていた柚子の手を離し、そのまま抱きつくように腕を絡ませる。勝ち誇った笑みを浮かべた由貴に、春奈が驚愕のあと怒りに顔を真っ赤に染めた。
「おのれ……!!」
「ふふん」
「……由貴さん、あなたとは戦わなければいけませんね」
「戦うも何もわたしの勝ちは揺ぎ無いけどね」
「腕を組んだくらいで勝ち誇って悲しくないんですか?」
「悔しそうな顔をしてる春奈が言っても、説得力ないけど?」
「クッ!」
「ふふふ」
「あー……春奈ちゃん、由貴ちゃん、落ち着けって」
「空気が冷えるっ! 寒いよ恐いよー!」
「はいはい、本番直前にじゃれあってないで、スタンバイしてくれない?」
「いや柚子ちゃん、何処をどう見たらじゃれあってるように見えるんだよ!?」
「あたしには二人の間にブリザードまで見えるのに……」
「喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない」
「むしろあれは喧嘩とかいうほど生易しいものなのか……?」
「どっちかって言うと、女の修羅場に近いと思うんだけどなー」
「春奈ちゃんも由貴ちゃんも美少女だから、怒るとめちゃくちゃ恐いな」
「さっきまでの緊張感が、この場の緊張感に負けてるよ……」
緊迫感で冷や汗を掻く柏木と雛鳥を横目に、春奈と由貴は睨みあう。整った冷たい印象を受ける無表情顔の美少女と、十人中十人が認める可愛らしい美少女が火花が飛び散るのではないかと思わせるほどの強く鋭い視線を互いにぶつけ合う。
睨みあう場の体感温度がマイナスに差し掛かった時、由貴が絡ませていた腕が外れ、春奈共々額に強い衝撃を受ける。柚子が睨みあう二人に、音からして痛そうな一撃を入れるのを柏木と雛鳥は呆気の取られて見ていた。
場の空気に呑まれていた二人と痛みにうずくまる二人を見て、柚子はため息をつく。
「二人共そこへ正座しなさい!」
「はい!」
「はいです!」
「緊張感がありすぎるのも困るけど、緊張感抜けすぎて遊ばないの!」
眉を吊り上げ、強烈なプレッシャーを放つ柚子の姿に、由貴と春奈は大人しく従いその場で正座した。
そのまま二人へ説教を始める柚子の様子を、柏木と雛鳥は離れた位置で椅子に隠れながら見る。
「柚子ちゃんは、どう見たらあれが遊びに見えるんだ?」
「頼もしいけど柚子はちょっとズレてるよね。頼もしいけど」
「あの二人の間に入れるとは……もしかして柚子ちゃんは勇者の生まれか?」
「それを言ったら魔王でしょ?」
「だが柚子は勇者=主人公ステータスを満たしてるぞ?」
「ええ、何それ!? どんなステータス?」
「鈍感だよ。好意への鈍さは主人公必須ステータスだぜ?」
「ああなるほど! それなら柚子は主人公だね!」
「二人の美少女に想いを向けられる主人公。だが彼女たちへの好意にはまったく気づかない」
「少女たちに告白され、ようやく自分がモテモテにあることに気づく。しかし主人公は生き別れた義妹への片思いで恋に臆病になっていたのだった」
「まさかの義妹設定かよっ!? オレ的には義姉の方がポイント高いんだけど」
「ちょっとそこ、何変な話してるのよ!!」
会話に盛り上がる雛鳥と柏木に、説教中の柚子が抗議の声を上げた。話が途切れたことで由貴と春奈が涙目になりながら視線で助けを求めるが、二人はさっと視線を逸らして見なかったことにした。
意識して二人を見ないようにしながら、柏木と雛鳥は柚子へと満面の笑みを浮かべる。
「オレは準備万端だから大丈夫だって」
「あたしも問題ないよー」
「ならいいわ」
あっさり柚子からの許可を貰った二人を、正座中の由貴と春奈は「裏切り者!」と抗議を込めて睨みつけるが、まったく答えた様子もなく抗議も視線も流されてしまった。
「でもいくら由貴と春奈が美少女でも、柚子が相手だからなあ」
「柚子ちゃんも綺麗な顔立ちしてるよな。さぞ男にモテんだろーな」
「今は女の子にモテモテだけどね」
「由貴ちゃんも春奈ちゃんも男に不自由しないだろうに」
「春奈は男嫌いだけどね」
「それもそっか。いやしかし由貴ちゃんは勿体無いつーか、何と言うか」
「あたし的には由貴の積極的な態度に驚いたよ」
「控えめっつーか、大人しい印象だからな、由貴ちゃんは。でも恋は人を変えるって言うぜ?」
「大胆になるんだねー。いいなあ。恋、したい」
「したいなあ、相手は男がいいけど」
「それはもちろん。ところで柚子、そろそろ支度させないと時間まずくない?」
時計を見て雛鳥がそう言えば、柚子も正気に戻ったのか怒りが冷めたのか、素直に頷いた。
「それもそうね。由貴、春奈、すぐに準備してちょうだい」
「了解であります!」
「すぐさま支度するであります!」
「…………言葉遣い変わるほど、どんな説教受けたんだよお前ら」
「………………やっぱり柚子は魔王の方だと思うんだ、あたし」
そんな柏木と雛鳥の様子などお構いなしに、二人は流れるような動作で準備を整えた。柚子もドラムと楽譜を確認し、時計を見る。
「そろそろね」
「なあ柚子ちゃん」
「どうかした、柏木?」
「ここらで気合入れよーぜ、円陣みたいなの!」
「それは良いアイデアですね。連帯感が生まれますから」
「円陣って、それではお手を拝借、だっけ?」
「雛鳥それ違う。どっちかって言ったら、運動部が試合前とかにやるやつじゃないかな。ファイオー、とか」
「そうそう、由貴ちゃんの言ってるそれそれ!」
「確かにいいわね。気合入りそうだもの」
「それじゃあ掛け声は柚子さんにお願いしますね」
由貴たちは肩を組み合い、円陣を作った。
柚子が四人の顔をゆっくりと見回し、深く頷く。
「短い間の練習で、いきなりのライブになってしまってごめんなさい。今にして思えば、路上ライブくらいやっておくべきだったと思うの」
「確かにな」
「うんうん」
「いきなりは、驚きでした」
「というか人が入ったのにも驚きなんだけど」
「最初だから勢いが大事だと思ったのよ! とにかく!! 私たちはここまで来たんだから、今更引き返せないからね!」
「当然だな!」
「いつでも大丈夫です」
「……あたしは逃げたい」
「雛鳥、駄目だから」
「逃げてもいいわよ? 一生後悔させるけど」
ぼそりと柚子の言った言葉に、雛鳥へと視線が集まる。
雛鳥は縋るような視線を向けたが、三人はそれを受け取ることはせず、にっこり微笑む柚子へ雛鳥は弱弱しい声で「……嘘です」と言った。
哀れみの視線に空気が生暖かくなる。
「ごほん。それじゃあ、気合入れましょうか!」
柚子の声を合図に、全員の顔が引き締まる。
「初ライブ成功させるわよ!!」
『おう!』
「ファイオーッ!」
『ファイオーッ!!』
「よしっ、いざ出陣!!」
「くぅ~っ! 血が沸きあがるぜ!!」
「しっ、心臓が飛び出るううう」
「ドキドキしますね! 何だか楽しいです」
定位置についた由貴は、大きく息を吐き出した。
楽器を手に取り、マイクのスイッチを入れる。
ノイズの混じるアナウンスが入り、ざわついた観客と舞台とを隔てる幕が緩やかに上がっていった。
「由貴」
「えっ?」
突然の声に驚いて振り向くと、雛鳥、春奈、柏木、柚子が親指を立てて笑う。
『ファイト!』
四人からの掛け声に目を丸くして、由貴ははにかむように笑った。
「ふぁいと」
観客の声に由貴の声がかき消される。
それでも、その声は確かに仲間たちに届いていた。




