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ガールズバンドはじめました  作者: やなぎ のき
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第21話 恋には身をやんとやら

 走り回るスタッフの邪魔にならないよう人気のない方へと進み、非常階段のある突き当たりの廊下で立ち止まった。汚れている床と近くに何もないことから、座ることを諦める。


「とにかく時間ないし、声出ししよう」


 誰に言うわけでもなく言って、由貴は軽く発声練習を始めた。

 少し離れた場所から聞こえるざわめきを効果音に、アカペラで歌う。

 淀みなく、練習どおりの声が出ていることに由貴はほっと一息ついた。


「由貴」


 吐き出したすぐ後に声を掛けられたため、驚きで咳き込んでしまう。


「ちょっ、大丈夫!?」

「だっ、だいじょうぶ」


 咳き込む由貴の背中を擦り、柚子は「ごめんなさい」と言った。


「驚かせたみたいね」

「そりゃ、まあ」


 非常階段の扉を背にして由貴は困った顔をする柚子へと振り返った。


「まさか咳き込むほど驚くなんて」

「気づかなかったんだよ」

「それだけ集中してたのかしら? それとも緊張?」

「どっちもだよ」


 由貴が少年らしく笑えば、柚子は目を丸くした後、笑った。


「皆は?」

「柏木と春奈で雛鳥を緊張させないように、ずっと他愛もない話をしてるわ」

「ああ、好きな曲とか?」

「そうそれ。今度このメンバーでカラオケに行く話になってたわ」

「カラオケかぁ……柚子は?」

「…………私をカラオケに誘うなんて、良い度胸だと思うわ」

「……そこまでヤバイのか?」

「初カラオケに行った時、友人から真面目な顔で謝罪されたわ」

「…………そうか」

「そもそも私、あんまり歌知らないのよね」

「ということは自分の歌とか歌うのか?」

「自分の歌……まあ作詞作曲したわけだから私の歌か。そうね、それくらいかな」

「意外だな。流行曲とか聞かないのか」

「他人の流行曲聞いてどうするのよ。私の曲が流行曲になるんだから」

「それもそうか」


 柚子の物言いに、由貴はすとんと驚くほど簡単に納得した。その理由は由貴自信にも分からなかったが、柚子の曲が流行曲だと言われて少しも疑うことはなかった。


「そういう由貴はどうなのよ?」

「俺?」

「由貴は歌うの上手いでしょ。カラオケとか良く行くんじゃない?」

「まあ割りと。多いときだと週一で言ったかな」

「そんなに!?」

「カラオケはストレス発散にもいいからさ」

「……私の場合は逆にストレスになるんだけど」


(そんなに歌うの駄目なのか)


 柚子の歌うところを未だ聴いたことのない由貴は、首を傾げるしかなかった。


「由貴は何を歌うの?」

「何でも歌うよ。アニソンも演歌もポップも洋楽も、流行曲から年齢疑われる古いものまで」

「……へえ。何でまたそんなに幅広いのかしら?」

「好きな曲はジャンル問わずだからだな。マイナー曲からメジャー曲までホントに幅広いよ」

「それも由貴らしいって言うのかしらね」


 穏やかに微笑む柚子が、ふいに真剣な目をして由貴へと視線を合わせた。

 まっすぐに視線が絡み合い、逸らしてはいけない緊張感に包まれる。


「ねえ、由貴」

「何だ?」

「私は……」


 戸惑うかのように区切られた言葉。

 視線だけで由貴は会話を先へと促す。


「このバンドは、私の才能が本物であると確認するために始めたもの」

「ああ」

「私の才能が本物だと、証明するために始めたもの」


 まるで自分に言い聞かせているようだと、由貴は思った。


「このバンドは『なずしらゆさ』ではなく、更科柚子の名義で始めたものなの。今日のライブが成功すれば、バンド成功の第一歩になる。私の才能は本物だと証明するための第一歩になる」

「そうだな」

「私の才能は本物だと、私自信に証明できるの」


 以前カフェで話していた内容を思い出し、由貴は頷いた。

 だが、あの時のような必死さはなく、どこか余裕が感じられる。


「でもね」

「うん」

「由貴がさっき言った言葉に、衝撃受けちゃった」

「さっき言った?」

「『まずは楽しもうよ』」


 会場入りが始まったすぐ後で、由貴がメンバーへとかけた言葉だ。

 柚子は笑って言葉を続ける。


「『皆で楽しんで、お客さんにも楽しんでもらおうよ。わたしも人前は緊張するけど、それよりも楽しんで歌いたい。柚子が言ってたように、気持ちを込めて、思いっきり歌いたい』」

「よく覚えてるね」

「それだけ感動したのよ」

「どういうことだ?」


 不思議そうに首を傾げる由貴が面白いのか、由貴はくすくす笑って、


「私、また大事なこと忘れそうだったの!」

「柚子?」

「人から褒められて、どんどん曲作りを頼まれて、忙しさに目が回りそうになって、私は一番忘れちゃいけないことを忘れてた」

「一番忘れちゃいけないことって?」


 視線を逸らした柚子は由貴に背中を見せ、見えないはずの舞台を見ている気がした。




「誰のために、曲を作るのかってこと」




 くるりと振り返る柚子の身体に遅れて、スカートがふわりと膨れ上がる。

 長い黒髪が空気の流れに乗り、優しく広がる。


(ああ、そういえば)


 由貴へと向き直る頃にはスカートも髪も、きちんと元通り治まっていた。

 それでも、由貴の視線は柚子の髪へと注がれる。


(柚子と最初に会った時も、黒髪が目に入ったんだっけ)


「ねえ、由貴」

「なんだい?」

「私の歌、好き?」

「大好きだよ」


 恥ずかしがることも戸惑うこともなく言えば、柚子は満面の笑みを浮かべた。


「ならライブに来てくれたお客さんのために、歌ってくれるかしら?」

「もちろん。それに、柚子への気持ちを込めてな」 

「私? そういえば昨日もそんなことを」

「春奈に邪魔されたからね」

「由貴、それってどういうこと?」

「…………」


 心底分からないと首を傾げる柚子に、


「まだ、知らなくていいよ」


 由貴は苦笑した。


「どういうことよ?」

「それより柚子」

「話を誤魔化さない!」

「ライブ、成功させたいよな」

「当然よ!」

「うんうん、俺らも楽しんで、良いライブにしたいな」

「そうね……って、つい流されちゃったわ。まあもういいけど」



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