第20話 一念天になんとやら 2
自分のギターの調子を確認しながら、どうしても由貴の意識は歌詞へと向く。
(不安だなあ。練習したけど、こんな大勢の前で弾くのも歌うのも初めてだし……)
舞台の方から確実に増えていく気配とざわめきに、指先が震えていることに気づく。
苦笑しながら由貴が周囲を見回すと、柚子が若干落ち着かない様子で楽器と楽譜を何度も確認していた。雛鳥はガチガチに緊張しており、近くにいる春奈にもその緊張が伝染している。柏木は何度も深呼吸しては舞台上の方を気にしていた。
メンバーの様子を見た由貴の手にじわりと汗が浮かぶ。
(ヤバイ、本気で緊張してきたっ!)
あわてて深呼吸をして気を落ち着かせようと努力するが、ふとした不安に駆られる。
(音外すかも! いやむしろ地声が出るかも!? 大勢の人前でまともに歌える自信ないって!! でも今更無理とかやっぱ駄目かもとか言えないし……でも不安になってきた!)
そわそわと落ち着きがなくなり、汗が手のひらだけでなく額にも浮かぶ。タオルで化粧を落とさないように汗を拭き取り、由貴は震える手で楽譜を持ち上げた。
(やっぱりちょっと声出ししておこう! でも、ここでやると皆を不安にさせそうだよな)
楽譜を手に周囲を確認すれば、顔色の悪い雛鳥と心配している春奈と柏木が目に入った。
「あの、大丈夫ですか?」
「無理無理無理無理。ホント無理、もう駄目、死ぬかもしれない」
「落ち着けって、雛鳥ちゃん。ほら深呼吸深呼吸」
「いーやーっ! そりゃバンド組んでたけど、精々学校の体育館で演奏するくらいで、こんな大勢の前で演奏とかしたことないから! 緊張で心臓が飛び出る! 咽から飛び出るから!」
「出ない出ない」
「飛び出ませんから、一緒に深呼吸しましょう?」
「ほらほらいくぞー、はい、すってー、はいてー、もう一度すってー、はいてー」
「すーはー、すーはー」
「そうですそうです。あとは手のひらに人と書いて呑むと効果があるそうですよ」
「観客はかぼちゃと思えとか、演劇とかで良く言うよな」
「とにかく人って書きましょう、雛鳥さん。それを呑むんですよ!」
「んぐっ……ふー、ふー」
「毛逆立てた猫みてーだな、おい。春奈ちゃんよ、あと緊張に効くのってなんだ?」
「人によっては音楽を聴くと良いですよね」
「音楽か。ミュージックプレーヤーあるけど、これでいいか?」
「癒し系の曲がいいんですけど……柏木さんってどんな曲を聴くんですか?」
「ラテン系」
「ポップもジャズも通り越してラテンですか!? いや、むしろピアノ曲とか聴かないんですか? 柏木さんピアノ担当なのに」
「ピアノは好きだけど聴くならラテン系だろ? そういう春奈ちゃんは何聞くんだよ?」
「演歌です」
「そっちの方が驚きだっつーの!! 美少女顔で演歌好きかよっ、渋すぎるだろ!!」
「演歌は日本の心です。雛鳥さんはどんな曲が好きですか?」
「えっええっ、えと、あたしはアニソンと流行曲」
「極端だなおい!」
「混ざり合いそうで混ぜるな危険でしょうか。しかしアニソンなんて聴くんですね」
「ドラえもんは最高でしょ!?」
「いや、オレアニメ観ないし」
「私も観ません」
「もうっ、駄目だよそんなの! ドラえもんの映画は欠かさず見るべきでしょ、日本人として!」
「テレビはバラエティーだろ、クイズ番組とか最高じゃん」
「旅番組と三分クッキングは最高です」
「春奈、年誤魔化してるでしょ!?」
「春奈ちゃん、オレらと同い年とか嘘だろ!?」
「…………」
「いや、悪かった。悪かったから怒んないでくんない?」
「美少女が怒ると怖い、ホント怖い。ごめんなさい」
「……別にいいですよ分かっていただけなくて。そういえば、緊張は取れましたか?」
「あ」
「いやそこで何でまたガチガチになるわけ? このまま緊張抜けるところだろ、ここは?」
「とにかく話して紛らわせるのが一番良いみたいですね」
「……お世話かけます」
スタッフに忙しなく指示を飛ばす柚子を除いて、とても楽しそうな三人を眺め、由貴は緊張が抜けていくのを感じつつ、こそこそとその場を抜け出した。