第19話 一念天になんとやら
開演時間を告げるブザーが建物内に鳴り響き、時間丁度にホールへの扉が開いた。建物の外で行列を作っていた人々が飲み込まれるように中へと入っていく。
その様子をカーテンの隙間から見ていた由貴たちの間に、誰の物とも知れぬため息が零れる。
「二百人って、こんなに多いんだっけか?」
「柏木さん。正確に言うとすべての人が必ず来ているわけではありませんから、少し少ないと思いますよ」
「……もう駄目、あたし駄目、緊張で涙出てきた」
「こんなところで緊張しないでよ、雛鳥。深呼吸でもしなさい」
「でも、いきなりでこの数は多すぎない?」
緊張感からか、由貴たちの声が固くなる。
怖いもの見たさというものか、柏木と春奈は何度も室内と窓の外とを視線が往復していた。
「とにかく、緊張に負けちゃ駄目よ。これは戦なんだから!」
「戦、ですか?」
「そうよ! 今日ここで、私たちの生きるか死ぬかが決まるのよ」
「死ぬって、例えだよね?」
「バンドとして生き残れるか、デビュー初日で死んで消えるかってことだろ?」
「その通りよ、柏木」
「シビアです」
「あたし、緊張で指が動かないかも……」
「でもさ」
一旦言葉を区切った由貴に、視線が集まる。
「まずは楽しもうよ」
自分の言葉に勇気を貰ったかのように、自然と笑顔が溢れる。
「皆で楽しんで、お客さんにも楽しんでもらおうよ。お……わたしも人前は緊張するけど、それよりも楽しんで歌いたい。柚子が言ってたように、気持ちを込めて、思いっきり歌いたい」
「由貴……」
柚子へと、由貴は笑っていった。
その様子を見ていた柏木と雛鳥は深呼吸を始め、春奈はいつもよりも柔らかく微笑む。
「よっしゃー! オレらもいっちょ頑張るか!!」
「由貴の言うとおり、楽しんだもの勝ちよね?」
「たまには良いこと言いますね、由貴さん」
「春奈は一言多いよ」
「でも少し緊張感が抜けたみたいね。開演まで間があるから、そろそろ最終チェックに入ってちょうだい!」
柚子の声に、各々が賛同して散っていく。
「由貴、チューニングこれでいいかな~?」
「なんでわたしに聞くの、雛鳥?」
「緊張しすぎて、自信ない!」
「そんな胸張って言うことじゃないよ……」
「雛鳥さんの気持ち、とても良く分かります。由貴さん、私もこれで大丈夫でしょうか?」
「春奈……なんでわたしに聞くかな?」
「雛鳥さんに聞いても、やっぱり由貴さんに聞くことになりそうなので」
「……多分いいと思うよ。わたしだって自信ないし」
「でもほらっ、由貴は落ち着いて見えるから!」
「春奈の方が落ち着いて見えるでしょ!」
「由貴さん」
そう言って、春奈は由貴の手を掴んだ。
突然のことにぎょっとし驚きのままに手を振り払おうとして、由貴は春奈の手が小刻みに震えていることに気づいた。
「…………緊張してるんだ」
「当たり前です」
「良かった! 仲間だね、春奈!」
「仲間ですね、雛鳥さん」
「いや、わたしも緊張してるから」
「見えないよ?」
「見えませんね」
「でもわたし、ギターは趣味でやってただけだから人前で弾いたことないよ?」
「由貴はきっと本番に強いんだよ」
「度胸があるんですね。ちょっと格好いいです」
「…………たぶん違うと思うけど」
そう言って、ため息をついた。