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ガールズバンドはじめました  作者: やなぎ のき
18/24

第18話 安に居て危をなんとやら


「なるほど、確かに由貴ちゃんはカツラつけた方が可愛いな!」

「へ?」

「宣伝効果狙いまでばっちりとは柚子様々じゃね?」

「は?」

「まあカツラつけさせられるってのは嫌かもしんねーけど。由貴ちゃんも大変だよな」

「…………はい?」


 うんうんと頷いて一人納得する柏木の様子に、話についていけない由貴はただただ呆然と立ち尽くした。


「えーと……柏木?」

「ああ、悪い悪い。柚子に伝言頼まれてさ、ライブでちょっと変更箇所があんだけど」

「はあ」

「急に歌詞の変更したいとか言い出してよー。二曲目の出だしを変えたいって――」


 そうして伝言を済ますと「んじゃあ後でな」と言い残し、ごく普通に部屋を出て行った。

 最後まで呆気にとられたままの由貴は、へなへなと力なく床に座り込んでしまう。


「ばれてない?」


 柏木の出て行った扉を見つめ、腑に落ちない気持ちになる。

 何故ばれなかったのかと首を傾げたところで、


「由貴!」


 ばたんっと勢い良く扉を開けて人が飛び込んできた。

 呆然としていた由貴は、突然の音と声に驚き、飛び上がるように床から立ち上がる。


「ゆっ柚子?」


 飛び込んできたのが柚子であることに気づくと、由貴はどっと身体の力が抜けたことに気が付いた。

 知らず知らずのうちに、緊張とハプニングで身体が硬直していたのだ。


「由貴、ごめんなさい。驚いたでしょ?」


 済まなそうな顔をして言う柚子に、由貴は上手く回らない頭で頷く。


「柏木のこと?」

「そうよ。同じ部屋だった柏木にあなたへの伝言を頼んじゃって……。本来なら雛鳥と春奈の方を頼むのに、急いでいて間違えちゃったのよ」

「はあ」

「というか由貴のこと男だって、すっかり忘れてたわ」

「忘れるなよ!」

「忘れるわよ! こんな可愛い子が男なんてありえないでしょ!」

「なんだよそれ!」

「一般的に見て容姿が整ってると言われる私や、文句なしの美少女な春奈より可愛いくせに、男とかあんたは新しいジャンルでも開拓する気なの!?」

「意味分からん! つかこの格好は柚子の所為だろ!?」

「そうよ。全力で褒めなさい。良くやったわ私」

「褒めろとか言いながら自分で褒めるのかよっ!」

「いちいち煩いわね。とにかく由貴は私の中で女の子なのよ」

「俺は男だ! ていうかお前の部屋で着替えて上半身裸だって見てるくせに何で忘れるんだよ!!」

「ふっ、由貴。あなた分かってないわね」


 急に真面目な顔をする柚子に、由貴は気おされるように半歩後退した。

 だが、そんなことは許さないと言わんばかりに、肩を掴まれる。


「自分より可愛い男なんて、いるわけないと思うのが女なのよ」

「知るかよっ!」


 べしっと音を立てて、由貴は柚子の手を振り払った。


「まあとにかく大丈夫だったんでしょ? それとも何か問題あった?」

「ある意味で、大問題があったよ」

「どういうこと?」


 由貴は手に持っていたカツラをずいっ、と柚子へ見せる。


「これ、かぶる直前に入ってこられた」

「だから?」

「この格好で、何で男とバレないんだ? つか宣伝効果とかどういうこった?」

「ああ、そのこと?」


 柚子は由貴の手からカツラを受け取ると、由貴の頭へと被せる。

 櫛と手で違和感のないように整え、満足気に微笑んだ。


「だってあなた、私たちの中で一番可愛いでしょ?」

「……はあ?」

「だからメンバーの中で一番可愛いのは、由貴だって言ったのよ」

「それとさっきの話と、どう繋がるんだ?」

「あなたねー、鏡見ないの? こんな可愛い子目の前にして、何とも思わないわけ?」

「自分の女装姿に何を思えと?」

「それはともかく」

「いや、そこは流さないでくれ頼むから」

「由貴はバンドの華なんだから、色々と補正があってしかるべきでしょ」

「だからスルーしないでくれって。いやそれよりも補正って何だよ?」

「補正は補正よ。写真とかでもやるでしょ? 写真を綺麗に見せるための加工よ。プリクラとかでも補正するやつがあるじゃない」

「しらねーよ」


 由貴の言葉に、柚子はため息をつく。


「そういうものがあるのよ、それで納得しなさい。とにかくバンドの華であるあなたを、可愛く見せることは必要不可欠なのよ」

「バンドってのは曲と演奏勝負だろ? あとパフォーマンス」

「パフォーマンスを売る気はないのよ。だから練習してないでしょう?」


 そういえばそうだと、由貴は頷く。


「私は曲と演奏で勝負したいのよ」

「なら補正とかいらねーじゃん」

「いるのよ、大事なのよ! 曲と演奏を聴いてもらう前に、あなたで客呼びするんだから」

「はあ?」

「いいこと由貴。人間にとって一番大事なのは見てくれよ。第一印象は見た目が全てよ」

「お前それは言っちゃ駄目だろ……ほら、人間一番大事なのは中身だろ?」

「それは親しくなってからよ。あと見た目に自信のない人ね」

「いや、中身は大事だと……」

「なら聞くけど。春奈のような美少女と、ゴツくてムサくて毛深い男に同時に声をかけられたら、どっちを相手にする?」

「春奈のような美少女」


 迷わず即答する。

 そんな由貴を、ほらみなさいと柚子は鼻で笑った。


「第一印象が大事でしょ?」

「いやこれは男として当然の反応って言うか………………はい」

「数多くあるバンドの中で、売り込むための第一関門が容姿よ。歌を聴く前の判断材料って言ったら、見た目とかグループ名でしょ? 路上ライブとかしてたなら口コミの宣伝もあるけど、私たちが人前で演奏するのは今回が初めてなんだし」

「確かにな……つーか路上ライブとかせずに、いきなりライブでホント良く客が入ったよな?」

「私の人徳よ」


 由貴は、胡散臭いものを見る目で柚子を見た。


「何よ、文句あるわけ?」

「別に」

「……まあ正確に言えば、両親のツテだけど」

「柚子のツテじゃないのか?」

「私のだと『なずしらゆさ』のツテになるのよ。それを隠してやってるのに、バレる真似するわけないでしょ?」

「そりゃそうか」


(というか柚子の両親って何やってるんだ?)


 柚子家の豪邸を思い出し、成金と単語が浮かんだところで由貴は強制的に思考をシャットダウンした。

 言葉にしてはいけないことが世の中にはたくさんあるのだと、柚子に出会って学んだからである。


「どうかした?」

「なんでもない……えと、とにかく容姿は大事だって話だよな?」

「そうよ。客引きパンダならぬ、客引き美少女よ」

「……つか春奈がいるんだから問題なくね?」

「その春奈より可愛い由貴が言っても、嫌味にしか聞こえないからね?」


 由貴は憮然としてため息をついた。


「美少女ってそういう顔をしてても可愛いのね。ずるいわ」

「嬉しくない」

「喜びなさいよ。世の中には美少年にも美青年にも美中年にもなれない男が山ほどいて、その中で女装の似合う男なんてもっといないのよ? 由貴は美少年じゃないけど美少女になれる。それを喜ばないなんて贅沢だわ」

「いや、それは絶対におかしい。男で美少女になれても喜ぶやつのほうが少数だろ!?」

「ならその少数になればいいのよ」

「断固として断る!」


 そう言いつつ、由貴は自分が美少女になって喜ぶ姿を想像する。

 ある意味吹っ切れたような様子と満面の笑顔に、全身に鳥肌が立つのを感じた。


(男として、大切なものを失う気がする……)


「我が侭ねえ。えーと、とにかく話を戻すわね」

「我が侭じゃない。断じて俺は我が侭じゃない」

「煩いわよ。話を戻すって言ってるんだから、蒸し返さないでちょうだい」


 柚子がじろりと睨みつければ、由貴はすぐさま大人しくなった。


「とにかく由貴が色々と補正されてることは、他のメンバーに伝えてあるの。だから多少見られても問題ないわ」

「ちょっと待て。その色々と補正って何だ?」

「例えばあなたが初めて女装したその日に、雛鳥にバレそうになった時のこととか」


 コードに引っかかって転んだ拍子に、雛鳥の手が由貴の胸に触れたことだ。

 それほど古くもない思い出したくない記憶に、由貴は若干遠い目をする。

 周囲のフォローが時には罵声よりも胸を抉るのだと、当時を思い出した由貴はそっと目尻を拭った。


「あの時か」

「胸を大きく見せるためにパッドしてるって言ったでしょ? あの後もいくつかね」

「いつの間にそんな話を……」

「由貴がいない時よ。やっぱ聞きたくないでしょ?」

「聞きたくない」

「だからよ。まあ補正箇所は胸と髪と、言葉遣いなんだけど」

「言葉もか!」

「気を抜いた時とかボロっといくかもしれないからね。柏木だってカツラは驚かなかったでしょ?」

「一人で納得してた」

「私の地道な裏工作が身を結んだ証拠ね。」


(裏工作って嫌な響きだな)


 そう思っても、由貴は声に出さなかった。


「柏木たちは俺の髪がカツラだって、前から知ってたってことか」

「そういうことよ」

「それならそうと早く言ってくれよ。見られたとき、寿命が縮むかと思った」


 ほっと安堵のため息をつく由貴に、柚子はにっこりと微笑む。


「常に程よい緊張感があった方がバレにくいと思ってね」

「程よくないガチガチの緊張感なんだけど」

「でも、その方が慎重になるでしょ?」

「俺はこの数ヶ月、というか柚子に会ってから絶対に寿命が四、五年減った」

「百五十歳まで生きるなら、数年程度問題ないでしょ?」

「そんなに生きるのか!? その前に自分の寿命なんて知るか!」

「今のは笑うところよ?」

「無茶振りするな! あぁもうっ!」


 由貴は髪をぐしゃぐしゃにして頭を掻くが、地毛でなくカツラであることを思い出し、あわててリボンを外して髪に櫛を入れた。


「もうっ、何やってるのよ」


 呆れた顔をした柚子に櫛を取られ、髪を梳かされる。


「誰の所為だと思ってるんだよ」

「自業自得でしょ」

「今のは柚子から与えられた、ストレスが原因だ!」

「はいはい、分かったから大人しくしてなさい」


 まるで駄々をこねる子供をなだめるような柚子の態度に、由貴は憮然としたままされるがまま大人しくしていた。


「由貴が」

「ん?」

「由貴が何を心配してるか、ちゃんと分かってるよ」

「当たり前だ。そうでなきゃ困る」

「うん、まあそうなんだけど」


 背後で髪をいじる柚子の顔は由貴には見えないが、笑ったような気がした。


「あんまり過敏に反応しなくてもいいのよ」

「バレたら変態のレッテル貼られるだろーが」

「うーん、でもねえ……」


 慣れた手つきでリボンが結ばれる。柚子の手が離れてから、由貴はツインテールの頭を横を向いていて見えなかった鏡に映して、具合を確かめる。

 ライブ中に解けないよう、緩くないことを確認した。


「さっき私が由貴のこと、男だと忘れてたって言ったじゃない?」

「その辺のことは、今すぐに忘れたいんだけどな」

「まあつまりね」

「またスルーか? またスルーするのか? 女は皆そうなのか!?」

「由貴」


 興奮気味の由貴を、柚子が真剣な顔をして名前を呼ぶ。


「なっ、なんだよ?」

「あなたは知らないというか、認めたくないんでしょうけど」

「な、なにを?」


 柚子は一旦、言葉を区切る。


「由貴。あなたは否定したいでしょうけど。女の子の服着て、化粧を施されたら、いくら髪が短いからってあなたは男の子に見えないのよ?」

「…………なにを、言って……」

「だからね、カツラつける前でも十分すぎるほど女の子だったのよ、あなたは」

「いや、それはないだろ!? 後ろ髪短いだろ!」

「ぶっちゃけそのくらいの長さなら、女の子でもいるから」

「化粧だって、別に濃いわけじゃ」

「厚化粧は老化の元よ。ナチュラルメイク可愛いでしょ?」

「おれ、おとこ」

「由貴」


 ぽんっと由貴の肩に手を乗せて、


「カツラがなくても、服を着て化粧しただけでも、あなたは完璧に女の子よ」


 満面の笑みを浮かべた。


「自信を持って。あなたならきっと、有名事務所にスカウトされるわ」

「誰もそんなこと望んでない!」

「なら男の人にモテモテ? 町を歩けば大人気間違いなしよ」

「男の俺が、男にモテて嬉しいと?」

「一人で歩いたのなら、もうナンパされ放題ね」

「ないから。一人で歩いたことあるけど、なかったから!」

「それはきっと周囲が互いに牽制しあってたのかもね。大丈夫よ、由貴はきちんと女の子だわ」

「何が大丈夫だ!」

「このライブ、成功したも同然ね。こんなに可愛い客引き美少女がいるんだし」

「ライブは曲が一番大事だろ!? あとホント頼むから、人の話を聞いてくれ!」

「私の自信作なんだから勝ったも同然だわ。由貴、ちゃんと客に可愛く微笑んでちょうだいね」

「またスルーかよっ、何だよ、何で皆スルーすんだよっ、人の話くらい聞けよっ!!」

「もうっ、由貴ったらちゃんと私の話聞いてた? 会話は生物にとって最高の進化の証よ」

「お前が言うな!」


 怒りのままに由貴は手近な壁を殴りつける。

 その直後、柚子から頭を叩かれた。


「何すんだよっ」

「これからライブなのに手を痛めるような真似しないの」

「誰の所為だと……」

「とーにーかーくー、由貴は自信持って舞台に立ちなさい。笑顔を忘れずにね!」

「無表情が売りとか」

「それは春奈がいるもの。こんなに可愛いんだから、愛想くらい振りまきなさい」

「だから、俺は男」

「今は女の子よ」


(惚れた女に女装させられて、しかも似合うとか言われる俺って、どーよ?)


 間違いなく、この建物内で一番の不幸は自分だと、由貴はため息をつく。

 世界一自分は不幸などと甘ったれたことは思わないが、建物内程度なら一番の不幸だと嘆くことは許される気がしたのだった。


「辛気臭いため息禁止!」

「幸せについて考えてるんだ。ため息くらいさせてくれ」

「ため息つくと幸せが逃げるんでしょ?」

「逃げるほど幸せが残ってない」

「なら私が後で、幸福のおすそ分けしてあげるから、少しは明るい笑顔になりなさい」

「幸福のおすそ分け?」

「ライブが終わったらだけどね」


 そう言って微笑む柚子を見て、由貴は苦笑した。


(何だか柚子が笑うと、さっきまでのことが全部どうでもよくなってくるな)


「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」

「ちょっと長居し過ぎたな。皆、怒ってるんじゃないか?」

「謝れば大丈夫よ。ほら、行きましょう」


 手を引かれて、楽屋から出る。

 ざわめく多数の人声と、活気に満ちた空気。

 程よい緊張感が身体に走り、繋いだ手が少しだけ湿っぽいと感じた。

 そんなことはお構いなしと歩き出す柚子の背中を見ながら、由貴は自然と笑っていた。



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