第17話 化けの皮がなんとやら
常に人ごみで賑わう駅を出てすぐの大通りを道なりに歩くと、薬局やコンビニ、喫茶店などといったごく普通の店舗が立ち並ぶ。その一角に、存在感のあるビルが立つ。外観は古びた灰ビルのようだが、中へと入れば真新しい内部に古いのは外観だけだと分かる。
正確にはあえて外観だけを古びて見えるよう作られているのだが、その所為で入りづらいという要素はない。内部が見通せる大きい出入り口と、はめ込み型の広い窓ガラスが入りづらく思わせる要素を軽減しているのだ。
(それならいっそ、外観も綺麗にすればいいのに)
建物を見た由貴の意見だが、まったく同じことを柏木も思ったらしく、この建物内にあるライブハウスを手配した柚子へと質問した。
そして返ってきた答えと言うのは、
『ライブハウスってちょっと古臭い方がいいじゃない』
だった。
その回答に柚子以外の四人はぽかん、と呆気に取られたのだが、柚子は一人ご機嫌で中へと入っていった。
ライブハウス内では、柚子が手配したスタッフがあわただしく準備に追われている。柚子の後へとついて裏方の方へと回ると、いくつかの部屋が並んでいた。
「更衣室はこの辺ね。ちょっと室内の広さの関係で別々になるから。右の部屋は私と柏木、左の扉は春奈と雛鳥、その隣は由貴が使ってちょうだい」
「由貴ちゃんだけ一人?」
「だって狭いから三人は無理よ? それに由貴には私たちよりも目立つ衣装を着てもらうし」
「ちょっと待った。それ初耳なんだけど!?」
さらりと述べた柚子の言葉に、由貴はすかさず待ったをかける。
だが、そんな由貴の反応など予想していたと言わんばかりに、柚子が素早く由貴以外のメンバーへと目配せした。三人は心得たと言わんばかりに頷く。
「何を言っているのよ、由貴は!」
「そうだぜ、由貴ちゃん! アイドルは目立ってこそだぜ!」
「あたしたちの中で一番可愛いんだから着飾らないと! 由貴はポジション的にも一番目立つんだし」
「ボーカルは中央に立ちますからね。地味な格好だと印象薄くて、これからのバンド活動に差し障りますよ?」
「それは困るわ。あなたにはバンドの華になってもらわないと!」
「CDとか出すなら由貴の役目はジャケットだぜ。バンドは目立ってこそなんだし」
「特にアマチュアバンドなんて、目立たないことには始まらないよ」
「それとも由貴さんは今回のライブ、失敗させたいんですか!」
「…………着させていただきます」
四人の少女に詰め寄られ、由貴は半泣きになりながら弱弱しく言った。その言葉を聞いて喜ぶ四人が手を叩き合っている姿に、由貴は項垂れる。
(女の子って卑怯だ)
柚子と出会ってから由貴の女の子へと抱いていた甘い砂糖菓子のような幻想は、悉く破壊され踏み砕かれ、粉々の木っ端微塵にされる。
そんなこととは露知らず、きゃっきゃと賑やかに更衣室へと入っていく少女たちを見送り、由貴は引きずるような足取りで割り振られた自分の更衣室へと入った。
室内の広さはざっと四畳ほど。壁に化粧台として使う鏡と備え付けの台、椅子があるだけのシンプルなものだった。柚子が言った通り、三人では手狭に感じるだろう室内を見渡して、由貴は壁に掛かっているカバーのかかった服に気が付く。カバーの上に『これが衣装よ!』と書かれた、柚子の否と言わせぬ強制力を漂わせた紙が貼り付けられていた。
(とんでもなく嫌な予感がする)
柚子に会ってから由貴は自分が第六感に目覚めたのではないかというほど、嫌な予感には敏感になったのだが、未だかつて回避できたことはない。
それは自身の回避能力に不備があるのか、それを上回る強制力を柚子が持っているのか、現実逃避に走る脳内で由貴はしばし考えに浸っていた。
「……いかんいかん。いつまでも逃避に走るわけには」
首を振って考えを振り払い、由貴は意を決してカバーを取り外した。
まず目についたのが首元にある赤いリボン。胸元に布で出来たコサージュがあしらわれた白いシャツは袖口にレース、裾にフリルがあり後ろで絞るための長いリボンがついていた。
下に穿くのはたっぷりのフリルが段々に重なったミニスカートのようなティアード風ショートパンツで、膝が見えてしまうほど短いが、ふくらはぎが完全に隠れるロングブーツを穿くことで活発な印象を与える。
きっちりとしたステージ衣装のようなものではないが、ラフになりすぎないチョイスは由貴にぴったりだった。
「柚子、お前は男の俺に、こんなもん着せてどーするよ……?」
膝と両手を床に付き項垂れる。
しかし柚子はおそらく『似合うわよ』の一言で済ますであろうことは想像に難くなく、由貴は泣きそうになるのを堪えながら服をハンガーから外した。
着ていたシャツにジャケット、ズボンと脱いで引っかからないようカツラも外す。
ショートパンツを穿き、ワイシャツとリボンを解いて、コサージュの付いた白いシャツを羽織る。ボタンを留めてから首元の赤いリボンを結び、鏡を見ながら腰のラインが整うように絞り、後ろ手にリボンを結んだ。軽く整えながら鏡で前と後ろとを交互に確認し、由貴は満足げに頷いた。
「完璧だな…………て、女物が完璧に着られるようになってどーすんだよ、俺は!」
はたりと正気に戻り自分ツッコミで大ダメージを受ける由貴。
「……今は深く考えないでおこう。正気に戻ったら駄目だ。馬鹿にならないと」
そう暗示をかけるよう自分に言い聞かせ、大きく肩を落として鏡の前へと座り、鞄から化粧道具を取り出した。
ライブの日は柚子も自身に掛かりきりになると予想され、自分で化粧出来る様、着替える時に少しずつ習わされたため、由貴は一人でも化粧が出来るようになっていた。
「男が化粧……いや、テレビに出るような男はしてる。特にアイドルとか歌手はしてる。だからこれは何もおかしいことじゃない。化粧は技術だ、習えば誰でも出来る。おかしなことじゃない」
そう言って、由貴は自身に言い聞かせた。
「まずは下地を塗って、ファンデとアイシャドウ、アイラインを引いてマスカラにチーク……柚子に初めて化粧された時はどんな呪文かと思ったけど、慣れって怖いもんだな」
苦笑しながら、手際よく自身に化粧を施していく。
最後の仕上げに口紅を薄く塗り、カツラに手を伸ばす。櫛で整えてから衣装に合うようにと用意されたリボンを結んだ。
「今日でこれも最後になるよな。柚子はライブまでって言ってたし」
手の中にあるカツラを感慨深げに眺めて、由貴は気合を入れた。
「よしっ、やるぞ!」
「わりぃ由貴ちゃん、ちょっと入るぜ」
ノックもなく突然部屋へと入ってきたのは、柏木だった。
突然のことに、由貴は頭の中が真っ白になり硬直する。
由貴の手には未だにカツラがあり、柏木の視線は由貴の短い頭髪をばっちり目撃していた。
あまりの事態に、由貴の顔からは血の気が抜けていく。
(見られた! ヤバイ見られた見られた見られた! これ絶対バレた!! 女装趣味の変態男だって思われる! それよりライブ直前でバレるとか、柚子本当にごめん! 俺はもう君の力にはなれそうもない)
絶体絶命だと真っ青な顔をして、由貴は高くもない天井を見上げた。