第16話 犬猿のなんとやら
「いよいよね」
「おう」
「うん」
柚子の緊張した声に柏木と雛鳥が答え、由貴と春奈は頷いた。
「明日が、ライブの当日よ」
「あっという間だったなー」
「まあ練習しかしてないからねー。あたしたちは学校が同じなわけじゃないから、放課後の短時間と休みの日しか練習出来ないし」
「そうですね。正直、ミスをしないか不安です」
「春奈ちゃん、そういうこと言うとオレら不安になるから!」
「うーわー! 緊張してきた!」
「ライブは明日なんだから今から緊張しないでよ、雛鳥。柏木と春奈も練習通りやれば問題ないわ」
「ありがとうございます!」
「さんきゅー!」
明るく笑う三人を横目に、楽譜から視線を逸らさない由貴へと柚子は近づいた。
「問題は由貴よね。歌詞大丈夫?」
「さすがに一ヶ月程度の時間で五曲はつらい」
「まあでも、楽譜に歌詞が書いてあるんだから忘れても大丈夫でしょ? 丸暗記しないと駄目なわけじゃないんだから」
「ギター弾きながらだから歌詞は覚えてないと、弾くのを忘れそうなんだよ」
「大丈夫よ、雛鳥がフォローするんだから」
「それは期待してるっていうか、信頼してる」
「しないで! そこは期待に答えるところだって分かってるけど、信頼されるほど自信ないから! 緊張でがくがくぶるぶるぞわぞわ~だから!」
「よし、由貴ちゃん! 雛鳥に任せておけ!!」
「分かった!」
「お願いだから頑張ってー! ホントに自信ないの!! ライブハウスで演奏とかしたことないの! 緊張で指が動かないかもしれないから、むしろあたしをフォローしてー!」
頭を抱えて座り込む雛鳥の肩を、ぽんぽんと優しく春奈が叩く。
「はるなぁ……」
少しだけ涙目になっている雛鳥に、優しく微笑んで、
「頑張ってください」
春奈は握りこぶしに親指を立てた。
「はーるーなー!!」
「うーん。てっきり由貴がいじられ役だと思ってたんだけど、見事に雛鳥がいじられてるわね」
「だって雛鳥の反応の方が面白いからさー」
「いじられるより、いじる方が面白いね」
「同感です」
「うわーんっ、間違えて恥じかいたら皆の所為にしてやるー!!」
両手で顔を覆う雛鳥に、ひとしきり笑った柏木が宥めにかかる。その横で春奈はフォローしたり、慰めたり、いじったりと楽しそうに笑う。
「春奈と柏木は絶対にSだ」
「サディスト、ね。なら雛鳥はマゾ?」
「本人は全力で否定すると思うけどね。というか、本当に自信ないんだけど……」
和気藹々とする三人から視線を逸らし、由貴は楽譜へと視線を戻す。
「大丈夫よ。そんなに気を張らなくても」
「初ライブなんだから、普通に気は張るだろ?」
「肩の力入れたって駄目よ。大事なのは歌に込める気持ちなんだから」
「気持ち、か」
「そうそう。私の歌を好きだと言った由貴が、私の歌にどんな気持ちを込めるのか楽しみだわ」
「…………なら」
由貴は視線を楽譜から、隣に立つ柚子へと向ける。
「柚子への気持ちを、込めるよ」
「……由貴?」
「柚子さん!」
一体どういう意味かと柚子が問う前に、春奈が声を上げた。
明らかに意図を持って上げた声に、何も知らない柚子が振り向き、由貴は柚子へと気づかれないよう密かに舌打ちする。
そんな由貴の様子を知ってか知らずにか、春奈が駆け寄ってきた。床を覆うコードを器用に避ける辺り、一度コードに引っかかって転んだ由貴は苦々しく思う。
「どうかしたの?」
「雛鳥さんは柏木さんに任せたので、ちょっと柚子さんとお話したくて……もちろん由貴さんとも」
「付け足すように言わなくていいよ。勝手に会話に参加するから」
「嫌ですね由貴さん。他意はないですよ?」
「そういう台詞が出る時点で、他意があるんだよ、春奈」
「何のことでしょうか、まったく分かりません」
「白々しいよ、きちんと分かってるくせに」
「うふふ」
「ふっふっふっ」
「…………仲いいねー」
「どうしてそうなるの!?」
「どうしてそうなるんですか!?」
同時に発した抗議の声に、春奈と由貴は互いに見つめあい苦虫を噛み潰したような顔をした。
そんな二人に気づくことなく、柚子はのんびりと微笑む。
「ほら、仲良し」
「そんなことないから」
「まったくその通りです。由貴さんの意見に同意ですが、これに限っては仲良くありません」
「どういうこと?」
「柚子は分からなくていいから。とにかく、歌詞はなるべくギリギリまで暗記するよ」
「そうですね。それがいいと思います」
「何で話を逸らすかな? 何か私に言えないことでもあるわけ?」
「ないよ、まったく」
「ありません、まったく」
「不本意だけど春奈とは意見が一致するね。不本意だけど」
「本当に不本意ですけど由貴さんとは意見が一致します。不本意ですけど」
「…………むかつく」
「…………その点も同意見です」
「……やっぱり仲良しじゃない」
にらみ合う由貴と春奈の様子に、柚子はため息をついた。