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ガールズバンドはじめました  作者: やなぎ のき
14/24

第14話 胸襟(きょうきん)をなんとやら 


 駅前にあるファーストフード店に入り、適当に注文を済ませた後、由貴と春奈は隅の席へと陣取った。夕方のために店は混雑していたが、丁度入れ替わりに席へとつけたのだ。

 背広姿の男性多数に、OL風の女性たち、学生服を着た男女などなど、幅広い層が利用している。安くて店内に長い出来るファーストフードは若者から中高年にまで絶大的な人気を誇っており、夕方頃は特に込んでいる時間帯でもある。それでも席へとすんなり座れたのは、幸運と言って良いかもしれないと由貴は思った。

 デザイン重視で座り心地の悪い椅子へと腰掛け、反対の固いソファに春奈が座った。

 しばらくは二人とも無言で飲み物を消費する。

 がやがやと騒がしい店内に置いて、由貴と春奈の席だけ妙な緊張感があった。

 言い知れない緊張感と沈黙に耐え切れなくなった由貴が先に声をかける。


「……えと、それで、用件は……?」


 飲み物を飲んでいたはずなのに、咽が渇くような錯覚を由貴は味わった。


「はい、実は……」


 言いかけて、春奈は一旦言葉を切った。

 どうしたのかと由貴は首を傾げたが、春奈の視線を辿って理解する。

 由貴たちから少し離れた位置に座る制服姿の少年たちが、ちらちらとこちらの様子を伺っていたのだ。由貴がさり気なくぐるりと店内を見回せば、制服姿だけでなく私服姿の男性たちまでもが二人の様子を気にしている。


「…………わたし、何処か変?」


 何となく自分に集中している視線を不思議に思い、由貴が春奈へと聞けば深いため息をつかれた。


「それ、本気で言ってますか?」

「なにが?」

「本気なんですね。良く分かりました」


 由貴の混乱など気にせず、春奈は一人納得したと頷く。


「鈍い人ですね」

「そんなこと初めて言われたよ」

「……それ絶対に嘘です。もしそうなら、周囲も同じくらい鈍いです」

「えーと……ごめん、つまりどういうこと?」

「由貴さんの容姿を皆さん見ているんですよ。稀に見る美少女ですから」

「美っ!?」


 由貴は体中に鳥肌が立ったのを感じたが、かろうじて冷静に上げかけた腰を椅子へと押し付けた。


「…………ありえない」

「そうですか? 自分で言うのも何ですが、私は容姿を売りにしているアイドルよりも可愛い自覚があります。スカウトの名刺だって出かけた先で必ず貰いますし、実際に周囲からよく言われます。ですが上には上がいることを由貴さんと会って知りました」


(俺は男だから!)


 そう叫びそうになった言葉を辛うじて飲み込み、由貴は顔を引きつらせる。


「由貴さんだってスカウトの名刺くらい貰ったことありませんか?」

「ありません」


 即答する由貴に、春奈は「おかしいですね、由貴さんが貰わないなんて」と言い、首を傾げた。

 由貴が名刺を貰っていないのは、ただ単に女装をして外を出歩くことがないからだ。バンド練習が終わればメンバーの帰宅後に着替えてしまうので、今回を除けば女装して外を出たのは親睦会だけとなる。もちろんそんなことを知りもしない春奈は、ただただ不思議そうな顔をしていた。


「えと、それより相談って何かな?」


 由貴は緊張した面持ちで問いかける。

 春奈とコミュニケーションを取る時、由貴は常に緊張した態度で接していた。それというのも、春奈が男嫌いだからである。今まで男と接している所を見たことがないため、どれほど苦手意識を持っているのか由貴には分からないが、男であることを隠している以上、バレた時の由貴へ向ける嫌悪感は誰よりも強いだろうことは想像出来る。そしてバレないよう気を使うと、どうしても緊張した態度を取ってしまうのだった。


「実は……」


 春奈は身を乗り出し、薄いピンク色の唇を由貴の耳元へと近づけた。

 黒い艶やかな髪と白い肌が目に入り、鼓動が自然と早くなる。

 手のひらから緊張で汗が噴出し、自然と咽が鳴った。


「柚子さんのことなんだけど」

「………………は? 柚子?」


 突然出てきた名前に由貴が目を白黒させて驚くと、春奈は真剣な目をして、


「由貴さんは柚子さんとお付き合いされているのですか?」


 そう問いかけた。

 混雑した店内で周囲に聞かれないため、身を乗り出して由貴へと問いかけたのだろう。だが自身で言ったとおり、春奈は十人中十人が美少女だと口を揃える容姿をしている。

 そんな彼女が理由も分からず急接近したことで、由貴の心臓はマラソンを終えた時のような動悸の激しさを味わったのだった。そして追い討ちをかけるかのような耳元で囁かれた言葉に、由貴の思考は停止する。

 白紙のような、誰も手を入れていない雪のような、真っ白なものが思考回路を覆いショートさせていく。

 美少女と内緒の密談という男としては嬉しい展開のはずが、今の由貴にそんなことを思う余裕はない。


「柚子と、付き合ってる、か?」

「そうですよ、どうなんですか?」


(どうなんですかって、どうなんだよ!?)


 由貴自身、自分の考えていることが理解出来ないほど混乱していた。

 春奈の言葉を吟味するように頭の中で転がし、ようやく言葉の意味を理解したところで、ぼっと火が付く様に顔が赤くなる。

 思考回路が熱で焼き切れてしまうのではないかと思うほど、顔中に熱が溜まり由貴の頬や耳を薄桃色に染めた。そんな由貴の恋する乙女の如き姿は愛らしく、二人の様子をさり気なく観察していた男性陣の鼓動を強くときめかせる。

 もっとも二人はすでに周囲の様子など眼中にない状態だったが。


「……えっ、えっとー」


(柚子と付き合ってるかだって? そんなことあるわけないだろーが! 無防備に男を自分の部屋に上げて女装させて、しかも自分が使用したことのある下着を着せようとする女が色恋沙汰とか無理だろ! そりゃあ柚子は偉そうだけどよく言えばカリスマタイプだし、無茶苦茶言うけど目が離せないし、人に女装は強要するけどそれも今はいいし。駄目な曲作ったかと思えばバンドで泣きたくなるくらいいい曲作るし、とにかく破天荒すぎて付いて行くのも大変だけど…………ん? 何か考えるべきことが横道にそれてる気がする。しかも俺何か見落としてないか?)


 何かしっくりこない感覚に、由貴は首を傾げた。


「どうかしましたか?」

「えっ、あ、その……」


 由貴の様子に春奈も不思議そうな顔をする。

 自分でも何が引っかかっているのか分からないため、由貴は困った顔をして俯いた。そしてテーブルに映る自分の顔を見て、違和感が何であったのか理解する。


(俺、女の格好してるんだよな? それで付き合ってるっておかしくね!?)


「春奈、そのっ、柚子は女の子で……」

「何を当たり前なことを言ってるんですか?」

「いやだから、わたしたちも……おっ女だし」


 由貴は自身の口から、自分が女だと言うのに少しだけ口ごもるが、


「それが何ですか?」


 心底不思議そうに首を傾げる春奈に、由貴もあれ、と首を傾げる。


「だっ、だから、付き合うとか、ないから……」

「そうなんですか?」

「うっ、うん」

「それは良かった!」

「えっ?」


 由貴の言葉に、落ち着いた表情しか見せなかった春奈が、満足そうな笑顔で笑う。

 その反応に由貴は大いに戸惑った。


「それ、どういう……?」

「私は柚子さんが好きです」

「…………ごめん、もう一度言って」

「私は柚子さんが好きなんです、由貴さん」


 笑顔から一変、真剣な顔をして春奈が言う。


「でっでも、女同士でしょう?」

「それが何ですか? 別に私は女の人が好きなわけじゃないですよ、好きな相手がたまたま同性だっただけです。それっていけないことですか?」

「え……でもっ、その」

「一応先に言っておきますが、私は女として、柚子さんが好きなんです。男になりたいとは思っていません。確かに男性は苦手ですし嫌いですが、恋愛対象としては普通に男性を好きになるでしょう。その好きになる男性が見つかる前に、柚子さんに好意を持っただけのことです」


 呆気に取られる由貴を置いて、春奈はエンジンのかかった機械のようにヒートアップしていく。


「そもそも柚子さんの素敵なところは数えられないくらいあるのですから、彼女に好意を持つのが男性に限られると思う方がおかしいのです。私の感情だって本来なら憧れの域を出ないはずですが、柚子さんと時間を共にしている間にどんどん気持ちが膨らんでいったんです。それはまるで乾いたスポンジに水を吸わせるようなという例えは良くありますが、まさしくそのような心境なのです。恋に恋しているわけでも、憧れと恋をごっちゃにしているわけではありません。恋愛感情と憧れをごっちゃにしてしまうのは恋愛経験が乏しい私たちくらいの年齢なら仕方のないことですが、私が柚子さんへと向ける感情は正しく恋なのです。愛は与えるものであり、恋は欲しくなることだと聞いたことがあります。恋する相手の気持ちが欲しくなるのです。私は柚子さんの気持ちが欲しいです。押し付ける気もありませんし、叶わないことだと分かっています。それでも私は、柚子さんの私を想う気持ちが欲しく、私の柚子さんを想う気持ちを受け取ってほしいです」

「はぁ……」

「ねえ由貴さん。何かと柚子さんと一緒にいるあなたを呼び出した理由は、何も付き合っているかの確認だけじゃないんです」

「…………それって、どういう……?」

「協力してください」

「はあ?」

「私と柚子さんの仲を取り持ってください」


 何処までも真剣な目をして、春奈が言った。

 そこでようやく、トレーに乗ったジュースに手を伸ばす。普段の春奈からは想像もできないほどの長話に、咽が渇いたのだろう。

 しばらく二人の間に会話はなく、春奈が吸い込むストローの音だけがする。

 いつの間にか周囲の客はまばらになり、由貴はトレーの飲み物を手にすることも出来ず、春奈の言葉を頭の中で反芻した。


(ええと……落ち着け。落ち着け俺。まずは話を整理しよう。バンド練習の後、話があるからと春奈にここへ連れてこられて柚子と付き合っているのかと聞かれた。俺は柚子の秘密を知っており、柚子は俺が男であることのフォローをするために良く一緒にいる。最初は嫌で嫌でしょうがなかった女装だけど、今は柚子の力になりたいから我慢できる。いわば俺たちの関係は協力者とか共犯者的なものであって、甘い恋愛要素はない……自分で言ってて傷つくなあ。ええと、だから付き合ってないって言ったけど春奈は柚子のことが好きで、でも女の子同士で……俺に協力してほしいと言った)


 ジュースを飲み終えた春奈が、由貴をまっすぐに見て言う。


「由貴さんは柚子さんとお付き合いしていないのでしょう? なら、協力してください」


(付き合ってないけど……)


 春奈から視線を外し、由貴は俯いた。

 言葉では言い様のない不快感を感じて、由貴は首を傾げる。


(何でこんなに気分が悪いんだ? 別に春奈が誰を好きでもいいじゃないか。仲間なんだから応援するべきだし)


 膝の上に乗せた手のひらを、強く握りこむ。

 自分に言い聞かせるかのような考えに、不快感が増していった。


(何だよこれ、何でこんなにムカムカするんだよっ。というか柚子だって女なんだから、春奈を好きになる確率なんて宝くじ並みに低いじゃん。それなら一緒にいる俺の方が確立的に高いし! ……ちょっと待て。俺、今何考えた? 緊張とか不快感で頭の中が真っ白で、考えた端から忘れてくような……何か重要なことを考えたような気がするのに、さっきの俺は何を考えた!?)


「ねえ由貴さん、いいですよね?」


 春奈の声に俯いていた由貴は、顔を上げた。



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