第12話 和気なんとやら
「ごめんごめん、遅くなっちゃったわね」
「本当に遅いですよ、どうしたんですか?」
柚子と一緒にテーブルへと戻れば、各々の前には先ほどまでなかったケーキの皿が増えていた。それについて由貴は何も言わずに椅子へと座る。
「ちょっと化粧品で盛り上がっちゃってね」
「そういえば由貴は肌綺麗だものね。何使ってるの?」
「え?」
雛鳥の質問に、由貴は困惑した。
「化粧水はどこの使ってるんだ? つか手入れのコツは?」
身を乗り出さん勢いで柏木も会話に参戦する。
由貴は視線で柚子にフォローを頼むが、柚子は柚子で春奈に捕まったらしく何やら必死に話をしているようで、小声で話しているため、どんな内容なのかまでは由貴の耳には届かなかった。
「で? 肌の手入れには何やってるんだ?」
期待するように胸の前で手を組み、祈るような姿をする二人に、由貴は気づかれないよう、ため息をついた。
(もう解らんから適当でいいだろ)
「手入れはしてないよ。水道水で顔洗うくらい」
「水道水!? おまっ、なんつー適当な!」
「それでこの美肌なわけ? 嘘でしょ!?」
由貴の頬を引っ張る二人から逃げつつ由貴は、嘘は言っていないと首を振った。
「ホントに水道水。他には何もしてないよ」
「そうか。由貴は敵だな。女の敵だ」
「えええっ!?」
「そうよ、敵だわ。あたしたちがどれだけ大変な思いをして、毎日手入れをしていると思ってるのかしら」
真剣な顔で詰め寄る二人の剣幕に、由貴は泣きそうになる。
「あの、確か、十代のうちは何もしない方が肌に良いって」
「そうね。私も基本的には水だけだし」
春奈との会話を終えた柚子が加勢に加わった。
その横で、春奈も頷く。
「私たちくらいの年齢だとそれで十分ですよ。雛鳥さんと柏木さんは違うんですか?」
「オレ、肌に出来物できやすい体質なんだよ。ちょっとの夜更かしとか不健康がすぐ顔にでちまう」
「分かる! あたしもすごく顔に出るのよ。ニキビとか大敵だもん!」
「…………へー」
由貴は雛鳥と柏木の顔を見るが、言うほど出来物があるようには見えなかった。それどころかよく見ると肌も綺麗に見える。
(見たところ出来物とかなさそうだし、何処に不満があるんだ? それとも化粧で誤魔化してるのか? マジで女は謎だ)
男が一度は通るだろう『女の不思議』を見て、由貴はため息をついた。
そんな由貴の様子に気づくことなく、雛鳥と柏木が肌の苦労について語り合う二人に、春奈は首を傾げる。
「それは普通に規則正しい生活をすればいいのでは?」
もっともな意見に、柏木はくわっと顔を厳しくした。
「今時の小学生だって規則正しい生活なんざ出来ねーよ!」
「出来たら苦労はしないよー」
「そうそう。夜ってついつい夜更かしすんだよなあ」
「誘惑が多いんだよねー。あたしもついついネットしちゃって!」
「分かる分かる! ゲームとかやってたら普通に二時とか過ぎるし」
雛鳥と柏木は無言で固く握手を交わした。
「気持ちは分かるんだけど、ね」
「そうですね。夜更かしは大敵と分かっていても、気持ちは分かります」
「そう? 私は毎日九時には寝るわ」
苦笑しながら由貴と春奈も同意するが、さらりと出た柚子の発言に全員が目を見開いた。
「早すぎだろ!?」
「あたしなんて、平均だと十二時すぎだよ!」
「柚子さんの言葉でも、九時は早すぎると思います」
「その時間普通に風呂こほん……お風呂だよ」
危うく男言葉になりそうなところを咳払いし、修正する。そんな由貴の密かな苦悩に気づくことなく、女同士の会話は続く。
「早いの? 私の家では普通よ? 朝は五時起きだし」
「何で五時起き!? そんな早起きしてどうするんだよっ!」
「確か柚子って部活入ってなかったよね? バンドやってるんだから部活入ってないだろうけど」
「朝連もないくせに、なんだってそんな早寝早起きするかね、柚子ちゃんは」
「さすが柚子さんです!」
「そこ褒めちゃうんだ!? ……春奈ちゃんも分からない」
「由貴、ほら、由貴からも言って!」
「えっ?」
「五時起きくらい普通でしょ、ねえ由貴?」
「それは無理」
可愛らしい甘えるような声で同意を求めてきた柚子を、由貴はばっさりと切り捨てた。由貴とて健全な十六歳。夜更かしの誘惑に勝てるわけもないのだ。
「やってみないと分からないでしょ!?」
「俺……わたし、低血圧だから朝にものすごく弱いから」
「由貴ちゃん低血圧なんだ? まあ女は三人に一人が貧血になるらしいし」
「そうなの? ものすごく嫌なこと聞いちゃった」
「とにかく由貴、一度はやってみなさい! やらずに無理は駄目だからね!!」
「なんでお……わたしだけ……」
柚子の言葉に由貴は肩を落とした。その肩を雛鳥が優しく叩いて慰める。
そんな様子を眺め、柏木と春奈は交差した視線で互いを理解しあい、柚子へと聞こえない声でボソボソと内緒話をした。
「……春奈ちゃん」
「……はい』
「人間は少しばかりは怠惰であるべきなんだよ。ストレスって胃に穴が開くんだから、ストレスは溜めないようにしないと」
「そうですね。まったくその通りです」
「つまり、さ」
「はい」
「規則正しい生活ってーのはよ、やっぱ無理だわ」
「そうですね。今回は私が悪いですね」
「大いに賛成だわ、あたしも絶対に無理」
「同じく無理、絶対に」
納得できない様子の柚子を見つめ、由貴たちは強く頷き合う。
言葉はなくとも、皆が同じ共通の思いを持っていた。
規則正しいとか無理。
ある意味、結束力がとても高まったので、親睦会としての目的は達したと言っていいかもしれない。
だが、柚子だけは不満そうな顔をしていた。